第180話:坑道での出会い

 それぞれの挨拶あいさつを済ませた十名の戦士が、坑道内に入っていった。


 脇目も振らず、ひたすら出口に向かって足元の悪い道を駆け下りていく。いかに短時間で谷底まで辿たどり着けるかが勝負だ。


 ヴェレージャとセルアシェルを先頭に、トゥウェルテナとホルベント、その後ろにハクゼブルフト、ペリオドット、さらにノイロイド、エヴェネローグ、最後尾にディリニッツとエランセージュという隊列だ。


 水と光、剣と斧、弓、槍、闇と全体支援という布陣は、最適と言えるだろう。


「止まってください、ヴェレージャ」


 先頭を行くセルアシェルが、すぐ後ろに続くヴェレージャに声をかけた。


「全員、止まって」


 ヴェレージャも感じ取っていた。ここからおよそ二百メルク前方だ。恐ろしいほどの冷気が満ちあふれている。


「何じゃ、このすさまじいばかりの冷気は。魔霊鬼ペリノデュエズか」


 ホルベントの独り言にも似たつぶやきで、一気に緊張感が高まる。それに答えたのはトゥウェルテナだ。


 この二人、年齢が相当に離れているわりに、妙に気が合っている。たとえるなら、孫娘を溺愛できあいするじじといったところか。ここまでの道程、全力にも近い速度でけながらも話が弾んでいた。


「違うわよお。魔霊鬼ペリノデュエズの気配じゃないもの。どちらかと言うと、むしろ人に近いわね」

「ふむ、人に近いか。それは面白い」


 トゥウェルテナがあきれた目を向けてくる。


「何じゃ、その目は」


 決して怒っているわけではない。気を悪くしたわけでもない。その証拠に目元が笑っているからだ。


「戦闘馬鹿、よね。魔霊鬼ペリノデュエズよりもたちの悪い敵かもしれないのに。まあ、私も人のことは言えないかあ」


 既に二人は戦闘態勢に入っている。トゥウェルテナは両手を背に伸ばし、対の湾刀のつかに触れている。ホルベントも右手に戦斧せんぷを握り、準備万端だ。


「近づいてくるわ。注意して」


 皆に声をかけた後、セルアシェルは最後尾にいるディリニッツをはじめ、十二将にのみ念話を送った。


(団長、まぎれもなく死霊の群れです。通常の武器では役に立たないでしょう。我らのみで対処した方がよいかと)


 ヴェレージャは冷気の接近と同時、素早く魔力網を展開している。いくら待っても反応が戻ってこない。接触までまもなくだ。


 十二将随一の魔術師たるヴェレージャの魔力網を無効化できるほどの者がいる。敵とみなすには十分すぎた。


(魔力網が無効化されたわ。向こうには高位に匹敵する魔術師がいるわね。エランセージュ、正面に光壁をお願い)


「出るわよ」


 セルアシェルの合図とともに、エランセージュが素早く光壁を展開する。ヨセミナが見せた魔剣アヴルムーティオによる紅緋べにひ光壁こうへきとはおもむきの異なる、まさに魔術によって生み出された結界だ。


 ヴェレージャは感心していた。エランセージュの光壁展開の早さにだ。従来に比べ、半分程度の時間で構築がされている。これも修業の成果といったところか。


(やるわね。それでこそ、私が信頼する副団長よ)


 押し寄せる冷気が光壁と衝突した。打ちつける波のように光壁を壊さんと次々と攻めてくる。


「無駄よ。その程度の冷気で、エランセージュの光壁を崩せるとは思わないことね」


 光壁はびくともしない。強固さを堅持けんじ、冷気のことごとくを跳ね返していく。


「お見事です。実に素晴らしい光壁ですね。感服いたしました」


 紫紺しこん外套がいとうまとった男が一人、大気を揺らしながら姿を現した。ギリエンデスだ。彼の背後では、ゆっくりと冷気が立ち昇り、死霊へと変じていく。


「人族の戦士たちよ、お初にお目にかかります。我は魔人族の魔術師ギリエンデスと申します。お待ちしていました」


 ヴェレージャが訝しげな表情を浮かべ、ギリエンデスと名乗った魔術師に問いかける。


「魔人族ですか。滅びた一族だと聞いていましたが。それに貴男の背後の者たちは」


 死霊たちのまなこが妖しく光ったように見えた。ヴェレージャは光壁の内側にとどまったまま、油断なくギリエンデスとその背後に目を注いでいる。


「貴女はエルフ属ですか。お詳しいのですね。確かに千余年前、我ら魔人族のほぼ全てが内戦によって滅びました。我はさる御方の命により、こうして束の間の生を享受きょうじゅしている次第です」


 ギリエンデスは背後に向けて右手を軽く上げ、説明を加える。


「ここにいる者たちは、今でこそこのような姿と化していますが、かつては我の配下でした」


 魔人族にも色々と事情があるようだ。それを聞いている時間はない。取り急ぎ、気になる点のみに絞って尋ねる。


「さる御方の命と言いましたね。ここからるだけでも、貴男が尋常じんじょうならざる魔術師だということが分かります。その貴男や背後の死霊に命を下せるだけの御方、まさか、ジリニエイユですか」


 すかさず、ヴェレージャの右手が動く。詠唱に費やす時間はない。魔術文字を宙にきらめかせる。


「待て、ヴェレージャ」


 止めたのは最後尾から成り行きを見守っていたディリニッツだ。それでもヴェレージャの手は動き続けている。魔術行使に必要な文字が宙をいろどり、まもなく完成する。


「興味深いですね。我らの時代の魔術とは、いささか異なっているのですね」


 ギリエンデスは、宙の魔術文字を視界に入れつつ、両手を軽く打ち鳴らした。小さな音が岩石に反射、狭い坑道内に大きさを増しながら広がっていく。


「魔術文字が」


 またたく間に魔術文字が消滅していた。


 その空間だけを切り取ったかのような錯覚を受ける。発動させたヴェレージャはもちろんのこと、他の十二将たちも同様に唖然あぜんとするしかなかった。


 優れた魔術師たる彼らにとっても、ギリエンデスの成したことは異常すぎた。


「時間が許すなら、ゆるりと魔術談義といきたいところですが、そうも言ってはおられません。一刻も早く坑道出口、すなわち谷底までいざなえ、というのが我が心の主より受けた命なれば、すぐにでもちましょう」


 立ち直ったヴェレージャが慌てて言葉を紡ぐ。これだけは確認しておかなければという信念からだ。


「ま、待って。これだけは教えて。貴男の主は、ジリニエイユではないのね。もし、そうでないなら、いったい誰なの」


 背を向けかけていたギリエンデスが、その動きを止めた。


「ジリニエイユ、初めて耳にする名ですね。我が心の主からは、決して名を出すなと厳命されております。ゆえに答えるわけにはまいりません」


 今度こそ背を向けた。死霊の群れが左右に分かれ、ギリエンデスのために道を開ける。


「加えておくとすれば、貴方たちを殺すつもりなら、この坑道に入った瞬間に終わっていましたよ。貴方たち次第です。信じるかいなかは。時間もありません。我らからはぐれず、ついて来てください」


 ギリエンデスは言い残すと、彼らの意思を確認するまでもなく進み始めた。その直後に死霊の一団が続く。


「信じて、行くしかあるまい。魔人族と言ったか。初めて目にしたが、恐ろしいほどの魔力量よな。平凡な魔力量しか持たぬわしからすれば、何ともうらやましい限りだわい」


 エルフ属のヴェレージャやディリニッツでさえ、魔人族と出会ったことがないのだ。ヒューマン属のホルベントでは無理からぬことだった。


「十二将の皆さん、いかがでしょう。彼らを信じるかどうかはともかく、ついていくしかないと考えます。ギリエンデスと名乗った魔術師によれば、我らの命はいつでも奪えるということですし、あからさまに敵対する意思は見えません」


 目的は決まっているのだ。一刻も早く坑道出口に辿り着くこと、それ以外は些末な問題でしかない。


 冷静沈着なハクゼブルフトの言葉に対し、思うところはあるだろう。誰からも異論は出なかった。

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