第198話:獣騎兵団団長と副団長

 高度二千メルク地点でも、既に戦闘が始まっていた。


 足場が悪い。断崖絶壁だんがいぜっぺきの上にそそり立つ大地は、平らな部分がほぼない。起伏も激しく、さらに大小様々な岩石が至る所で動きを阻害そがいする。


 武器を手に物理主体で戦う者にとって、これ以上はないというほどに圧倒的不利な状況だ。


らぬ心配だ。ここは俺たち二人に任せておけ。他の者は戦場を移動しろ。フィリエルス、フォンセカーロ、空は任せたぞ」


 大声を張り上げているのは、十二将序列四位にして獣騎兵団団長のグレアルーヴだ。獣人族の彼にとって、足場の悪さなど何ら問題にならない。


 むしろ、安定しない地形ほど、彼らには有利に働く。嗅覚きゅうかくに優れ、視野もかなり広い。何よりも敏捷性びんしょうせい俊敏性しゅんびんせいが高く、機動的な戦いができる。


「副団長ディグレイオ、やるぞ」


 ディグレイオは人族だ。彼が獣騎兵団の副団長を務めると決まった時、所属の半数近くから反対の声が上がった。


「獣騎兵団はな、強けりゃいいんだよ」


 ディグレイオの手刀が鋭く伸びる。獲物は、目の前にそびえる中位シャウラダーブだ。


「これが中位シャウラダーブか。大したことねえな」


 軽々と腹部を貫通している。ディグレイオは力任せに手刀を引き抜くと、今度は手当たり次第に連撃を繰り出していく。


「また悪いくせが始まった。ああなったら、止まらないのよね」


 いつもなだめ役に回っているセルアシェルはいない。彼女は坑道組として谷底を目指している。代わりに声を発したのは、序列五位のソミュエラだ。


「弱い、弱すぎるぞ」


 数十回の手刀で、全身を貫かれた中位シャウラダーブが倒れていく。


 これで終わりではない。グレアルーヴとディグレイオを十体の中位シャウラダーブが取り囲んでいるのだ。


 二人は持ち前の能力を生かし、岩石をも足場に変え、中位シャウラダーブを迎え撃っている。体型の異なる十体は全身を武器に変え、さらには魔術をも放ってくる。


「そんなものが通用するとでも思ったか」


 ディグレイオの猛攻が続く。素早く狙いをつけては手刀で貫いていく。二体目、三体目と、容赦なく両手の手刀を突き込んでいく。


 一方のグレアルーヴは、傍目はためでディグレイオの動きを追いつつ、その巨躯きょくからは想像もできないほどの跳躍力をもって戦いに入っていた。


 彼の武器はそれだけではない。真の脅威は爪だ。


 両手合わせた十本の爪は、全てが独立している。グレアルーヴの意思のままに変幻自在に動く。


 するどとがった伸縮可能な爪は、それだけでも恐ろしい武器だ。爪には、加えて独自の仕込みがある。


「お前は毒を使うのだな。ならば毒には毒を、だ。俺の毒は一味違うぞ」


 グレアルーヴは二体の中位シャウラダーブと相対、既に物理攻撃主体の一体をほふっていた。破壊された核が散乱している。


 もう一体は厄介やっかいだ。身体そのものが毒の液体で構成されている。一体がやられたことで、危険を察知したか、先ほどからグレアルーヴには近づかず、離れた位置から大量の毒を辺り構わずにき散らしている。


「理性が残っているのか。あるいは種の保存のための危険察知能力なのか。いずれにせよ、滅ぼすことに変わりはないがな」


 グレアルーヴの左手人差し指の爪が伸びた。およそ十五セルクといったところか。先端から半分が、紫に染まっている。


そなえて」


 ソミュエラの言葉を待つまでもない。ゼンディニア王国の者たちは、瞬時にグレアルーヴから距離を取ると同時、耳をふさいだ。


「頼もしい。では、ラディック王国の皆々方みなみながたに告げようぞ。すぐさま、俺から距離を取り、耳を塞いでおくのだ」


 何をするつもりなのか。皆目見当もつかない。訳が分からないまま、ラディック王国の者たちも同様の行動に移った。


 見よう見まねとはいえ、さすがにもたつく者は一人もいない。


「行くぞ」


 グレアルーヴは一際ひときわ大きな岩石を足場にして、大跳躍を見せる。


 優に五メルクは越えようかという毒の中位シャウラダーブを、はるかに下にする。上空から放つは、凄まじいばかりの咆哮ほうこうだ。耳を塞ぐ理由はこれだった。


 獣人の咆哮は、使い方次第で人体を破壊できるほどの威力を有する。


「俺の咆哮は破壊に特化した、それでいて人族にはさほど影響を及ぼさぬ特殊仕様だ」


 高々と飛び上がったグレアルーヴを見つめながら、マリエッタがルシィーエットに尋ねている。


「ルシィーエット様、あの方はさほど影響を及ぼさぬとおっしゃいました。それでは、幾ばくかの影響が人体にある、ということではないのでしょうか」


 二人をはじめ、セレネイア、シルヴィーヌは耳を塞いでいない。ルシィーエットが展開した結界内にいるからだ。


「だからこそ、耳を塞げ、と言ったんだよ。人体の破壊と言ったって様々なんだ。死に直結するものから一部損傷で終わる程度のものまでね。つまりは、グレアルーヴの咆哮は、人族にとって致死とはならないけど、聴覚を奪うには十分ということだよ」


 ルシィーエットの説明を聞いて納得する。マリエッタも、自ら名乗ることはしないまでも、魔術師のはしくれだと自認している。


 魔術も咆哮も考え方は同じなのだ。要は使い方次第であり、何のためにそれを使うのかに尽きるだろう。


 確実に他者を死に至らしめるものから、逆に他者を守るためのものまで、千差万別だ。マリエッタは深く考え込んでいる。


(このは本当に賢いね。私が簡単に説明した事柄から、その先々を見据えて、自分の頭と心でしっかり考えている。たぐいまれな姉と妹にはさまれ、比較的おっとりした性格だと思っていたけど、血は争えないものだね)


 この戦いが終わり、もしも自分が生き残れていたら、寿命が尽き果てていなければ、今度こそ本気で弟子にしても構わない。ルシィーエットにそこまで思わせる素質だった。


 局面が動く。


 グレアルーヴの咆哮が、毒の中位シャウラダーブに突き刺さる。咆哮とは、いわば音の波、一切目にえない攻撃だ。


「液体で構成されたお前に逃げ場などないぞ」


 四方八方から音の波を浴びた中位シャウラダーブが、もがき苦しんでいる。


 大気中に比べて、音が液体中を伝わる速度はおよそ五倍だ。グレアルーヴの咆哮は特化型、その速度を数十倍に跳ね上げ、複数の合成波を生み出しながら液体を揺さ振り続ける。


 激しい振動は熱となって、中位シャウラダーブの全身をけ巡る。


 もはや、核を守るどろこではなくなっている。高音、高熱を伴った音の波が液体を蒸発させ、さらに毒をも無害化して飛ばしていく。残されたのは、四つの核だけだった。


他愛たわいもなかったな。とはいえ」


 大跳躍を終え、大地に降り立ったグレアルーヴの紫に染まった爪が核を正確に穿うがっていく。刹那の内に、四つの核は全て砕け散った。


 断末魔さえ残す時間を与えず、中位シャウラダーブちりかえる。


 息一つ切らすことなく、二体をほうむったグレアルーヴが、ディグレイオの状況を横目で確認している。


「残りは五体か。予想以上に時間がかかっている。魔霊鬼ペリノデュエズの名は伊達だてではないということか。ならば、急がねばなるまいな。見せねばなるまいな。少しばかりの本気というものを」


 そこからは圧倒的、一方的な展開だった。


「俺もお供しますよ、団長」


 残る五体は、一癖ひとくせ二癖ふたくせもある中位シャウラダーブばかりだ。グレアルーヴとディグレイオの完璧な連携を前にしては、数があろうとも意味がない。


 なすすべもなく、隠し持つ核を全て破壊されていく。まさしく、電光石火の早業だ。わずか五メレビルもたないうちに戦いは終わっていた。


 蹂躙じゅうりんという言葉が相応ふさわしい戦いぶりだ。


「久しぶりに見たが、さすがだな。獣騎兵団団長と副団長の真骨頂しんこっちょうと言ったところか。まさに一騎当千だな」


 ザガルドアが二人の活躍ぶりを眺めつつ、感嘆に近い言葉を発している。


 十二将、さらには騎兵団は、戦術の特徴が顕著けんちょだ。


 獣騎兵団は、戦いにおいて先陣をつとめることが多い。数多あまたの敵を引きつけ、かく乱しつつ、全方位から攻撃を仕かけることができる高い機動力が大きな武器だ。


 最強という称号は、フィリエルス率いる空騎兵団に譲るものの、獣騎兵団もまた遜色そんしょくのない強さを誇る。


 いて二団を比べるなら、獣騎兵団の方がより自由度が高いといったところか。


「陛下、ここは片づきました。谷底へ移動するか。あるいは、さらに高度を上げるか。いずれがよろしいか。俺たちは陛下につき従います」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る