第171話:解封のための共同作業
オントワーヌの後ろからもう一人、男が姿を見せる。
全身筋肉の
ヨセミナが意外な表情を見せているのがおかしいのか、オントワーヌは小さな笑い声を上げた。
「貴女が何を考えているかは分かりますよ。初対面になりますね。彼は私の弟子にして当代ルプレイユの賢者コズヌヴィオです」
オントワーヌとほぼ横並び、やや後方に控えめに立ったコズヌヴィオが、剣匠ヨセミナに敬意を表して丁寧に頭を下げる。
「ヴォルトゥーノ流現継承者ヨセミナ様、はじめまして。先ほど紹介に
正直なところ、馬鹿丁寧すぎる初対面の挨拶に、ヨセミナは少々引き気味だ。この師にして弟子ありか。そう言えば、オントワーヌも最初はそうだったなと、懐かしく思い出すのだった。
「ヨセミナだ。ご丁寧な挨拶、痛み入る。オントワーヌ同様、よろしく頼む」
二人のやり取りを横目で見ていたオントワーヌが、早速とばかりに、解封にかかるため魔術方陣に近寄っていく。
「オントワーヌ、すぐにでも方陣の
引退したとはいえ、オントワーヌの力が
「もちろんですよ。何よりも、レスティー殿からの依頼でもありますしね。ただし、解封するのは私ではありません。コズヌヴィオにやってもらいます」
驚きの声が同時に上がった。ヨセミナと、指名された当の本人コズヌヴィオだ。どちらも不安げな表情を浮かべている。
ヨセミナはコズヌヴィオの実力を知らないがため、何よりもレスティーが既にオントワーヌに依頼していたことにだ。こうなることを見越していた、と思わずにはいられない。改めて
一方のコズヌヴィオは、
「彼は貴女の弟子ですか。よい目をお持ちのようだ。どうです。この二人にやらせてみては」
落ち込むワイゼンベルグの
「直弟子にして序列筆頭ワイゼンベルグだ。私に異論はない。存分に使ってやってくれ」
魔術方陣を前にして、コズヌヴィオとワイゼンベルグが頭を
「オントワーヌ、本当にあの二人に任せてよかったのか。それに、大師父様の依頼だ。そなたがやるべきではないのか」
ヨセミナの疑問はもっともだ。最も確実なのは、やはりオントワーヌが解封することだ。彼の実力を知るヨセミナにとって、それ以外の選択肢は考えられない。
「貴女の疑問は当然ですね。だからこそ、私もレスティー殿に確認したのです。弟子を同行してもよいか。さらに、弟子に解封を
それ以上の言葉は不要だった。今、眼前でオントワーヌの弟子たるコズヌヴィオが解封に当たっているのだ。レスティーが承諾した、という事実を、改めて確認する必要もなかった。
「
「これは何とも複雑な仕かけですね。慎重に一つずつ時間をかけて解除していくべきですが、オントワーヌ様からは速やかに、との指示を頂戴しています。悠長にやっている暇はなさそうです」
オントワーヌにもただならぬ魔術方陣だということが感じ取れた。時間をかければ、確実に解封できるだろう。その自信もある。
「
コズヌヴィオの目をもってしても、幾本かの道は
コズヌヴィオは、スフィーリアの賢者ことエレニディールのように自在に魔術を使いこなせるわけでもなく、レスカレオの患者ことミリーティエのように最年少で賢者の地位を手にするほどに魔術
院長のビュルクヴィストに言わせれば、優秀な落ちこぼれ、なのだ。
ルプレイユの賢者は代々、大地の力、土と熱の魔術を得意としている。コズヌヴィオも例外ではない。最も得意としているというだけで、威力が群を抜いているとか、複数魔術をかけ合わせた多重詠唱ができるわけでもない。
魔術高等院ステルヴィアでのコズヌヴィオの同期の中には、彼よりも優れた賢者候補が片手で足りないぐらいにいた。
その中で、最終的に彼が選ばれた理由は、
人の痛みを知らない者は、絶対に
「この魔術方陣のもう一つの
(ふむ、よく気がつきましたね。視る目が養われてきた
静かに夜が
「この順番でどうだろうか」
ようやく指標が定まったか。ワイゼンベルグの問いかけに、コズヌヴィオは同意の頷きを返す。
「では、私が先に解除していきましょう」
「いや、コズヌヴィオ殿、万が一のこともある。貴殿の力は後に取っておいてほしい」
合意が取れたところで、早速ワイゼンベルグが解除にかかる。最初は四角の要からだ。右下、対角線上の左上、左下、右上と、難なく
魔力を全て失った途端、
「手際がよいですね。彼は優秀な魔術付与師なのですね。ドワーフ属にとっても貴重な人材でしょう」
解封作業を見守りつつ、オントワーヌとヨセミナが言葉を交わす。二人には、それぞれの弟子がどのように映っているのだろうか。
「ああ。ドワーフ属にしては珍しくな。剣の腕前はまだまだだが、成長してくれるものだと期待はしている」
ヨセミナの性格をよく現した言葉だ。
方陣内に入ったワイゼンベルグは、あちらこちらへと移動を繰り返しながら、二人で定めた道に従って次々と魔力解除を行っていく。彼が自信をもって太鼓判を押す紋様の半分がちょうど終わった。
ここからが勝負だ。難易度が一気に跳ね上がる。
「代わりましょう、ワイゼンベルグ殿」
付与も、解除も、等しく力を使う。集中力を欠けば、それだけ雑な付与、解除となり、効果も急激に減少する。ここまでおよそ五十個近い
この辺りで休息しなければ、もたなくなるだろう。それを見越しての交代だった。
ワイゼンベルグが一つ一つの
彼はその場所から一歩も動かない。魔術方陣に対して、全方位から魔力を流し込み、
コズヌヴィオが詠唱に入る。
「カツァリ・ウヴル・ディオエラド
グレニ・エペリゾ・ピウォ・ラグル
レヴェー・イグニ・ザラー・ヴァン
深き大地に眠りし偉大なる力よ
我が声に応えてここに
コズヌヴィオの魔力が、打ち消すべき
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます