第212話:二人の攻防はなおも続く

 一人で問題ないと啖呵たんかを切った手前、トゥウェルテナにも意地がある。助力をあおぐ気にはなれなかった。


 カイラジェーネのためにも、必ずジェンドメンダは一人で倒す。改めて、トゥウェルテナは一対の湾刀を構え直す。


 一連の流れを見つめていたセレネイアは、感嘆かんたんするしかなかった。激しいながらも、美しい自然なあし運び、何よりも優雅な舞いの中で見せる、せるトゥウェルテナの所作しょさそのものに嫉妬しっとさえ覚えていた。


 嫉妬は、別の意味でもう一つある。


「何と美しい舞いなのでしょう。すごいです。それに二本の剣筋が全く見せませんでした。ザガルドア殿とのやり取りからしても、あの方が十二将なのは間違いありません。それでも、私、ちょっと、許せなくなっています」


 心の葛藤がぬぐえないセレネイアにとって、それはまさしく女としての意地だ。自分でもはっきりと気づいでいない。薄々は感じ取っているのだろう。それを表に出せない彼女の心情が見え隠れしている。


 複雑な思いで見つめるセレネイアをよそに、トゥウェルテナとジェンドメンダ、二人の攻防は続く。これからがいよいよ本番だ。


「やるな、女。剣軌けんきが全く見えなかったわ。我が首を落とされるなど初めてだぞ。この身体ゆえ、死なぬが、気持ちのよいものではないな。女、楽に死ねると思うなよ」


 トゥウェルテナは無言だ。完全無視状態を貫く。ジェンドメンダが言葉を発して以来、常に違和感がつきまとっている。


(私の本能が告げているのよね。意識をかたむけてはいけない。少しでも応じてしまえば、この男の術中だと)


 ジェンドメンダは気にも留めていなかった。術中におちいってくれたらもうけもの、といった程度にしか考えていない。


 今やトゥウェルテナを最優先すべき獲物と定めている。視線はおよそ彼女に注がれているものの、それだけではない。


(この女、我の術に気づいたか。あるいは本能で回避したか。あとの女どもは)


 ジェンドメンダが動く。狙うはトゥウェルテナではない。


「まずはお前だ。我は子供に興味はない。すぐさまきざんで終わりにしてやろう」


 トゥウェルテナの視界から瞬時に消える。ジェンドメンダはほぼ真横に跳躍、身体を反転させつつ、妖刀を振り上げる。


「シルヴィーヌ」

「第三王女」


 セレネイアとザガルドアの声が重なり、そこへマリエッタの声も被さった。


「この私がさせると思って。シルヴィーヌに手を出す者には容赦しないわよ」


 マリエッタの右手首を飾る腕輪が勢いよく炎を上げた。


 ほむらのアコスフィングァは消えている。魔術によって生み出された炎は、活性化できる時間が極めて短い。しかも、術者の魔力量に大きく委ねられている。


(だからこそのこの腕輪なのよ。ルシィーエット様より頂戴した魔導具の力、思い知りなさい)


 噴き上がった炎が、再び焔のアコスフィングァをかたどっていく。


 ジェンドメンダは炎をもろともせず、真っ向から挑んでくる。妖刀はまだ上段だ。


「小娘ごときの炎が、我に通用すると思ったか」


 口角が大きく上がった。


「行きなさい」


 構築が完了した焔のアコスフィングァが、強烈な炎の羽ばたきをもって急上昇する。マリエッタの合図を受け、そのまま一気にジェンドメンダめがけて突っ込んでいく。


「第二王女、気をつけろ。奴はツクミナーロ流の剣を使う」


 高温の炎を浴びせながら、焔のアコスフィングァの鋭いくちばしがジェンドメンダを貫く。


(承知していますわよ、ザガルドア殿)


 マリエッタに一切の油断はない。


 ジェンドメンダは上段の妖刀をすかさず胸前に落とした。斬るのではない。突きの姿勢を取ったのだ。上空から襲い来る炎の嘴に向けて、妖刀をり出す。


「やりますわね。それも想定済みですわよ」


 切っ先が炎の嘴と一直線で結ばれている。あの刹那に、ジェンドメンダは突き出す角度を正確にはかり、嘴の頂点と妖刀の頂点が接するように動かしたのだ。


「小娘、面白い炎の攻撃であった」


 炎の嘴を押さえ込まれた焔のアコスフィングァは、その位置から微動だにできない。ジェンドメンダと相対しているマリエッタたちは、坑道でのハクゼブルフトとの戦いを見ていないのだ。知っていたなら、別の方法もあっただろう。


「構いませんことよ。私の目的はシルヴィーヌからお前を遠ざけることです。それに、お前の相手をするのは私ではありませんからね」


 焔のアコスフィングァを後退させると同時、ジェンドメンダの上から剣が振ってくる。


「私を無視するなんて、連れないわね」


 一対の湾刀が不規則な軌道を描いて落ちてくる。またも剣軌が全く読めない。


「光陰の舞は、まだ終わっていないのよ」


 ジェンドメンダも炎の嘴を封じていた妖刀を引くと、すぐさま左足を軸にして大きく横っ飛び、トゥウェルテナの湾刀から逃れる。


 剣軌が読めないのだ。そこに刃を合わせにいく馬鹿はいない。空振りさせた後の隙を狙う。残心ざんしんを取る余裕は与えない。


 ジェンドメンダは妖刀を中段に構え直し、トゥウェルテナの着地を待ち構える。


「女、もらったぞ」

「甘いわね」


 トゥウェルテナも読んでいた。仮にも、ジェンドメンダは破門されたとはいえ、ツクミナーロ流の元師範なのだ。剣の力量は確かなものだろう。


 剣技もまた魔術と同様、欠陥けっかんを抱えている。さやから剣を抜く瞬間、斬り終えて残心を取るまでの瞬間、わずかな隙が生じる。達人はその隙を埋めるために、たゆまぬ努力を続けるのだ。


 トゥウェルテナは、あえてその隙を作ってみせた。ジェンドメンダなら必ず誘われる。確信をもってのうえだ。


 舞いの呼吸は、なおも続いている。華麗かれいな足さばきで、今度はジェンドメンダに空を斬らせた。続けざま、息もつかせずトゥウェルテナが畳みかける。


 剣軌を見せないトゥウェルテナの湾刀は、気づいたら眼前に突如として出現している。ジェンドメンダはかわすだけで精一杯だ。反撃に出る態勢を整えられないでいる。


鬱陶うっとうしい」


 苛立いらだちがつのる。


 ジェンドメンダは七人の魔霊人ペレヴィリディスにあって、ただ一人、面従腹背めんじゅうふくはいを地で行く男だ。


 新たな命を授けてくれたジリニエイユを神とあがめる素振そぶりを見せつつ、実のところ利用しているのはお互い様だという思いしかない。


 坑道でカイラジェーネに助けられ後、ジリニエイユから改めて受けた厳命は、ラディック王国三王女の始末だった。ジリニエイユが何故なにゆえに、この命を下したかは知らない。理由を知る必要もない。


 ジェンドメンダはただただ弱き者、中でも女をなぶり殺しにできるならそれで十分なのだ。


 坑道では、真っ先に目をつけたトゥウェルテナを殺しそこねた。想定外の邪魔が入ったからだ。


 今、最も弱い存在として一番目に殺すはずのシルヴィーヌをも始末できていない。二番目の標的としていたマリエッタに至っては、かなり強力な魔術師ときている。


 最後の楽しみに取っているセレネイアは、一目見た瞬間に気づいた。恐ろしいほどの魔剣アヴルムーティオを手にしている。


 思いどおりにいかないことがあまりに連続している。ジェンドメンダは頭に血が上った状態だった。


 弱者をなぶるための妖刀に決して魔力はめない。なぜなら、軽く一振りするだけで絶命してしまうからだ。


 こうなっては、なりふり構ってなどいられない。ジェンドメンダは、初めておのが妖刀に魔力を乗せた。


(様子が変わったわね。奴の妖刀に魔力が。来るわね)


 分かっていながらも、トゥウェルテナは止まらない。舞いの動きを継続しながら、目にまらぬ速さで一対の湾刀を振り抜く。もちろん、断つべき核は見定めている。


(今度は逃さないわ。核の動きを最後まで見極める)


 最初は左目の奥に核をひそませていた。次は右肋骨ろっこつ、上からかぞえて七本目の裏側だ。


 今また魔剣アヴルムーティオと化した湾刀が、核までの最短軌道を描き出してくれている。トゥウェルテナはただそれをなぞるだけだ。


 迷いなく行く。一対の湾刀がジェンドメンダの肋骨を左右から切り結ぶ。ジェンドメンダが気づいた時には、湾刀の刃が肉に食い込み、音もなく軽々と切り裂いていた。


 トゥウェルテナは左右の湾刀を交差させながら振り抜くと、ジェンドメンダとたいを入れ替えるようにして前方へとねた。


 またもや、核を断ち斬った手応てごたえはなかった。失敗をさとる。


 トゥウェルテナは右脚を軸に半回転、時を置かず舞いの動作に入る。


 初めてジェンドメンダの反撃が来た。超高速の斬撃ざんげきが走る。しかも、放たれた剣筋は最初こそ一つだったものの、幾本にも枝分かれし、数十に及ぶやいばと化している。


 トゥウェルテナは一対の湾刀を羽のように広げ、舞った。舞いは実におだややかで静かだ。


 光陰の舞は文字どおり、二つの顔をあわせ持つ。トゥウェルテナが見せている陰の面の舞いでは、全ての動きが闇の中に沈み込む。


 ジェンドメンダが放った斬撃の刃は、ことごとくがトゥウェルテナの湾刀にからめ取られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る