第182話:魔人族の戦いとその能力

「あれは魔霊鬼ペリノデュエズ


 ヴェレージャの魔力網がとらえていた敵が、ギリエンデスの前に姿を現した。


低位メザディムから中位シャウラダーブに上がったばかりのまだ未熟な魔霊鬼ペリノデュエズです。我が力を示すには、いささか物足りませんが、この中では最も強いでしょう」


 死霊の一団は動き出すと同時、六つの小集団に分離していった。何ともなめらかで、まるで宙を泳ぐがごとく標的に向かっていく。ギリエンデスも呼応するかのように詠唱に入った。


"Zroodło diabła o wieryi ciejmy pomeniuz.

Nhisecz wzeytki cio jyezt ssłe.

Krew ez ciało ez dusza lgez wseyskor da zriojyła."


☆☆☆☆☆詠唱翻訳☆☆☆☆☆

魔の源偉大なる昏き炎よ

邪悪なるものここにことごとく滅せよ

血と肉と魂全てを原初へと還したまえ

☆☆☆☆☆詠唱翻訳☆☆☆☆☆


「何、この詠唱は。聞いたこともない魔術言語だわ」


 ヴェレージャのつぶやきがれる。


 坑道の天井は低い。魔霊鬼ペリノデュエズは優に三メルクを超えている。直立できず、頭部を前方に突き出す形で突進してくる。


 うつろなまなこがギリエンデスを視認するや、すさまじい咆哮ほうこうを発した。あふれる魔力を感知したか、あるいは、かつての仇敵きゅうてきたる魔人族と認識したか。


 ギリエンデスの詠唱は、成就じょうじゅしている。双方が同時に攻撃に移った。


「あの当時から愚かさは変わらぬか。お前たちは食った者が強ければ強いほど、己自身も強くなる。だが、そうでない者をいくら食ったところで弱きままよ」


 粘性液体の両腕が、それぞれ十本に分裂、鋭利な槍状そうじょうと化し、ギリエンデスの身体を貫こうと迫り来る。


 固唾かたずんで見守る人族の者たちをよそに、ギリエンデスはその場から一歩も動かない。十本の槍状の腕が全身を貫いていく。


「全く学んでおらぬ。今の我に、その程度のものが通用すると思ったか」


 接触するや、鋭利なはずの槍状腕そうじょうわんが砕け散っていく。


 中位シャウラダーブはなおも攻撃の手を緩めることなく、砕け散った先から粘性液体を繰り、次々と槍状腕を生み出していく。執拗なまでにギリエンデスの身体を貫こうと攻撃を繰り返す。


「それしきの攻撃しかできぬとはなげかわしい。千余年前のお前たちは、もっと強かったぞ」


 魔術行使の準備は完璧だ。ギリエンデスの両手にはまとった外套がいとうと同色、紫紺しこんの炎が浮かび上がっていた。


紫昏魔炎離滅獄テヴィディラエズ


 紫紺の炎が、まずはギリエンデスを包み込む。


 繰り出された槍状腕と炎が接触した。たちまちのうちに炎の浸食が始まる。槍状腕を構成する粘性液体が瞬時に蒸発、維持できなくなった腕はちりとなって大地に降り積もる。


 浸食はなおも止まらず、粘性液体を無毒の気体に変えながら、中位シャウラダーブの本体へと押し寄せていった。


 中位シャウラダーブも己の身の危険をようやくにして察したか、体内の核を守らんと試みる。もはや無駄な抵抗でしかない。接敵した時点で、ギリエンデスの目は核の位置を特定しているのだ。


「防御などしても意味はない。雑魚ざこにしては、核を三つも有するとは驚きだ。それも終わりよ」


 ギリエンデスを包む紫紺の炎が、核の数と同数の三つに分かたれ、右の手のひらに顕現けんげんした。


 最初に出現した炎とは、明らかに異質だ。紫紺の炎には違いない。それが二重構造になっている。紫紺の内部に、別の色の炎が内包されているのだ。


「我が炎より逃れるすべはない。何しろ、これは我が心の主より授かりし偉大なる炎だ。原初へかえるがよい」


 炎の浸食が進行するなか、ギリエンデスは手のひらの上に浮かぶ三つの炎に、軽く息を吹きかけた。


 三つの炎が消えた。次の瞬間、中位シャウラダーブの体内で炎が燃え上がり、苦悶くもんに満ちた絶叫が狭小空間をけ抜けていく。


 断末魔の叫びでもあった。紫紺をはぎとった、それぞれの黒炎が核を的確にとらえ、ことごとくを焼き尽くしていく。後に残るものは何もなかった。


「あまりに弱すぎる。本当に中位シャウラダーブだったのか。いや、複数核を有するのだ。間違いはないか。この時代、いったいどうなっているのだ」


 あくまで独り言だ。人族に聞かせるためのものではない。


≪そなたが生きていた時代の魔霊鬼ペリノデュエズの方が圧倒的に強い。まぎれのない事実だ≫


 脳裏に響く声にギリエンデスは、即座にひざまずこうとした。


≪その必要はない。そなたが跪けば、他の者たちが怪訝けげんに思う。そのまま聞くがよい≫


 誰も彼も跪こうとする。その度にレスティーは苦笑を浮かべつつ、必要がないことを説明する。堂々巡りは終わらない。


かしこまりました、レスティー様。何故なにゆえ斯様かようなほどに力が減衰しているのでしょうか。我らの生きた時代、中位シャウラダーブ一体で一国が滅ぶとまで言われていました≫


 まさしく、そのとおりなのだ。ギリエンデスが戦ったこの中位シャウラダーブは、千余年前の魔人族の時代で言えば、なりそこないセペプレの上位、あるいは低位メザディムの初期といった程度の力しかない。


 そもそも、魔霊鬼ペリノデュエズくらいは時代によって大きく異なっている。位による分類はあくまで目安であり、当然強さの基準も異なっている。


≪無理からぬことだ。そもそも、当時は最高位キルゲテュールが存在しなかった≫


 理由は至極簡単だ。高位ルデラリズ最高位キルゲテュールに昇華するには、無限にも近いえさを吸収し、さらに同位のものをより多く食らわねばならない。


 魔人族は、その成長の芽となる因子をことごとくつぶしてきたのだ。それだけ、魔人族の強さは抜きん出ていたことの証であろう。


 そして、千余年前の内戦を経て、ほぼ大半の魔人族が死に絶えてしまった。そこからだ。魔霊鬼ペリノデュエズの増殖速度が急上昇、結果的に高位ルデラリズの数も増え、そして同位食いが行われようになった。


 より強い高位ルデラリズだけが生き残り、その上の存在たる最高位キルゲテュールが生み出されていく。これもまた自然の摂理と言えるだろう。


 位も強さも、目安にすぎない。一つだけ確実に言えるのは、今の時代の最高位キルゲテュールは、魔人族の時代の高位ルデラリズよりもはるかに強大だということだ。


≪我ら魔人族は何と愚かであったか。最高位キルゲテュールは、結果的に我らが生み出したようなものなのですね≫


 レスティーからの言葉はない。ギリエンデスの気持ちを慮ってのことだ。


 六つの死霊団も、事を終えていた。ギリエンデス以上に虐殺にも近い状態だ。


 いくら魔霊鬼ペリノデュエズが身体を透明に変えようと、岩石に擬態ぎたいしようとお構いなしだった。


 彼らの目は、ひそんでいた魔霊鬼ペリノデュエズ白日はくじつもとさらし、核に手を伸ばしていく。


 魔霊鬼ペリノデュエズも、ただ黙ってやられるだけではない。核に近づけないよう、様々な抵抗を試みる。全てが徒労とろうに終わった。


 死霊には、いかなる物理攻撃も通用しない。むなしく、宙をつかむのみだ。滅ぼすには魔術しかない。それも霊体に作用しうる特殊な魔術を行使することが最低条件だ。


 核に死霊の冷気の手が触れた。凍結、そして氷片となって宙にきらめきをともない、散っていく。


「人族の戦士たちよ。ご理解いただけたでしょうか。我ら魔人族の力、中でも魔霊鬼ペリノデュエズを見つけ出す目、そして核を破壊する力を」


 誰も言葉を発しない。発せなかった。人族があれほど苦労する魔霊鬼ペリノデュエズを相手に、一方的すぎる戦いが眼前で展開されたのだ。


「エルフの一属にも、我らと同じ能力を有する者が存在すると聞いたことがあります。こちらにおられる三人のエルフ属の方には受け継がれていないようですな」


 ギリエンデスの問いに答えられるのは一人だけだ。ディリニッツが影から姿を現す。


おっしゃるとおりです。ここにいる三人に魔霊鬼ペリノデュエズる目はありません。そして、エルフなら誰でも有する能力ではないのです。目を持てる資格があるのは私のみです。残念ながら、儀式を受けていません」


 かなり端折はしょった説明にならざるを得ない。エルフ属の歴史を語り出すなら、あまりに時間が足りなさすぎる。


 ギリエンデスにとっては、ディリニッツの言葉で十分だったようだ。わずかに宙をあおぎ見る。


≪レスティー様、お願いの儀がございます。厚かましいことは重々承知しております。この者に、新たに目をさずけるわけにはまいりませんでしょうか≫


 これからの戦いを考えると、魔霊鬼ペリノデュエズを見抜く目があるのとないのとでは雲泥の差だ。それが分かるだけに、ギリエンデスはその能力を唯一授けられるレスティーに尋ねたのだ。


≪授けるだけなら容易たやすい。だが、そなたたち魔人族と異なり、先天的に目を有しないエルフ属にとっては、能力の生まれ変わりとなる。そのため、その者はほぼ一昼夜にわたって凄まじい痛みに襲われる≫


 ギリエンデスは即座に理解した。だからこその儀式ということか。千余年で随分と時代が変わっていることに改めて気づかされる。丁重にびた。


≪坑道を抜けるまでは我らが全力で支援いたします。この者たちを死なせるわけにはまいりません≫


「承知いたしました。では、過保護かと思われるかもしれませんが、こういたしましょう」


 ギリエンデスの合図を待って、死霊団の半分が最後方に陣取った。先頭には残った半分の死霊団、そしてギリエンデスが続く。人族の十名を挟む布陣だ。


「急ぎましょう」

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