第202話:セレネイアの二人の妹

 真っ先に動いたのはマリエッタだ。全身から魔力があふれ出している。


「セレネイアお姉様、ここは私にお任せください」


 セレネイアは一瞬、返答に詰まった。若干じゃっかん肩透かたすかしになった面がいなめない。


 マリエッタの行動力は賞賛すべきだ。一方で、三姉妹そろって初めて魔霊鬼ペリノデュエズ対峙たいじするこの絶好の機会を逃したくはなかった。


 マリエッタはいま皇麗風塵雷迅セーディネスティアを手にしていないのだ。本来であれば、このアーケゲドーラ大渓谷に来るまでに済ませておきたかった。幾つかの理由が重なり、できていなかった。


 彼女には、皇麗風塵雷迅セーディネスティアに魔力を注ぎ込み、自らの存在価値を示さなければならない。魔剣アヴルムーティオに認められる必要があるのだ。


 まさしく、これ以上ないというほどの重要な使命が残されている。


 セレネイア、シルヴィーヌに続いて、マリエッタが認められてこそ、皇麗風塵雷迅セーディネスティアは真の威力を発揮する。


 この機会を逃せば、さらに強力な魔霊鬼ペリノデュエズを前にして、出たとこ勝負的な戦いをいられることが目に見えている。一か八かの勝負は極力避けなければならない。


(計画が狂いますね。それもやむを得ませんか。マリエッタの頑張っている姿を見ている以上、無下むげに却下するわけにもいきません。私はマリエッタにもシルヴィーヌにも甘いのでしょうか。もう少し厳しくしなければいけないのでしょうか)


 偽らざるセレネイアの思いだった。


 返答を待ち望むマリエッタは気が気でない。返答がないこと以上に、姉が何事か悩んでいるように感じられたからだ。放出しかけていた全身の魔力を、いったん解除する。


「あの、セレネイアお姉様、何かあったのでしょうか。それなら私はお姉様の」


 言葉に従う、と言いかけた。マリエッタにとって、セレネイアの言葉は絶対的でもある。


 そこまで言わせないのがセレネイアたる所以ゆえんなのだろう。


「いいえ、問題はないわよ。マリエッタ、ここまでの努力の成果を私に見せて」


(その表情を見せられたら。やはり私は妹たちに甘いのですね)


 独り言のつぶやきに対して即座に反応が返ってくる。


≪そのとおりよ。二人に甘すぎるわね。そこが貴女らしいと言えば、そうなのかもしれない。その甘さが命取りにならないように気をつけなさい。失ってからでは遅すぎるのよ≫


 脳裏に直接語りかけてくるフィアの辛辣しんらつな言葉が胸に刺さる。それ以上に、セレネイアにとっては、今の自分たちをフィアがてくれている。そのことの方がはるかに嬉しかった。


≪フィア様、妹たちにもっと厳しく当たるべきなのでしょうか。あの子たちの自主性や独創性を抑圧してまでも≫


 フィアが即答で言葉を返してくる。


≪貴女は、あの二人にどうなってほしいの。当たり前のことだけど、貴女にあの二人の将来を決める権利はないのよ。一生面倒を見ることも不可能よ。あの子たちの未来は、あの子たち自身が決めるの≫


 セレネイアは長女として、第一王女として、二人の妹が誤った道に進まないように見守り続けたいと思っている。極力余計な口出しはしない。二人ともに聡明そうめいだ。自身のことは当然自身で考えられる。


 そして、それが永遠に続くものでないことも承知している。


≪今は何を置いても、この戦いに勝つことだけを考えなさい。さもなくば、些細ささいなことで足元をすくわれるわよ。貴女に打算などないと思うけど、私がいつでも助けられるとは思わないことね≫


 釘を刺された。


 これまで絶体絶命の時には、必ず救いの手を差し伸べてくれていた。フィアはもちろん、レスティーもだ。その助力が期待できないという。


 セレネイアの心のどこかにフィアに頼る部分がなかったとは言い切れない。万が一の事態が起こった際、後ろ盾があるとないとでは局面が大きく変わってくる。そういった意味では打算的と言われても仕方がない。


 セレネイアは今一度気持ちを引き締め直した。


 ここからは常に死と隣り合わせの戦いが続く。少しの油断も許されない。フィアに言われたとおり、いつ足元をすくわれるか分からないのだ。


≪フィア様、この皇麗風塵雷迅セーディネスティアけて≫


 フィアの意識が遠のいていく。セレネイアは頭を切り替える。


「マリエッタ、任せるわね」

「はい、セレネイアお姉様」


 待ち望んでいたセレネイアからの言葉を受けて、マリエッタが魔術行使のための詠唱に入る。


 既に敵の接近を感じ取っている。急ぐ必要がある。


≪シルヴィーヌ、ちょうどよい機会です。魔霊鬼ペリノデュエズを相手に、あれをためすわよ≫


 上空を行くアコスフィングァの腹部が見える。背に立っているだろうシルヴィーヌの姿は視認できない。


 何ら問題はない。意思は確実にシルヴィーヌに伝わっている。まさしく、二人は以心伝心なのだから。


精緻せいちな魔力制御は、私にお任せあれ、ですわ。マリエッタお姉様は遠慮なくルシィーエット様のお教えどおりに。確か、とにかく敵めがけて最大威力で一気にぶっ放せ、でしたわね≫


 しっかり一言添えてくるシルヴィーヌに、普段やりこめられているマリエッタがここぞとばかりに仕返す。


≪こら、最後の一言は余計でしょう。それに、見たわよ。ザガルドア殿ととってもよい感じだったわね。あんなに必死にしがみついて、随分と可愛らしかったわよ≫


 やられたらやり返す。何だかんだとじゃれ合うのが好きな二人なのだ。


≪うっ、やはりご覧になっていたのですね。マリエッタお姉様、覚悟しておいてくださいね。あとでセレネイアお姉様にしっかり言いつけてあげますから。マリエッタお姉様にいじめめられたって≫


 さすがにそれはまずいと思ったのか、慌ててマリエッタが話題を切り替える。


≪ちょっと、シルヴィーヌ、ここでセレネイアお姉様の名前を出すなんて卑怯ひきょうよ。ああもう、そんなことを言っている場合ではないですわ。魔霊鬼ペリノデュエズが近づいてきています。ここで必ず仕留めますよ≫


 シルヴィーヌの応答を待つまでもなく、マリエッタは意識を切り替える。


「ネファレオ・ファーフィ・ロージェンニ

 ヴィーヴェ・レーラ・ラークウェナ

 アドロー・ジューレ・レヴィラーロ

 全てを焼き尽くす獄滅ごくめつ業火ごうか

 我が前にその偉大なる姿を指し示さん

 華翼かよくをもちてここに顕現けんげんしたまえ」


 シルヴィーヌも、マリエッタが詠唱に入ったことを即座に感じ取り、行動に移る。


 まだマリエッタ自身も制御できない暴走する炎を正しく誘導する。そのための炎の通り道、すなわち魔術通路を空中に描き出す。


 敵以外には何の影響も与えず、ただ敵のみを焼き尽くすための精緻な魔術制御だ。


 それこそがシルヴィーヌに課せられた責務だった。


 シルヴィーヌはアコスフィングァの背に立ち、補助鞍に両手を置いている。ザガルドアのぬくもりをずっと感じていた。不思議と怖さはなかった。守られている。だからこそ集中できる。


(とても温かいです。私は知らず知らずのうちに、守られているのですね。本当に有り難いことです。だからこそ、私もここで決めなければなりません)


 シルヴィーヌはマリエッタの詠唱が成就したことを察知した。


 すぐさま自らの周囲に魔力磁場を展開する。ザガルドアの目でもとらえられるほどに洗練された輝きを放っている。


「ほう、これは素晴らしい魔力だな。下からも感じられる魔力と相まって、まさしく壮観と呼ぶに相応ふさわしい」


 完全集中状態に入ったシルヴィーヌにザガルドアの声は届かない。聴覚で捉えられずとも、心の中に伝わってくる。


「シルヴィーヌ第三王女、背中は俺に任せておけ。そなたに万に一つの危険もない。この俺が保証しよう」


 詠唱の成就をもって、マリエッタもシルヴィーヌの魔力磁場を感じ取っていた。


 これで二人の準備は整った。


≪シルヴィーヌ、行くわよ≫

≪いつでも大丈夫ですわ≫


「これこそ、ルシィーエット様直伝じきでん、私の固有魔術よ。受けてみなさい」


 マリエッタの魔術がここに発動した。


灼火獄滅華翼焔ヴェネジェエアラ

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