第168話:ワイゼンベルグの危機
ワイゼンベルグは動かない。彼もまた大気に
冷涼な三連月の光だけが、荒涼たるアーケゲドーラ大渓谷の大地を照らし続けている。
月明かりを浴びた岩石の一部が
ほのかに明滅する様は幽玄世界への
ワイゼンベルグの身体が揺れる。前後左右に大きくなっていく。倒れ込むのも時間の問題だった。
「
注視しているヨセミナは、それでも動かない。
「この男を始末した後、貴女のお相手をいたしましょう。もうしばらくお待ちください」
「そのような大口を叩いている余裕はあるのか。奴はまだ終わっていないぞ」
ヨセミナが指差す方向に、
「
右手に持った
ワイゼンベルグは深く息を吸い込むと、猛然と駆け出した。
(始まったな。久しぶりに見せてもらうぞ)
足場の悪さをものともせず、さらに加速しながらワイゼンベルグが向かうのは、右斜め前方に広がる岩石群だ。
「無駄な
声はすれど、姿はない。岩石で身体を構成する
それだけ巧妙なのだ。生き残った者は
「これまではそうだったのだろう。だが、相手が悪かったな。俺には、お前の全てが
狙いは定まっている。戦斧に埋め込んだ灼熱の魔鉱石が
「そこだ」
筋を引く光に導かれた戦斧の刃が、音もなく一つの岩石を真っ二つに
「残るは二つだ。容赦はせぬぞ」
次なる獲物に向かって、ワイゼンベルグが再び
灼熱は大地の力そのものだ。岩石は大地を構成する一部にすぎない。
さらに、ヨセミナがワイゼンベルグを伴った、ただ一つの理由だ。彼はドワーフ属なのだ。ドワーフ属はどの種よりも鉱物や岩石に精通している。
とりわけ、ワイゼンベルグはドワーフ属にあって、極めて
手にする両刃戦斧はドワーフ属最高峰とも称される、とある鍛冶匠によって、彼のためだけに精錬、鍛錬のうえ造形されている。
二つ目の核の位置も見極めている。ワイゼンベルグは、およそ三十メルク離れた崖の
目標まで
「かかりましたね。待っていましたよ、この時を」
核を断つことだけに意識が集中してしまったためか、ワイゼンベルグの背後はがら空きだ。見逃す
全方位から、無数の岩石がワイゼンベルグめがけ瞬時に放たれる。しかも、全てが鋭利に
(己の核を餌にしたか。二つ目を失う代わりに、ワイゼンベルグを確実に仕留める。
核を断つべきか、あるいは己の身を守るべきか。迷っている時間はない。瞬時の判断、ワイゼンベルグは
それを確認するまでもなく素早く反転、岩石の刃と
「
今度は風嵐の力を込めた魔鉱石を使う。刃の周囲に風が集い、小さな
(数が多すぎる。風嵐を用いようとも、全てを叩き落とすことはできまい。どうするつもりだ)
組んでいた腕が
(これも親馬鹿というものか。私が信じずして、誰が信じるというのだ)
ワイゼンベルグが戦斧を二度、三度と振るう。その
四方八方から押し寄せる岩石は、
「見事ですね。では、これならどうですか」
風嵐の力をもって叩き落としていくも、岩石は
(ちっ、きりがないな。風嵐の力も
「ワイゼンベルグ、お前が死んだら、骨は拾ってやる。思うがままにやってみろ。そして、これだけは言っておく。勝たねば、承知せぬぞ」
ヨセミナの
「我が女神よ。必ずや、貴女様に勝利を捧げましょうぞ」
ワイゼンベルグが再度、風嵐の力を解放する。これが最後だ。魔鉱石に込めた力は、この一撃を放てば全て失われてしまう。覚悟のうえでの攻撃だ。
何度目か。風嵐と岩石が激しく衝突した。結果はこれまでと同じではなかった。飛来する岩石を全て叩き落としたところまではよかった。それと同時、
次の岩石攻撃を受けきるのは、事実上不可能となった。もう一つの力、灼熱の魔鉱石を使うことはできない。大地を割って、
それをこの断崖絶壁の不安定な大地で行使すればどうなるか。間違いなく、大地が
「風の力が消えました。終わりです。今、楽にしてあげますよ」
砕いても、砕いても、終わりは来ない。またもや無数の岩石が浮かび上がっている。
「この肉体で、受けきるしかあるまい」
ワイゼンベルグは大きく息を吸い込むと、引き締まった屈強な身体を
「死になさい」
岩石が高速で次々と打ち出されていく。ワイゼンベルグに逃げ場はない。
「ただ黙ってやられるだけだと思ったか。これでも食らえ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます