第199話:それぞれの戦場へ

 ザガルドアは思案することなく、ラディック王国側に一つの案を示した。到着して以来、考えていたことだ。


「イオニア、ここには多くの者がつどいすぎている。全員を谷底に下ろすことは可能だ。その分、空騎兵団に余計な負担をいることになる。どうだろう。谷底に向かう者、高所に向かう者、二手に分けてみては」


 ザガルドア自身は高所に向かうつもりだ。


 戦闘に加わらないであろうモルディーズとエンチェンツォを除けば、ザガルドアとイオニアの他、坑道組以外の十二将とラディック王国騎兵団、さらには三姉妹にルシィーエットまでいる。


 確かに多すぎる。


 坑道組は魔術師主体の十二将で固めている。ザガルドアが信頼を寄せている者たちだ。任せておけばよい。


「空騎兵団は俺たちの主戦力でもある。空の優位は失いたくない」


 即座に反応を返したのはマリエッタだ。


「私も賛成いたします。この足場の悪い地に、多くの者が集う必要性はありません。二手、あるいは三手に分かれるのが得策だと考えます」


 マリエッタの意見に対して、今度はイプセミッシュが言葉を発した。

 

「うむ、三手か。面白いかもしれない」


 続けて問い返す。


「三手というからには、既に考えがあるようだ。マリエッタ殿、谷底と高所以外、どこに進むべきだと考えているのだろう」


 マリエッタは視線をルシィーエットに向ける。無言でうなづくルシィーエットを見て、マリエッタが続ける。


「はい、イプセミッシュ様、もう一つはこのすぐ下です」


 皆が戸惑っている。表情から容易に分かる。


 先に説明済みのイオニア、セレネイア、シルヴィーヌにルシィーエットを除くと、すぐに理解できたのは三人か。


「足場はどうするつもりだ」


 ザガルドアが端的に尋ねてくる。


「ここから谷底まではおよそ二千メルクです。足場にできそうな場所がいくつもあります。それは宰相が保証するところです。それにです。もしなければ、こわして作ってしまえばよいのです」


 事も無げに語るマリエッタのあまりの大胆さに、ザガルドアは笑いが止まらない。優しく、おっとりした性格だと聞いている。案外、そうでもないのかもしれない。


 彼女の言う三手目が断崖絶壁だと気づいたイプセミッシュとソミュエラも、同じ思いだ。


「大胆だな。とても第二王女の提案とは思えないほどだ。ここはラディック王国領土内、壊してよい、というお墨つきも得たことだ。問題なさそうだな」


 笑顔で答えるマリエッタに、誰もが将来、大物なりそうな予感をいだいている。


「はい。アーケゲドーラ大渓谷を形成する断崖絶壁には、縦横無尽に亀裂が走っています。そうですね、モルディーズ」


 話を振られたモルディーズが嬉々ききとして応じる。


おっしゃるとおりです。ザガルドア様、イプセミッシュ様、亀裂は大きく、数人が十分に入り込める余地があります。そこを足場に、なければ都度破壊しつつ、上下移動しながら魔霊鬼ペリノデュエズを撃破してはいかがかと愚考いたします」


 今度はソミュエラが尋ねてくる。


「破壊すると言っても、岩石を通常の武器で破壊するなど容易ではありません。ましてや魔霊鬼ペリノデュエズを相手にしながらでは、とてもではありませんが無理でしょう。その場合の対応策は、お考えなのでしょうか」


 ソミュエラの指摘は至極しごく真っ当だ。


 切り立ったがけを戦場とするなら、足場と避難場所の問題が大きく立ちはだかる。モルディーズによれば、亀裂は人が入り込む十分な余地があるということだ。実際に目にしていない以上、むやみに信じるのは愚かすぎる。


「ご指摘、ごもっともです。アーケゲドーラ大渓谷は様々な岩石で構成されています。そのうちの一つに、蛍燐翆岩アピアタスリと呼ぶものがあります。実際、ご覧になっていただいた方が早いでしょう」


 モルディーズは用意してきた蛍燐翆岩アピアタスリを取り出す。


 大きさは手のひらの上に乗る程度、全体的に淡い翆緑すいりょくの色みを有し、時折きらめきを発している。


 見た目からでは、硬度をはかるのは難しそうだ。


「魔術付与されていない単純な剣で簡単にくだくことができます」


 モルディーズが実演してみせる。


 愛用している短剣の刃で、蛍燐翆岩アピアタスリりつける。


「このとおりです。私の短剣でも簡単に砕けるのです。十二将の方々の武具には、魔術付与がほどこされていますね。それほどの強力な武具なら、もっと楽に壊せるはずです」


 ソミュエラは砕かれた蛍燐翆岩アピアタスリを凝視している。


破片はへんで一番大きなものをお借りできますか」


 手のひらの上で、半分ほどの欠片かけらになった蛍燐翆岩アピアタスリをソミュエラに手渡す。


「有り難うございます。美しい岩石ですね。それにしてももろいです。グレアルーヴ、貴男なら握りつぶせるのではありませんか」


 背後からの視線に気づいていたのか、ソミュエラは蛍燐翆岩アピアタスリの欠片をグレアルーヴに見せた。


 もう一つ理由がある。断崖絶壁に向かうのが獣騎兵団の二人だからだ。


「貸してくれ、ソミュエラ。試してみよう」


 グレアルーヴが欠片を手にし、勢いに任せて力を込めようとしたのと同時だ。モルディーズとエンチェンツォの悲鳴にも似た叫び声がかぶった。


「いけません、危険です」


 さすがにグレアルーヴも馬鹿ではない。二人が慌てるほどだ。手のひらで感触だけを確かめ、すぐさま蛍燐翆岩アピアタスリをソミュエラに投げ返した。


「何が危険なのですが。そこまで慌てるとは、いったい」


 モルディーズとエンチェンツォが顔を見合わせた。どちらが答えるべきかの相談でもあった。


 相手が十二将ということで、この役目はエンチェンツォに決まったようだ。


「知識は全てモルディーズ様からの受け売りですが、私から説明を。その前に、ソミュエラ様、火炎系魔術を付与した剣をお持ちですね」


 ソミュエラが左腰に吊り下げている一本の剣に目が向けられる。


「ええ、持っているわ。それが何か」


 ソミュエラが訝しげな表情を浮かべ、エンチェンツォに問い返す。


「炎の力をもって、この蛍燐翆岩アピアタスリを斬ってみてください。ただし、威力は最低限でお願いいたします」


 何をさせたいのか、意図がよく分からない。


 ソミュエラは首をかしげつつも、エンチェンツォの言葉どおり、一本の剣をさやから抜き放った。


 十二将序列五位で近衛兵団副団長のソミュエラの武器は、多彩な剣の使い分けだ。常時、左右の腰に四本の剣を吊るしている彼女は、今回の戦いに限っては、それを変更していた。


 左右の腰に三本、さらに背に二本、併せて八本の剣を携えている。


 長短、形状、全て異なる剣には、それぞれ独自の魔術付与が施されている。さらには風斬りの剣フリュヴァデルでヴェレージャとディリニッツに迷惑をかけたこともあり、魔術付与には細心の注意を払っている。


「私の声に応えなさい。炎踊活熱剣アクフィレーヴ


 およそ四十セルクの短めの剣身が美しいあけに染まっている。揺らめく炎が踊っている。


 ソミュエラはつかを握り締め、刃先でわずかに蛍燐翆岩アピアタスリを傷づけた。


 刹那せつな、欠片が一気に燃え上がり、熱を四方に発散する。手にしていた蛍燐翆岩アピアタスリを慌てて放り捨てる。


「な、何なの、これは。エンチェンツォ、私を殺すつもりですか」


 にらみつけてくるソミュエラの目が恐ろしい。エンチェンツォは僅かにたじろぐ。それも束の間、すぐに立ち直る。


「申したではありませんか。威力は最低限だと。蛍燐翆岩アピアタスリは炎をめ込むというまれな特性を持っています。もちろん、許容量があり、超えてしまうと、先ほどのように溜め込んだ炎を熱に変換、周囲に発散するのです」


 すかさずソミュエラの叱責が飛ぶ。


「それを先に言いなさい」


 エンチェンツォが気の毒になったか、先を引き取ったモルディーズが説明を加えていく。


「この断崖絶壁には、蛍燐翆岩アピアタスリがほぼ無尽蔵むじんぞうと言ってよいほどに含有されています。魔霊鬼ペリノデュエズとの戦いにおいて、有効活用できるのではないでしょうか」


 ソミュエラが炎踊活熱剣アクフィレーヴを納刀、グレアルーヴとディグレイオに視線を転じる。


「面白いじゃねえか。俺の槍、団長の爪、いずれも火炎系魔術が付与されているしな。飛び道具として、ふんだんに使えそうだぜ」


 おもちゃを手に入れたかのようにはしゃぐディグレイオとは対照的、グレアルーヴは静かに視線をザガルドアに向けた。


「グレアルーヴ、ラディック王国からは三王女が出る。お前なら、うまくやれるだろう。フィリエルスたちもすぐに合流するだろうしな。全面的にお前に任せる」

「承知いたしました、陛下」


 グレアルーヴにうなづいてみせたザガルドアが号令をかける。


「そろそろ始めよう。それぞれの持ち場へ移動開始だ」


 ザガルドアの言葉を受けて、いっせいに全員が動き出した。


 真っ先に崖下がいかへ向かおうとしていたグレアルーヴに、エンチェンツォが声をかけている。一言、二言、何かを伝えたようだ。


 内容までは聞こえない。グレアルーヴにとっては興味深い話だったのだろう。悪だくみを思いついたかのような笑みを浮かべ、エンチェンツォの肩を軽く叩いている。


「ディグレイオ、行くぞ」

「もちろんですよ、団長。面白い戦いになりそうですね」


 獣騎兵団、またの名を戦闘馬鹿とも言う。先頭を切って、団長と副団長が颯爽さっそうと崖下へ飛び降りていった。

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