第181話:敵との接触
周囲の安全を確認したヴェレージャが言葉を発した。
「エランセージュ、もう大丈夫よ。光壁を
≪セルアシェル、私は影に入る。お前は坑道内の闇を制御下に置いて、奴らの監視を
ディリニッツの心配は、そのままセルアシェルのそれでもある。
≪承知いたしました。ところで団長、ヴェレージャと共有しておかなくてよいのですか≫
どうして、ヴェレージャの名前を出したのか、セルアシェルもよく分かっていない。無意識のうちに出ていたのだ。
≪まだよい。ヴェレージャは、いや、何でもない。お前だけが知っていればな。頼んだぞ≫
ごく
「どうかしたの、セルアシェル。少し顔色が悪いわよ」
ヴェレージャが心配そうに尋ねてくる。一人
「ディリニッツに何か言われたのね。全く、男って本当に仕方のない生き物よね。こんなにも可愛らしい副団長を
ハーフエルフのセルアシェルにとって、ヴェレージャの存在は
十二将随一の魔術師で、フィヌソワロの里内でも高名で通った純血エルフ属だ。しかも、美貌の持ち主ときている。ヴェレージャ自身は、全く
そんな彼女は、セルアシェルの
「ち、違いますよ。それよりもヴェレージャ、貴女に聞きたいことがあります」
ちょうどよい機会だ。ここから先、生死を
「貴女と団長は同じエルフ属、それも純血です。十二将は基本的に単独、団を超えての共闘は、それこそ陛下が命を下さない限り、滅多にありません。にも関わらず、お二人は最近よく一緒に動かれていますね」
セルアシェルの問うている意味が分からない。ヴェレージャは
少し待ってみる。セルアシェルからは続きの言葉が出てきそうにない。
「意識したことがなかったけど。言われてみればそうなのかも。ここのところ、色々ありすぎたわ」
ディリニッツのシュリシェヒリ、ヴェレージャのフィヌソワロ、互いの里で大騒動が巻き起こっている。それらに共通する根本原因も分かっている。ジリニエイユ、そしてパレデュカルだ。
「私の
虚を
「え、許嫁、ですか」
驚いたものの、ヴェレージャのことだ。許嫁がいても何ら不思議ではない。
「あら、以前に言ってなかったかしら。そうよ、私には子供の頃に決められた許嫁がいたわ。
美しい顔に影が見える。ヴェレージャの口調には、多分に寂しさと悲しさが含まれていた。
「まるで過去の出来事のように話しますね」
「そうね、過ぎ去ってしまったわ。ロズフィリエンは私の目の前で死んだわ。それも、そう、私が殺したようなものね」
一瞬、言い
一方のセルアシェルも、かけるべき言葉が見つからない。
「私とロズフィリエンは、こうなる定めだったのでしょう。もともと、親同士が決めた許嫁だったし。私は様々な理由から早々に里を出て、以降は何十年と戻らないままだったのよ」
「その人を愛していたのでしょう。後悔はしていないのですか」
考え込んだのも束の間、ヴェレージャは緩やかに首を横に振り、答えを
「どうかしらね。友情はあったかもしれないわ。愛情があったのかは、私にも分からない」
しばしの沈黙が流れる。
セルアシェルは居心地が悪かった。自ら問うたのに、予想外の展開になってしまっている。ここでトゥウェルテナ辺りが場の空気を変えてくれたらと思って、背後を振り返る。
(こちらはこちらで面白い組み合わせよね)
セルアシェルの視線の先、そこにいる二人を見て、何となくわかるような気がした。
トゥウェルテナとラディック王国の騎士団最年長ホルベントだ。その実力と年齢から第一騎士団団長でも不思議ではないと言われている人物が、トゥウェルテナと意気投合している。
(ヒューマン属は、エルフ属以上に年齢を気にすると聞いているけど、存外関係ないのかもしれないわね)
「ヴェレージャ、ごめんなさい。私の質問からこのような話になってしまって。悲しい過去を思い出させてしまったわ」
吹っ切れているし、問題ないわとばかりに軽く手を振り、今度はヴェレージャが尋ねてくる。
「それよりも、本当に聞きたかったことは何なの。ここまでの流れは序章みたいなものでしょう。違うかしら」
物事の本質を見抜く力とでも言うのか、ヴェレージャは誰よりも群を抜いている。長命なエルフ属としての経験からくるものか、あるいはそれ以外の要因があるのか。
「ディリニッツのことなら心配は要らないわよ。私にとって、頼れる同属の仲間ではあるけど、言ってみれば弟みたいなものなの。貴女の
図星だった。セルアシェルが本当に聞きたかったことを、ヴェレージャが口にしている。
(本当に敵わないなあ)
「だから遠慮なくいきなさい。貴女が動かなければ、そのうち他のエルフに取られてしまうかもしれないわよ」
セルアシェルが十二将の女五人の中で、最もヴェレージャを尊敬する理由の一つでもあった。
「ち、違います。私は、そんな」
思いとは正反対の言葉が出ている。
「あら、違ったの。貴女が否定するなら、私は構わないわよ。そういうことにしておくわ」
周囲からは畏敬の念も込めて、氷の微笑と言われるヴェレージャの笑みは、氷を解かすような、柔らかで温かさを感じさせる炎のようでもあった。
「そういうところが、貴女は。ああ、もうよいです。私の負けです」
氷の微笑が向けられる。
「素直が一番よ。貴女はもっと自分に自信を持ちなさい。私よりもよほど美しいのだし、力もさらに上を目指せるだけの素質があるわ。それにしても不公平よね」
何が不公平なのだろうか。セルアシェルに言わせれば、女六将のうちヴェレージャが最も美しい。それは揺るぎないところだ。
「貴女はもちろん、フィリエルス、ソミュエラ、トゥウェルテナにエランセージュ、どうしてこうも美の化身みたいな者たちが一同に揃っているのかしら。そう思わない」
大いに返答に困るセルアシェルだった。あまりに自身に無関心なのか、あるいは鈍感すぎるのか。セルアシェルに言わせれば、ヴェレージャに負ける要素はないのだが、それが伝わったためしがない。
「この話はここまでのようね」
緩やかな空気が一変した。ひりつき感とでもいうのか。さすがに歴戦の戦士たちだ。誰もが、すぐさま動ける態勢を取っている。
いつしか、前を行くギリエンデスと死霊の一団も歩みを止めている。
「先陣は、我らが務めましょう。我らの力をお見せしておいた方が早いでしょう」
返答を待たずして、ギリエンデスは速やかに死霊の一団を動かした。
「
ギリエンデスの言葉に、ヴェレージャは首を
(まさか、私たちに
死霊の一団が左右に分かたれ、思い思いの方向へと散っていく。彼らの動きは、そこに何かがあると確信した、迅速かつ最適なものだった。
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