第179話:師弟関係の様々な形

 が最も高い位置で鎮座している。


 降り注ぐ光のたばは、アーケゲドーラ大渓谷の大地をあまねく照らし出し、様々な地層からる無数の岩石群を輝かせていた。


「来たな。ラディック王国の精鋭たちが」


 声を発したのはザガルドアだ。一足先に魔術転移門から降り立ち、彼らの到着を待っていた。ザガルドア、フィリエルスを除く十二将全員、最後にエンチェンツォという、まさに少数精鋭十三名だ。


 宙を切り取り、魔術転移門が開く。最初に降り立ったのはホルベントを先頭にした騎兵団だ。次いで宰相モルディーズ、さらに三王女が続き、最後に国王イオニアが堂々と地に足をつける。


 イオニアのすぐかたわらに予想外の顔がある。ザガルドアは思わず苦笑を浮かべていた。


 一方で色めき立つのは水騎兵団の二人、ヴェレージャとエランセージュだった。二人のすさまじい殺気が、その者に向かって襲いかかる。


「なぜ、お前がこのようなところに」


 ザガルドアが声を荒げるヴェレージャを制する。


「陛下、なぜお止めになられるのですか。あの者は、私たち水騎兵団にとって敵なのです。始末すべきではありませんか」


 エランセージュの言葉を、ザガルドアは首を横に振ることで否定した。


「お前たちの気持ちは分かる。分かるが、その前に俺とイオニアの言葉を聞け。それでも、お前たちの気が晴れぬなら、もはや何も言わぬ。好きにしろ」


 ザガルドアはイオニアに視線を転じた。


「それでよいのだな、イオニア」


 既に二人の間では話がついている。念押しの確認のためだけだった。


「無論だ。その前に、ヴェレージャ殿とエランセージュ殿に心よりびたい。本来であれば、その場で愚息を殺されたとしても仕方がなかった。王族の者として、あるまじき行為に及んだのだ。弁解の余地は一切ない。王として、また一人の父として深く謝罪する」


 ラディック王国側で事実を知るのはイオニアを除けば、モルディーズのみだ。


 ヴェレージャとエランセージュに対し、深々と頭を下げて謝罪するイオニアの姿はあまりに衝撃的すぎた。


 頭を下げられた当の本人たちは無論のこと、セレネイアたちも同様だ。イオニアの横で、同じく頭を下げている兄ヴィルフリオに、突き刺さるような視線が向けられた。


「イオニア陛下、どうか頭をお上げください。謝罪は謝罪として受け入れます。しかしながら、我ら水騎兵団が求めるのは、イオニア陛下からのものではありません。そこにいる男からです」


 ヴェレージャもエランセージュも、事情はおおむねザガルドアから聞かされている。それを考慮したとても、彼女たちの部下が受けた心の傷はいまだ癒えていない。


しかるるべき時に対面のうえ謝罪となるのでしょうが、今はそれさえもかないません」


 察しのよい三姉妹だ。ヴェレージャが語った内容から、何があったか想像できてしまった。


 兄ヴィルフリオが交換留学時代に何をしでかしたのか。だからこそ、期間を満了することなく、途中で帰国の途に着いたのだ。身内の恥とはいえ、それを一切知らされなかった。


 三姉妹のいきどおりは、いかばかりか。


「これは、もはや死んで詫びるしかありませんわね」


 三姉妹の中で、最もヴィルフリオを嫌っているシルヴィーヌが口火を切る。とても実兄に向ける言葉とは思えない。すかさずマリエッタも同調した。


「兄と言えど、女の敵を許すわけにはまいりません。ゼンディニア王国に即刻、身柄を引き渡し、あちらの法にのっとって厳罰に処すべきでしょう。セレネイアお姉様もそうは思われませんか」


 どこまでも辛辣な二人に比べて、セレネイアは歯切れが悪い。


「そうね。兄のしたことは決して許されないわ。私も二人の意見におおむね賛成よ」

「概ね、なのですか」


 シルヴィーヌの不満げな問いかけに、セレネイアは言葉をつけ足した。


「シルヴィーヌ、兄は適切な罰を受けるべきよ。あまり過激な言葉を使わないようにね。それにしても、父もザガルドア陛下も、少し様子が変だわ」

 

 シルヴィーヌをなだめつつ、セレネイアは父とザガルドアの態度に納得がいっていない。まだ何かを隠しているのだろうか。


 シルヴィーヌとマリエッタの視線は針のごとく、ヴィルフリオだけに突き刺さっている。セレネイアはもっと俯瞰ふかん的だ。ヴィルフリオを取り巻く全体を見つめている。


 頭を上げたイオニアがヴィルフリオの背を押し出した。


「行くがよい。今のお前の気持ちを、正直に語ってくるがよい」


 背中に父の言葉を受け、ヴィルフリオがヴェレージャとエランセージュの前に立つ。


「ヴェレージャ殿、エランセージュ殿、まずは心から謝罪する。あの時の俺の行動、全てが間違いだった。弁解はしない。いかなる処分も甘んじて受け入れるつもりだ。その前に、ただ一つだけ、あの少女に直接謝罪する機会をどうか与えてもらいたい」


 二人ともに適切な言葉が思い浮かばない。直接がいつになるかも分からないのだ。複雑な心境を抱えたまま無言を貫く。


「ヴェレージャ、エランセージュ、それから他の者も聞け。今、ヴィルフリオは俺がその身を預かっている」


 衝撃的な事実が次々と明らかになっていく。ゼンディニア王国側は無論のこと、ラディック王国側も、言葉の意味をみ込むまでに相当の時間を要した。


 ザガルドア自身でさえ、イオニアから提案を受けた時には、あり得ないと思ったほどなのだ。聞けば、ヴィルフリオ本人が志願したという。


 そこには、ザガルドアが王をする話をしていたことも大いに関係しているのだろう。


「我が王国で厄介事を引き起こした張本人が、仮にもその国で、しかも国王たる俺のもとで一から修業したいなど、前代未聞ではないか」


 イプセミッシュが怪訝けげんな表情を浮かべ、こちらに視線を向けてくる。


「動き出したのは、お前たちが修業に入ってからだ。さすがに大っぴらに王国領土内に立ち入らせるわけにはいかないからな。仕方なく、ビュルクヴィストの力を借りてな。ヴァンゲンフェルツ大森林地帯で稽古をつけていた」


 なるほどと納得したか、イプセミッシュは軽くうなづいてみせた。ザガルドアの視線がエランセージュに向けられる。


「エランセージュ、ビュルクヴィストは修業の最中さなか、時折用事があるとか言って抜け出していただろ。お前のことを、勘が鋭い、と愚痴ぐちっていたぐらいだ。何か気づいていたんじゃないのか」


 エランセージュにも思い当たる節があったのだろう。


「ビュルクヴィスト様は好奇心旺盛で、時と場合によって、子供みたいな一面をお見せになる御方です。確かに、何度か悪だくみでもなされているのか、と思えるような表情を浮かべていることがありました。陛下とその男とのことだったのですね」


 たまりかねたヴェレージャが唇を噛みしめ、突っ込む。


「陛下、それでは私たちにどうしろとおっしゃるのです。今のお話をうかがうに、その男は陛下の庇護下ひごかにあるも同然ではありませんか」


 あまりの剣幕にザガルドアもたじろぐほどだ。


「待て、ヴェレージャ。そなたの気持ちも分かるが、まだ陛下の言葉は終わっておらぬ。イオニア殿も、まだ一言も発しておらぬ」


 王国にとってのザガルドアの言葉と、十二将にとっての筆頭イプセミッシュの言葉は同様の重みを有する。ヴェレージャは何とか怒りを収め、口をつぐむしかなかった。


「もう一つ告げておくことがある。ヴィルフリオは、既に立太子としての地位を返上、さらに王族籍から離脱することを決め、イオニアも了承している。そこまでの覚悟をしているのであれば、と思ったのだ。だから、俺は引き受けた」


 ラディック王国の面々でさえ、魔術転移門をくぐる直前に聞かされたのだ。その言葉が与える影響はあまりに大きすぎた。


 ゼンディニア王国にとって、次期ラディック王国国王がヴィルフリオでなくなったという事実は二重の意味がある。それは途轍もなく大きな意味を持つ。


 ラディック王国が今以上に栄える可能性が高くなったこと。そして、ラディック王国建国史上、初の女王が誕生することだ。


 全ての目がいっせいにセレネイアに注がれる。セレネイアにしてみれば、居心地の悪さしか感じない、あまりに強烈すぎる視線だった。


「先におめでとう、と言っておくわ。セレネイア殿、貴女が女王になることでラディック王国はさらに富み栄え、我らがゼンディニア王国とも長きにわたって友好関係が築けることでしょう」


 背後からセレネイアにだけ聞こえるように言葉を発したのは、ラディック王国で休養を取っていたフィリエルスだ。


 ようやく本調子に戻ったところでの出陣となった。セレネイアの返答を待つ必要はない。次いでマリエッタに声をかける。


「マリエッタ殿、世話になったわね。貴女と過ごせて楽しかったわ。私は本来の場所に戻るわ。次に会うのは空中よ」


 上空を指差すフィリエルスの言わんとすることは、マリエッタにはすぐに理解できた。


「私が思うに、この戦いは貴女たち三姉妹が鍵を握るでしょう。決して油断しては駄目よ」


 去っていくフィリエルスの背を見送りながら、マリエッタもまた同じ思いを抱いていた。


(最も重要な鍵は、やはりセレネイアお姉様しかいらっしゃらないわ。私も絶対に失敗できないわね)


「陛下、ただいま戻りましたわ。長らくの留守をお許しくださいな。いつでも出陣できますわよ」

「ああ、坑道を行く十二将を送り出したら、すぐにでも飛び立ってもらう。頼むぞ」


 一礼の後、フィリエルスは己が立つべき場所へ戻ろうとした。そこに再びザガルドアから声がかかる。


「フィリエルス、マリエッタ第二王女の引き抜きには成功したのか」


 しばし思案する。言葉を選んでいるようだ。


「引き抜きとは、穏便おんびんではありませんね。でも、似たようなものですわね。一時的なものではありますが、交換留学の話をつけてきましたわ」


 今度はザガルドアが思案する番だった。懸念材料はただ一つ、ヴィルフリオとマリエッタの関係性だ。


「第三王女ほどではありませんが、マリエッタ殿もまたあの男を毛嫌いしていますからね。十分な配慮が必要かと」


 互いに苦笑を浮かべつつ、うなづき合う。


「そうだな。おいおい考えていくしかないな。ご苦労だった」


 頃合いを見計らって、イオニアが口を開く。


 問題となっているのは愚息ヴィルフリオだ。謝罪は必須としても、ここで無為に時間を過ごすわけにもいかない。そういう状況でもないからだ。


「謝罪は改めてさせてもらうとして、陽も天頂より傾き始めた。そろそろ、互いに布陣に従って、動き出す時ではあるまいか」


 無論、誰からも異論はない。初動の大切さは戦い慣れている双方にもよく分かっているからだ。


「そうだな。では、こちらは我が軍を束ねる軍事戦略家を出そう。エンチェンツォ、前に」


 ザガルドアの発した言葉に最も驚いたのは、他ならぬエンチェンツォだった。いつもながらに心臓に悪すぎる。


「宰相モルディーズ、前に」


 この重大な局面で、モルディーズとエンチェンツォ、見方によっては師弟とも呼べるような二人が顔を突き合わせことになろうとは、まさに数奇な運命としか言いようがない。


 いよいよ、最終決戦が始まろうとしていた。

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