第222話:目覚めし湾刀とトゥウェルテナ

 一気に駆け抜けたディグレイオは、邪魔が入らなかったことに胸をで下ろしつつ、すぐさまトゥウェルテナを離す。


「俺はあっちの嬢ちゃんを」


 阿吽あうんの呼吸だ。


 トゥウェルテナのうなづきを待つまでもなく、ディグレイオは目的のシルヴィーヌのもとへ駆け出している。


 トゥウェルテナは、初めて抱く不思議な感覚に包まれている。残った体力を使い切ってでも、この娘を助ける。それが自分の使命のようにも思えるのだ。


(私の大切な相棒、どうか力を貸して)


 湾刀のやいばのそれぞれにくちびるを軽くえる。


 巫女の踊り手シャルハストウたるトゥウェルテナが舞いに移行する。既に、この地において二舞にぶを見せている。そのうえ、ジェンドメンダの血縛術サグィリギスによって大きく体力が損なわれている。


 無理な舞いは、消耗どころか、命そのものをけずりかねない。そこまでして舞う必要性があるのか。


(それでも、私は舞うわ。レスティー様から授けられた、この湾刀と一緒に)


 せるは、七舞しちぶのうち最も敬虔けいけんな祈りをささげるための舞い、寂凪無音祝光静ユピファルーイェだ。


 トゥウェルテナは湾刀を握る両手に力をめる。それを確かに感じ取ったか、刃が金色のきらめきを四方に散らす。


到頭とうとう。初見。力貸与。感謝≫


 トゥウェルテナに驚きはない。勘の鋭さは十二将随一だ。薄々うすうす、予感していたのだ。


≪私たちの声を受けてなお驚かないのね≫


 笑みをもって、トゥウェルテナが応える。


≪レスティー様の御力をもってすれば当然よね。それに、そんな予感がしていたの≫


 一対の湾刀がさらに強く輝く。嬉しさからか、それともまた別の感情からか。トゥウェルテナには分からない。


≪私たちの主様が本当に好きなのね。機会を与えてあげる≫


 右手に握る湾刀が、先に言葉を投げかける。次いで、左手の湾刀だ。


≪承諾。力会得。要求。我等姉妹。命名。契約≫


 驚愕きょうがくするしかない。


 手にする一対の湾刀そのものは、もとから自身が有するものだ。愛着もある。偶然にも、坑道での戦いの最中さなか、双方の刃にレスティーから授かった力が宿った。


 その効能の一つだろう。意思を発すること自体に驚きはない。むしろ、魔剣アヴルムーティオと化したことで当然とも思える。


≪分かっているのかしら。名づけは契約そのものなのよ。私で、よいのかしら≫


 左手の湾刀が即座に応じる。


≪誤認識。激甚げきじん。無礼。主様。唯一≫


 右手の湾刀が、トゥウェルテナに分かるように補足的な説明を加えてくる。


≪妹は言葉数が少ないの。気にしないで。契約はあくまで一時的なものにすぎないわ。この戦いで貴女に力を貸すためだけよ≫


 トゥウェルテナは、湾刀の言葉に納得せざるを得ない。そうそう都合よくいくわけはないのだ。


 魔剣アヴルムーティオとの契約は、それこそ命けでもある。強大無比な力を得られる代償として、こちらも相応のものを差し出さなければならない。


 トゥウェルテナは魔術師ではない。魔力は人族の平均値よりやや上といった程度だ。代償として魔力を要求されたなら、それこそ契約不成立だ。


 当然、魔剣アヴルムーティオの方が対価として全く見合わない。


 トゥウェルテナが恐る恐る尋ねる。力はもちろんほしい。全ては代償次第だ。


≪名づけの代償は、何になるのかしら≫


 左手の湾刀、すなわち妹の方が応える。


≪感情。興味。変化、要望。恐怖。困惑。驚嘆。苦痛。愛≫


 最後に飛び出てきたのは、意外な言葉だった。トゥウェルテナはわずかに笑みを見せる。


 先に挙げた四つは、いずれも負の感情だ。愛だけが、正の感情、何となく分かる気がする。


≪分かったようね。私たちが貴女を選んだ理由よ。何よりも、貴女は私たちの主様を愛しているから≫


 身体が熱くなる。心が温かくなっていく。両手に握る魔剣アヴルムーティオと化した湾刀の力が、逆流してくるかのようだ。


 魔剣アヴルムーティオの力が分かったような気がする。トゥウェルテナは今一度、一対の湾刀を握る両手に力をめた。


≪イェフィヤ、カラロェリよ≫


 右手、そして左手の湾刀の順に名をさずける。いずれも砂漠の民にのみ伝わる古の言語だ。


≪契約は成ったわ≫


 金色の輝きが収束、代わってイェフィヤは赤紅色あかべにいろに、カラロェリは深緋色こきあけいろに染まっていく。きらめきが散開、周囲を赤く塗り替えていく。


 カラロェリが告げる。


≪娘。危険。誅罰ちゅうばつ。必要≫


 マリエッタが危険な状況に置かれていることはトゥウェルテナでも分かる。では、誅罰とは、いったい何を指すのだろうか。


≪ねえ、お仕置きが必要なの≫


 お仕置きとはおだやかではない。何のための、そして誰に対するものだろうか。待ったものの、返答はない。


 急かすようにして、イェフィヤから言葉が来る。


≪あの娘を挟み込む形で、私たちを大地に突き刺しさない≫


 イェフィヤから切迫感が右手を通して伝わってくる。トゥウェルテナには迷っている時間などなかった。躊躇ちゅうちょなく、行動に移る。


 足さばきは舞いのそれだ。動き出すと同時、寂凪無音祝光静ユピファルーイェをもって、この場を切りひらく。


 トゥウェルテナの舞いは円運動、まさに立っている位置、すなわち真西からマリエッタを中心点として左回りに踊っていく。一対の湾刀を突き立てるべき場所も既に決まっている。真北、そして真南だ。


 緩であり、静であり、寂である舞い、それが寂凪無音祝光静ユピファルーイェだ。


 本来、祈りを捧げるべき対象が中心にあり、円を描きながら舞い踊る。それにより、円内はいわば一種の結界と化す。あらゆる邪をはらい、聖なる祝詞のりととともに対象は清められるのだ。


 トゥウェルテナの舞いが静謐せいひつのうちに始まる。脚の動きは緩やか、両手に持つ湾刀は霊鳳扇れいほうせんの代わりだ。


 この舞いにおいて、上半身の揺れは一切ない。円を描きつつ、身体そのものも回転し続ける。下半身、とりわけ足さばきだけの実に特殊な舞いなのだ。


 起点から始まったトゥウェルテナの足が、真北に到達する。


≪ここよ≫


 うなづきをもって、トゥウェルテナはイェフィヤを大地に突き刺す。力はらない。突き刺したという感覚もない。水中に剣を落としたかのような、なめらかな手応えだ。


 イェフィヤの剣身の全てが大地に消え去った。今のところ、それ以上の動きはない。


 トゥウェルテナの舞いが続く。緩の舞いながら、足さばきに緩やかさはない。絶えず前後に動きながら、時には舞いの中に回転が入り、それも左右交互に繰り返される。


 真東を静寂のうちに通り抜け、真南へと舞いは移行している。


≪上出来。美麗舞踏。歓喜。我静置せいち


 契約がった今、カラロェリの意図することは全て理解できている。意思の共鳴とでも言うのか、頭で理解するより早く身体が認識している。


 真南に立ったトゥウェルテナの左手が、カラロェリを大地に添える。イェフィヤ同様、カラロェリもまた大地に溶け込むがごとく、無音のうちに剣身の全てを沈めていった。


 見届けたトゥウェルテナは、真西、起点に戻るべく舞い踊る。


 トゥウェルテナの舞いの軌跡きせきは、はっきりと示されている。真西から真東まではイェフィヤの力、赤紅色の煌めきを、また真東から真西まではカラロェリの力、深緋色の煌めきを、上空に向けて発しているのだ。


 再びもとの位置、真西に戻ったトゥウェルテナが、ここで初めて両手を打ち合わせる。三度の打ち鳴らし、しばしの間を置いて、さらに二度の打ち鳴らし、そのたびに美しく澄んだ音色が空へと抜けていく。


「我、巫女の踊り手シャルハストウなり。巫女頭みこがしらたるトゥウェルテナの名において、ここにたてまつる」


 トゥウェルテナの祝詞のりとだ。朗々と響き渡る。


「音なき静寂のうちに

 清らかなる力をもちてしずめたまえ

 ここに回りて汝がもとへ戻らん

 光あれ

 祝福あれ」


 トゥウェルテナが最後に一度、一際ひときわ大きく両手を打ち鳴らした。

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