第213話:一難去ってまた一難

 二人が同時に動く。


 互いに譲るつもりはない。後退を選ばないのが、何よりの証拠だ。


 ジェンドメンダが本気を見せるのは、まさにこれからだ。初撃が無効化されたにもかかわらず、即座に二撃目を放つ。またも斬撃がうなりを上げて飛来する。


 トゥウェルテナも、当然のごとく迎え撃つ。ジェンドメンダが放つ斬撃は、まさしく高速の空気のやいば、音はすれど姿は見えない。初撃とは比較にならないほどに空間をざわつかせ、風斬かざきり音が洪水となって押し寄せる。


「これならどうだ。お前のその柔肌やわはだきざんでやろうぞ」


 トゥウェルテナは舞いながら、光陰こういんの舞で闇に沈める刃と、自らの湾刀でさばく刃を区分していく。


 右の足裏全体を大地から離さず、前方斜めへとすべり出した。必然的に身体が沈み込む。


 目に見えない斬撃が、舞い続けるトゥウェルテナをとらえる。


「ふむ、すり抜けたか。あの舞いの効果か。だがな」


 全ての斬撃が無効化されたわけではない。初撃と異なるのは、圧倒的物量ということだ。


 トゥウェルテナは斬撃の第一陣をいなすと、すぐさま爪先立ちで折り畳んでいた四肢ししを解放する。そこから一気に跳躍ちょうやくへと転じる。


 一対の湾刀をたくみに回転させ、今度はかわすのではなく、幅広の剣身で叩き落としていく。宙をける湾刀は、今や打撃の武器と化していた。


 強引な力業ちからわざではない。あくまで、舞いの所作しょさの中で湾刀を躍らせているのだ。


「途切れないわね。いい加減、うんざりだわ」


 第二陣も防ぎきった。


 トゥウェルテナは呼吸を整えつつ、第二陣をも上回るであろう第三陣の斬撃に備える。


 坑道での死環白流葬雨舞ニエティリオに続き、ほぼ休む間もなく、熱砂塵照光射隠ネアレハネスに入ったトゥウェルテナだ。


 巫女の踊り手シャルハストウといえど、戦いの最中さなかでの舞いは、通常の舞いに比べて数倍にも及ぶ負担が身体にのしかかる。


 体力はそろそろ限界に近づきつつあった。


 ジェンドメンダが中段の妖刀を上段に移行、上向きの切っ先に向かって急速に空気が吸い寄せられていく。第三陣の斬撃が来る。


「まずいな。トゥウェルテナの舞いに乱れが生じている。体力が尽きてきたか。俺が出るか。あるいは」


 ザガルドアはわずかに視線をセレネイアに向けた。


(第一王女に、ここで無理はさせられんな)


 今の彼は驚異的な回復力を見せ、負傷する前とほぼ同じ状態にまで戻っている。右手で剣を握り締め、駆け出そうとしたところで、ジェンドメンダの妖刀が振り下ろされた。


 軌跡の流れに沿って、莫大ばくだいな空気のかたまりが射出される。無数の刃ではない。トゥウェルテナを覆い尽くすほどの空気塊弾だんかいだ。


「間に合え」


 あせったところで、人の脚力と高速で放たれる空気塊弾、比べるまでもなくどちらが速いかは明らかだ。たとえ、ザガルドアが自らの両脚に魔術を乗せたとしても、もはや間に合わない。


「これならけられまい」


 トゥウェルテナの舞いに、初めて遅滞ちたいが生じていた。


 このままでは押しきられる。急所への直撃だけは避けなければならない。トゥウェルテナにできるのはそれだけだ。一対の湾刀を斜め十字に交差させ、眼前に突き出す。


 そこへ圧縮された空気塊弾が四方八方より激突した。押し負けるのは分かり切っている。だからこそ、トゥウェルテナは衝突の寸前、剣身を斜めに倒し、その角度の制御のみに力を集中した。


 衝撃力を後退への加速力、さらに上昇への揚力ようりょくに変える。結果、トゥウェルテナの身体は斜め後方へと吹き飛んだ。剣身で全ての衝撃力を吸収、変換を終えるや、すぐさま一本の湾刀を手放す。


「あれをやるつもりか」


 トゥウェルテナの腕や脚のところどころから、真っ赤な血の花が吹雪ふぶいている。痛みをもろともせず、視線を一瞬、ザガルドアに転じた。


 それに気づかないザガルドアではない。彼女の目力は言葉そのものだ。何を告げたいかを即座に理解する。


「三王女、すぐに身を守れ」


 手放した湾刀が、切っ先を下にして大地に突き刺さる。トゥウェルテナは、三王女のことなど意にも介していない。それどころではないからだ。


 ザガルドアなら必ず警告を発してくれる。信じているからだ。


(勢いはある程度殺したけど、このままだとさすがに落下しちゃうわよね。フォンセカーロの氷柱つららがまだ生きていることを願うしかないか。その前に、このお礼はしないとね)


「踊り狂え砂塵裂嵐熱舞翔ペレドゥサーピア


 狭い岩場での戦いだ。宙に逃れたとしても、崖縁がけふちまでの距離などたかが知れている。トゥウェルテナの身体は、既にそれを超えてしまっている。このままでは崖下がいかへまっしぐらだ。


 辛うじて落下制御はできるものの、今度は足場にできる氷柱が心許こころもとない。氷の融解ゆうかいがかなり進行しているため、トゥウェルテナの脚がかかった途端、崩れ去る危険性も否定できない。


「トゥウェルテナ、心優しいこの俺様に感謝しろよ」


 その声に聞き間違いはない。けもののごとく、断崖絶壁だんがいぜっぺきをほぼ垂直にけ上がって来るのは、獣騎兵団副団長のディグレイオだった。


 細くなった氷柱を俊敏しゅんびんな動作で音もなくり、トゥウェルテナの真下に飛び出す。トゥウェルテナは身体の力を抜き、ディグレイオが受け止めやすいように姿勢を保った。


「有り難う、ディグレイオ。助かったわ。すぐにあそこまで戻してくれるかしら」


 空中でトゥウェルテナを受け止めたディグレイオは、自身の魔力を用いて宙に足場を作り上げる。


「任せておけ。で、お前は、こんなところで何をやってんだ。確か、坑道組だったよな」


 足場を蹴って、すかさず方向を変える。


「色々あったのよ。あとで話してあげるわ。今は急いで。陛下が危ないのよ」


 ディグレイオの腕の中で小さくなっているトゥウェルテナがかす。


「それを早く言え」


 もはや氷柱は使えない。ディグレイオは、なけなしの魔力を用いて複数の足場を作り上げながら、すさまじい跳躍力をもって岩場へとけ上がっていった。


 砂塵裂嵐熱舞翔ペレドゥサーピアの効果は即座に現れた。


 突き刺さった剣身が熱を帯び、大地を眠りから呼び覚ます。地鳴りと共に剣身を中心にして大地に亀裂が走る。まるで意思を持ったかのごとく、一定方向に岩石を砕き割りながら突き進む。


 狙いは無論、ジェンドメンダだ。直後、激しい揺れがジェンドメンダを襲った。


小癪こしゃくな。これしきで我の動きを封じられるとでも思ったか」


 ザガルドアは、トゥウェルテナのこの剣技を一度だけ見ている。ゆえに、効力を知っている。避難は素早かった。


 三王女たちは、もちろん知らない。ザガルドアの警告は受けたものの、咄嗟とっさの判断に遅れが生じた。揺れは局地的とはいえ、この狭小な大地だ。影響は当然、セレネイアたち三王女たちにも及んでいた。


 セレネイアは崖縁から最も遠い場所に立っている。そのため、身体を揺さ振られて転倒するだけで終わった。


 マリエッタとシルヴィーヌはそうはいかない。ほぼ崖縁に近い位置にそろって立っていたのだ。


 二人の、短くも鋭い悲鳴が重なる。


 最初に崖下へと転落したのはシルヴィーヌだ。マリエッタがすかさず手を伸ばす。シルヴィーヌの小さな手をつかんだものの、落下していく重力には勝てない。結果として、マリエッタも引き寄せられるようにして落下していった。


「マリエッタ、シルヴィーヌ」


 落下していく二人の耳に、セレネイアの悲鳴だけが届いた。慌てて駆け出そうとするセレネイアを、ザガルドアが制止する。


「第一王女、動くな。そなたも同じ目にう」

「ですが、妹たちが」


 その言葉を返すだけが精一杯だった。今から駆けつけたところで、セレネイアにできることなど何もない。ただただ祈るしかない。


「シルヴィーヌ、私にしっかりつかまって。高所恐怖症とか言っている場合じゃないわよ。私は詠唱に集中するから、貴女も頑張りなさい。私たちの妹ならできるわよね」


 瞳を強く閉じて、マリエッタにしがみつくシルヴィーヌは何とか一度だけ首を縦に動かした。


 既に相当落下してしまっている。谷底までおよそ千メルク、時間にしておよそ二十フレプトだ。


 マリエッタが詠唱に入る。何としてでも、シルヴィーヌを連れて岩場まで戻る。その一心のみだった。

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