第166話:高度二千メルク地点の戦い

 残った中位シャウラダーブは一体だ。


 両横にいた二体が、何もできないまま滅ぼされた様子を見ていたはずだ。それでも全く意に介していない。


 目の前に立つ小男を食らい尽くす。それだけに意識が向けられている。


 相対するロージェグレダムは、星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンを左手に持ち、真上に突き上げたまま微動だにしない。こちらからわざわざ距離を詰める必要はない。はやる獲物の方から近づいてきてくれる。


 中位シャウラダーブがロージェグレダムを獲物と見定めているのと同様、その逆もまたしかりだ。ロージェグレダムにとって、中位シャウラダーブなど片手でもてあそべる程度のものでしかない。


 それが如実にょじつに構えとなって現れている。中位シャウラダーブが理解できるはずもない。そこまでの知性は、さすがに持ち合わせていない。


「残念じゃ。期待したものの、中位シャウラダーブでも、こ奴は下の下かの。技を繰り出す必要もなくなってしもうたわ」


 迫り来る中位シャウラダーブを前に、失望を隠せないロージェグレダムが大きくため息をつき、言葉を吐き出す。


 粘性液体を大量に固めた両腕をむちのようにしならせる。獲物を前に、中位シャウラダーブ嬉々ききとして頭上から全力で叩きつけた。


「がっかりじゃ。つまらぬにも、ほどがあるじゃろう」


 轟音ごうおんが大気を震わせ、大地を激しく揺さぶる。永久凍土をえぐり、砕け散った大小様々な氷礫ひょうれき両崖りょうがいに次々と突き刺さっていく。


 谷底に異様なまでの水蒸気が立ち込めた。完全に視界がふさがれた状態だ。


「終わったな」


 視界が閉ざされようとも、ルブルコスには全てえている。中位シャウラダーブが繰り出した鞭は、ロージェグレダムに全く届いていない。届くはるか以前に、事は終わっていたのだ。


 左手の星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが、今は右手に納まっている。ロージェグレダムの意思により、剣身の長さを自在に変えられる。星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが持つ特殊能力の一つだ。


 左手にかかげていた星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンは、中位シャウラダーブの鞭が襲い来るのと同時、剣身がおよそ三メルクにまで伸長していた。


 ロージェグレダムは手首だけで剣身を大地と平行、すなわち低位に対して垂直に傾ける。重力に逆らわず、手首の力を緩めた結果、星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの荷重をもって速度を増しながら自然落下していく。


 紙をくがごとく、中位シュディネハーヴェンの右腕が易々やすやすと吹き飛び、一つ目の輪切りが完成する。


 切っ先が凍土を削り取ったところで、ロージェグレダムが手首を軽く返す。断ち切った軌道そのままに剣身がひるがえり、再び頭上へと導かれていく。


 続けざまに繰り返すこと四度だ。五等分に輪切りにされた中位シャウラダーブが音もなく、ゆっくりと崩れていく。もはや身体を維持できる状態ではなかった。


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが、寸分の狂いもなく体内に隠されていた二つの核を切断していたからだ。大地にばらかれた粘性液体は全てが氷と化し、永久凍土を構成する新たな糧となった。


「この程度ではの。物足りなさしか残らぬな。さて、上はどうしておるじゃろうの」


 二人の眼前にいた魔霊鬼ペリノデュエズは全てめっされ、再び谷底に静寂が戻る。


「さて、行くとするかの。肝心の用事を済ませるためにも」

「ああ、急ごう。我らの使命をなすために」


 ロージェグレダムとルブルコス、二人の姿が闇の中に消えていく。二人の気配は一切感じられなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 高度二千メルク地点に立つのは、三剣匠が一人、ヴォルトゥーノ流現継承者ヨセミナだ。


 永久凍土に覆われた谷底、切り立った断崖絶壁の岩石だらけの大地、いずれも足場の悪さだけは如何いかんともしがたい。


 ヨセミナの剣界けんかいは非常に広大だ。広ければ広いほど、その威力を発揮する。自然と一体化するヴォルトゥーノ流は、多彩な動きこそが最大の特徴で、臨機応変かつ柔軟な剣術でもある。


「多少なりとも動きが阻害そがされるのは、いたかたなしか」


 アーケゲドーラ大渓谷を訪れるのは、これが初めとなる。己が戦う場所が高度二千メルク地点とは限らない。最終判断は、大師父たるレスティーに委ねている。ヨセミナにとって、レスティーの命は何にも勝る。


 だからこそ、決戦前日の夜にわざわざ足を運んでいるのだ。彼女に託された使命を果たすそのためだけに。


「上に来てよかったわ。面白いものが見られそうだ」


 戦場の環境を知っておくのは実に重要なことだ。特に自然を味方とするヨセミナには、何の変哲もない岩石だらけのこの地形が、動き方次第で利点にもなれば欠点にもなる。そして、自然の力以外、そこに異物が交じれば手に取るように分かるというものだ。


「面白い。岩石に擬態ぎたいできる能力を有するとはな。中位シャウラダーブでも、実力は高位ルデラリズに近い存在ということか」


 ヨセミナに指摘されたことで、擬態の必要性は失われた。中位シャウラダーブが擬態を解いて、その姿を現す。醜悪しゅうあくそのものだ。


 谷底でロージェグレダム、ルブルコスと戦った中位シャウラダーブの全身は、粘性液体が見える形で構成されていた。目の前に立つ中位シャウラダーブは違う。完全に人型、頭部もあるし、腕も二本、脚も二本だ。羽や尾があるわけでもない。


 明らかに違うのは、中位シャウラダーブを作り上げている構造物だ。身体の大半が岩石で構成されている。しかも両の腰には剣を吊り下げている。


「いかほど、食った」


 ヨセミナの問いにも、不敵な笑みをもって答えるだけだ。


「まあよい。答えずとも、およそ知れるというものだ。何よりも、お前は決して高位ルデラリズに到達できぬ。なぜなら、ここで滅ぼされるからだ」


 ヨセミナの言葉を強がりとでも思ったか。中位シャウラダーブあさけりにも似た口調で答える。


「ほうほう、これはまた随分と自信がおありのようだ。お嬢さんは、真の恐怖を知るべきですよ。私を滅ぼすなど、身の程を知りなさい」


 見かけは人型でも、声は明らかにそうではない。ざらついた、まるで声帯が石や砂ですり潰されたような音として伝わってくる。不快感がいや増すばかりだ。


 中位シャウラダーブはヨセミナを見据みすえると、音もなく左右のさやから剣を抜き去った。


「面白い。魔霊鬼ペリノデュエズにも剣士、それも二刀使いがいるとはな」


 ヨセミナは両腕を組んだまま鞘に納まった剣を抜こうともしない。必要がないからだ。


「お嬢さんのような剣士は好物ですよ。しかも、実に濃密な養分をお持ちのようだ。久方ぶりに楽しませてもらいましょうか」


 中位シャウラダーブの背後、小柄な男が巨大な岩石を足場に大きく跳躍した。三連月の美しい明かりを背に浴びて、その姿が光り輝く。


「お前ごとき、私が相手をするまでもない」


 頭上から一直線、両手に握り締めた両刃戦斧もろはせんぷ中位シャウラダーブの脳天めがけ叩きつける。


 金属同士がぶつかり、火花を散らす。鋭く耳障みみざわりな音が静寂に包まれた空間を切り裂いていった。


「この程度ですか。それに、貴男は食ったところで、実に不味まずそうですね」


 中位シャウラダーブは振り向きもせず、手にした二本の剣を頭上で交差、男が振り下ろした戦斧を軽々と受け止めている。並みの人なら今の一撃で確実に頭を叩き割られていただろう。


 ここはさすがに魔霊鬼ペリノデュエズめるべきか。男は即座の判断で戦斧を引くと、後方へと飛び退いた。


「ワイゼンベルグ、任せて大丈夫なのだろうな」


 月明かりが男を照らし出す。茶褐色の長髪を揺らす男はドワーフ属だ。同色の髭が顔のほぼ下半分を覆い尽くしている。無造作に束ねただけの髪と異なり、ひげにはとことんこどわっている。


 あご隙間すきまなくえた髭は、細かく編み込まれ、様々な意匠いしょうほどこされた魔具まぐを吊り下げている。口髭も特徴的で、見事に切り揃えられた二本の角状となって、突き出すように伸びている。


「無論ですとも、我が女神ヨセミナ様。このワイゼンベルグ、ヨセミナ様の直弟子として、ヴォルトゥーノ流序列筆頭として、恥じぬ力をお見せいたすことを約束いたしましょう」


 まばゆいぐらいの白い歯を見せるワイゼンベルグが断言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る