第190話:エトリティアの記憶
カイラジェーネの速度がさらに増した。湾刀を振るう力に、一切の
トゥウェルテナの舞いに乱れは一切見られない。カイラジェーネも、トゥウェルテナ以上の速度をもって
トゥウェルテナは緩急をもって刃に刃を当て、いや自ら当てにいっているわけではない。あくまで受け身だ。カイラジェーネの繰り出す刃を待ち、柔らかな羽のごとく、彼女の刃を自らの刃に触れさせ、その反動をもっていなしていく。
「美しい舞いだわ。まるでエトリティアの舞いを見ているよう。でもね、私は
カイラジェーネが一瞬にして
「舞いの中へ自ら入っていくなんて。何をするつもりなの」
悪い予感がする。カイラジェーネの言葉を聞く限り、
「トゥウェルテナ、すぐに離れて」
ヴェレージャの声が届く前だ。カイラジェーネは背の湾刀を素早く頭上に
中の舞いを舞いながらも、トゥウェルテナは気が
そのせいだろう。
その一瞬の
「もらったわ」
前方へと進み出していたトゥウェルテナの左足に
「な、何てことを」
ヴェレージャでさえ絶句していた。捨て身でも何でもない。カイラジェーネは
「緩と急を繰り返す舞いはね、その切り替わりの瞬間こそが隙になるの。さらに舞いの後半、次第に動きが
いったい何が起こったのか。
そう、カイラジェーネは右足をもって、トゥウェルテナの左足を踏みつけ、舞いの動きを
それだけではない。さらに右手の湾刀を振りかざし、己の足ごと刺し貫いていたのだ。二人の足が重なり合い、大地に
トゥウェルテナの口から苦痛の声が
「よく
カイラジェーネは
あまりの痛みにトゥウェルテナは意識が飛びそうになった。刺し貫かれた左足から、血が大量に
「勝負あった、かしらね。舞いを封じられた今、お前に勝ち目はないわよ。それでなくても、黒き靄で作り出した湾刀で貫かれたのよ。傷口からじっくりとお前を浸食していくわ。成れの果ては、どうなるか分かるわよね。ああ、ぞくぞくするわ」
「私をここまで追い込んだことは
頭上に投擲したもう一本の湾刀は、既にカイラジェーネの左手に収まっている。その左手が持ち上げられた。
大地と平行だ。軽く
「カイラジェーネ」
心臓など持たぬ彼女が、二つの意味で驚愕の眼差しを向けてくる。
一つは失ったはずの心臓が跳ねたことだ。もう一つはトゥウェルテナの瞳から
「あらあら、泣いているの。土壇場に来て、死ぬのが怖くなったのかしら」
カイラジェーネの顔から笑みが消え去っていた。自分の目を疑った。
「違う、これはいったい。そんなことがあってたまるものですか。私はあの女と戦っていたはずよ。なのにエトリティア、どうして貴女がここにいるのよ。死してなお私を苦しめるというの」
カイラジェーネと
左手にした湾刀がトゥウェルテナの首の皮一枚を
「カイラジェーネ、終わりにしましょう。貴女の悲しみや苦しみは、全て私が背負っていくわ」
抱きすくめられたことで固まってしまったカイラジェーネの身体が小刻みに震えている。
「ふざけたことを言わないで。エトリティア、私は貴女のそういうところが昔から大嫌いだったのよ。全部自分で背負い込んで、私には何も話してくれなかった」
カイラジェーネにとって、エトリティアは掛け替えのない親友に違いない。それでも、時折見せる
「貴女は、貴女は、私が必要とする時にいつも
カイラジェーネの悲痛な叫びが胸を打つ。
トゥウェルテナの
≪トゥウェルテナ、強引に貴女の身体を借りてしまってごめんなさい。貴女なら私が封印していた魂の
いきなりの展開にトゥウェルテナは全くついていけない。自分の身体を優しい光のようなものが包んでいる実感はある。それが、まさか人の意識だとは想像外だ。
≪私があの時、カイラジェーネに語れなかった真実の中の真実を≫
混乱しながらも、トゥウェルテナは問い返す。
≪ちょっと待って。エトリティアなの。どうして直接、貴女の言葉でカイラジェーネに伝えてあげないの。彼女はそれを望んでいるわ。貴女とカイラジェーネは親友だったのでしょ≫
光の中に見えるエトリティアは、悲しげな瞳で静かに首を横に振った。
≪親友だったわ。今でもとても大切な親友よ。だからこそ、期待に応えられず、挙げ句に彼女の命を奪った私を憎み、恨んでいるわ。私の言葉など信じるはずもないし、聞く耳も持たないわ。だから、こうして貴女に頼んでいるの≫
≪分かったわよ。ご先祖様の
必要最低限をカイラジェーネに伝える。トゥウェルテナがするのはそれだけだ。本当に大切な言葉は、エトリティアこそが語るべきであり、譲るつもりもない。
トゥウェルテナには、エトリティアが引きつった笑みを浮かべるのが見えた。強引に進めなければ
≪カイラジェーネは本音を口にしたわよ。それに、あの時の約束って≫
エトリティアの記憶が洪水となってトゥウェルテナの脳裏に流れ込んでくる。膨大な波は時に
魂の欠片にひびが入る。双肩の光も弱まりつつあった。今、トゥウェルテナは真実の全てを知った。
≪こんなこと、許せるはずがないわ。エトリティアに時間がないように、私にもあまり時間が残されていないようね。必要最低限とはいえ、私にカイラジェーネを説き伏せられるかしら≫
既に黒き靄の浸食が
≪トゥウェルテナ、負担をかけてしまったわ。本当にごめんなさい。頼れるのは貴女だけなの。大丈夫、貴女ならきっとできるわ≫
ちょっと無責任じゃないの、という言葉を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます