第167話:ワイゼンベルグの力

 ヨセミナは、ワイゼンベルグが敗れるとはつゆほども思っていない。何のための直弟子じきでしか、序列筆頭か。


 ドワーフ属にとって、三大流派の中でツクミナーロ流は論外として、それに匹敵するぐらいヴォルトゥーノ流とは相性が悪い。


 彼らの特徴として幾つか挙げるなら、たぐいまれな膂力りょりょく、猪突猛進ともいえる直進的な突貫力、気難しいながらも真っすぐな性格などであろう。


 それらをかんがみるに、最も適しているのは、間違いなくビスディニア流だ。事実、ワイゼンベルグはビスディニア流の門をくぐったこともある。


 あえなく挫折ざせつし、落ち込んでいたワイゼンベルグを拾ったのがヨセミナだった。


 それからというもの、ワイゼンベルグはヨセミナを女神とあがめ、ヴォルトゥーノ流の剣術を死に物狂いで体得していった。並々ならぬ努力があったことは言うまでもない。


 何度も血反吐ちへどを吐き、ヨセミナの容赦ないしごきという名の修練に耐え抜いた。死線を彷徨さまよったのは、一度や二度では済まないほどだ。


 そのたびい上がり、気がついた時には序列筆頭まで到達していたのだ。


中位シャウラダーブを相手にどこまでやれるのか。お前の力、しかと見せてもらおう。ただし、不甲斐ない姿を見せたあかつきには、即座に筆頭地位を返上してもらうぞ」


 ワイゼンベルグにとって、ヨセミナの言葉はどのような内容でも至上だ。


「我が女神よ。万に一つも、そのような姿をお見せすることはございません」


 背を向けたままの中位シャウラダーブは、既に両手の剣を構え直している。


(ほうほう、なかなかの膂力ではないか。衝撃を完全に殺しきれなかった。わずかに両手の震えが残っている)


 中位シャウラダーブが手にする右の剣はやや斜め正眼、左の剣は内向き下段だ。


 後退していたワイゼンベルグが、すかさず距離を詰める。分厚ぶあつい肉体からは想像もできないほどの速度でける。今度は片手持ちだ。間合いの内に入るや、右手で握り締めた両刃戦斧もろはせんぷをすかさずぐ。


 豪速の風が走る。中位シャウラダーブは戦斧のうなりを感じ取り、半身で振り返る。二本の剣が重なっている。


 行った。勢いを相殺そうさいすべく、真逆の方向から薙ぎ返す。同等の威力だった。


 結果として、やいばと刃が互いの中間地点でみ合い、激しい火花を散らした。両者の刃は、そこから一歩も動かない。金属のきし耳障みみざわりな音だけが四方に広がっていく。


「やるな、お主。魔霊鬼ペリノデュエズにしておくには勿体もったいない」


 ワイゼンベルグのめ言葉に対し、中位シャウラダーブも同様に答える。


「ほうほう、先ほどの一撃といい、お見事ですよ。食うには適しませんが、その腕前だけは欲しくなりました」


 戦いの最中さなかで会話を楽しんでいる。ワイゼンベルグは戦斧を力強く握り締める。


「互角だと思うなよ」


 片手持ちから両手持ちへ。ワイゼンベルグは戦斧に左手も添えた。勢いのままに、噛み合った二本の剣を弾き飛ばす。


 中位シャウラダーブの身体が吹き飛ぶ。いや、戦斧にさらなる力が加わった瞬間、中位シャウラダーブは剣を握る力を緩め、自ら後方へと飛び退いていた。


(随分と剣術に慣れているな。相応の剣士を複数食ったか。あの二刀使い、どこかで見た記憶が)


 ヨセミナは二人の戦いを注視している。今のところ、ほぼ互角だ。どちらも本来の力は見せていない。


 人と魔霊鬼ペリノデュエズ、分が悪いのは当然、前者だ。膂力、持久力、耐久力など、あらゆる面において人を凌駕りょうがしている。しかも、この中位シャウラダーブ高位ルデラリズに近い存在でもある。擬態可能なうえ剣術使いだ。


 それでも、ヨセミナはワイゼンベルグの勝利を一寸いっすんも疑っていない。


(見せてみろ。お前の真骨頂をな)


 後方へ飛んだ中位シャウラダーブは態勢を整えている。二本の剣を胸前で構え直す。


「少しばかり本気を見せましょう。貴男一人に時間を割くわけにもいきませんのでね」


 空気が突如として変わった。中位シャウラダーブの周囲だけが濃く、重くなったように感じられる。


 大地に転がる様々な岩石が浮かび上がり、それらが中位シャウラダーブの身体に付着していく。岩石で構成された身体にさらなる岩石が加わったことで、確実に堅牢強固さが増している。


「俺もめられたものよ。たかが、中位シャウラダーブの分際で、少し本気とはな。全力を出す前に倒されても責任は取らぬからな」


 売り言葉に買い言葉の応酬だ。


笑止千万しょうしせんばん、私に勝つつもりでいるとは。見せてあげましょう。私の力の片鱗へんりんを」


 中位シャウラダーブは思いがけない行動に出た。構えていた二本の剣を、いきなり自らの腹部に突き立てたのだ。


 嫌な予感がする。ワイゼンベルグは躊躇ちゅうちょなく真上に飛び上がると、右手にした両刃戦斧を振りかざす。


 腹にめり込んだ二本の剣を引き抜き、振りかぶる。剣身に隙間なく岩石がまとわりつき、紫煙しえんを生じている。


「終わりです。くさり果てなさい」


 中位シャウラダーブが攻撃に移る。上空へと逃げたワイゼンベルグめがけて、二本の剣が振り下ろされる。同時に、剣身の岩石がいっせいに解き放たれた。


 大小様々な岩石が思い思いの方向から飛来する。空中のワイゼンベルグに逃げ場はない。


「甘い。その程度の攻撃、俺には通用せぬ」


 振りかざした両刃戦斧を身体をひねりながら投擲とうてき、回転力を得た戦斧が宙を疾駆しっくする。回転力を増しつつ、速度を上げていく戦斧が飛来する岩石と激しく衝突する。


 戦斧と岩石、勝ったのは戦斧だ。岩石を粉々こなごなくだき、また次の岩石に襲いかかり、ことごとくを粉砕していく。


 ワイゼンベルグが手にする両刃戦斧は、ただの戦斧ではない。ドワーフ属の鍛冶匠が最高技術のすいを集めて製造した武具なのだ。


 二つの刃の根本には小さな穴が一つずつあり、美しい鉱石がはめ込まれている。魔鉱石だ。ドワーフ属の中でも、ごく一部の優れた魔術付与師のみが生成できる魔鉱石には様々な魔術が付与されている。


 今、ワイゼンベルグの戦斧には風嵐ふうらん灼熱しゃくねつ、二種の力を込めた魔鉱石が埋め込まれている。回転力と速度、さらに自在に宙を疾駆しっくする能力は、風嵐の魔鉱石によるものだった。


「毒にまみれた岩石を武器にしたところで無駄だ。俺を誰だと思っているのだ」


 二撃目、三撃目と立て続けに同様の攻撃が来るも、結果は明白だ。解き放たれた岩石の全てが撃ち落とされ、破砕されていく。


 大地に降り立ったワイゼンベルグの手には両刃戦斧が握られている。迎撃を終え、持ち主のもとへと戻ってきたのだ。


「ほうほう、面白い武具をお持ちですね。この程度では通用しませんか。いささか見誤っていましたね。非礼ひれいびましょう。貴男は全力で相手をするに相応ふさわしいと認めますよ」


 いつの間にか、立場が逆転しつつある。互いに余裕があるように思わせている。実のところ、ワイゼンベルグは全く底を見せていない。一方で、中位シャウラダーブは本気を出すところまで追い詰められつつある。


「私のこの姿を見て生き残った者は、いまだかつて一人もいません。貴男はどうでしょうか。存分に楽しませてくださいよ」


 中位シャウラダーブの身体を組成していた岩石が、今度は一方的にがれ落ちていく。ついには、最後の一つとなった岩石までもが大地に転がった。


 岩石に擬態ぎたいしていた時と同じ状況だ。気配を完全に消し去っている。微弱な魔力さえも感じない。大地を構成する岩石として、今や完璧に自然と一体化している。


(さて、どうするのだ、ワイゼンベルグ。お前に見破れるのか)


 大地に静かに立つワイゼンベルグは、岩石に擬態、いや同化した中位シャウラダーブを探し出すことをあきらめたか。両刃戦斧を肩にかつぎ上げ、ゆっくりと両目を閉じる。


 ヨセミナが、ワイゼンベルグを連れて来た理由はただ一つだ。直弟子だからではない。ヴォルトゥーノ流序列筆頭だからでもない。彼がドワーフ属だからだ。


 ワイゼンベルグにとっての本番もここからなのだ。

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