第163話:二日後に迫る最終決戦を前に
ザガルドアも、イオニアも、まるで最後の言葉のように語るルシィーエットにどう答えるべきか分からなかった。
(まさか、ルシィーエットは分かっているのでしょうか。いえ、そのようなことはありえません。考えすぎですね)
「正しいか間違っているか、誰にも分かりませんよ。私にしても同じですからね。それほどまでに他者を教え、導くことは難しいのです。ザガルドア殿、イオニア殿もそうではありませんか」
二人にも思うところがあるのだろう。国王と賢者では立場が異なる。他者を導くという意味では互いに共通点もある。並々ならぬ苦労があることを一同、理解している。
「指導者への評価は、歴史が決める。
ミリーティエのこれからの評価が、そのまま師であるルシィーエットの評価にも
イオニアの言葉を引き取って、ザガルドアが続けた。
「ミリーティエの魔術の師はルシィーエット殿だが、彼女に影響を及ぼすのはルシィーエット殿だけじゃない。周囲にいる様々な他者こそだ。ミリーティエはこれまで孤独だったかもしれない。これからは違う。俺やイプセミッシュたちがいる」
ザガルドアやイプセミッシュを通じて、その輪はさらに広がっていくだろう。それらから受ける影響はまさしく多大だ。
ザガルドアには、イプセミッシュや十二将といった優れた者たちが
「周囲の者たちがもたらす影響は、決して無視できるものではない。俺たちは相互に影響を受け、与え、生きているのだからな」
ルシィーエットもビュルクヴィストも、二人の言葉に
「長居しすぎたな。共同布告も成立したし、俺たちはゼンディニア王国に戻る。ビュルクヴィスト、魔術転移門で送り届けてくれるんだろうな」
本気とも冗談とも受け取れる、どこかおどけた口調でビュルクヴィストが答える。
「ええ、もちろんですとも。アコスフィングァの乗って帰れ、とは言いませんよ」
これさえなければな、と深いため息をつくザガルドアだった。
「イオニア、突然の訪問で申し訳なかった。決戦前のこの機会に会えてよかった。世話になったな」
軽く頭を下げた後、セレネイアとシルヴィーヌにも視線を向ける。
「セレネイア嬢、シルヴィーヌ嬢、
二人の
「これだけは言っておく。決して死ぬなよ。ラディック王国にとって、取り返しのつかない大いなる損失になるのだからな」
ザガルドアの誠意が伝わってくる。セレネイアも、シルヴィーヌも、最大限の感謝の意を伝えた。
「お気遣いを誠に有り難うございます。アーケゲドーラ大渓谷の決戦は人の尊厳を
セレネイアの返答にザガルドアが軽く手を
「ミリーティエ、戦場で待っているぞ。レスカレオの賢者として、お前の活躍に期待している」
固い表情のまま頭を下げてくるミリーティエを見て、ザガルドアはまたもため息をつく。足早に彼女に近寄ると、いきなりの行動に出る。
「ミリーティエ」
顔を上げたミリーティエの
「い、痛い、です」
ミリーティエが声にならない声を上げる。即座に引っ張っていた両手を離す。
「な、いきなり、何をするのですか」
「表情が硬い。笑っていろ、と言っただろ。特にだ。別れの時は辛くとも、笑って見送るものだぞ。辛くなければ、なおさらだ。だから今、俺の前で笑ってみせろ」
いきなりの注文に、ミリーティエはたじろぐ。言われて簡単にできるなら、何ら苦労はない。できないからこそ、ミリーティエも困っているのだ。
「む、無理です、そんな、私には。笑えと言われて笑えるなら、このようなことになっていません。特に、その、相手が、貴男であるなら」
「無理
言い残して、去っていくザガルドアの後姿を
ファルディム宮玉座の間に、二つの硬質音が同時に響き渡る。ビュルクヴィスト、ルシィーエット、それぞれが魔術転移門を開いたのだ。
「我らゼンディニア王国が友、ラディック王国の皆々方、
シルヴィーヌが礼とともに丁重に言葉を返す。
「フィリエルス殿のことは、私たちにお任せください。また、マリエッタお姉様へのお気遣いにも感謝いたします」
頭を下げるシルヴィーヌに笑みで答え、視線をモルディーズに移す。
「モルディーズ、礼を言わせてくれ。エンチェンツォだ。まだまだ頼りない男だが、これからも頼む。この先、我が王国にとってなくてはならぬ男になるだろう」
モルディーズが驚きの表情を浮かべている。ザガルドアにしてみれば、してやったりといったところか。
「そして、一つ問いたい。坑道だ。俺たちはそれを使うつもりでいる。最適人数は何人で、どのような奴が必要だ」
まさか、お前といった目を向けてくるイオニアは、この際無視する。大目玉を食らうことは覚悟のうえだ。
モルディーズは
「
さすがだ。ザガルドアの優れた者を見抜く観察眼がそれを告げている。
「分かった。戻り次第、速やかに検討しよう。こちらの五人は坑道入口に待機でよいか」
「それで、よろしいかと」
既に開いた魔術転移門の一つに、ビュルクヴィストをはじめ、イプセミッシュ、フォンセカーロが収まっている。残すはザガルドアのみだ。
「次に
背を向けたザガルドアが魔術転移門内に入っていく。再度、イオニアたちの方へ向き直ると同時、宙に開いた空洞が
「全く
百面相のごとく、あれこれと表情を変化させているミリーティエが名を呼ばれて我に返ったのか、恥ずかしげにルシィーエットの
「ザガルドア殿の言葉じゃないけど、あんたたち、決して死ぬんじゃないよ。若い者の命ほど、大切なものはないからね」
イオニアよりも、セレネイアとシルヴィーヌに向けた言葉だ。
ルシィーエットとミリーティエの姿が魔術転移門の中に消えていく。振り返ったミリーティエが頭を下げた。
「ルシィーエット殿、ミリーティエ殿、戦場で会おうぞ」
イオニアの別れの言葉を受け、ルシィーエットが頷き返す。
再び鳴り渡る硬質音、先ほどと同じく、輝きを残し、そして空間が閉じた。もはや、そこには静寂しか残されていなかった。
「皆様、行かれましたね」
シルヴィーヌの
「そうね。ゼンディニア王国の方々、とても気持ちのよい素敵な人ばかりだったわ。誰一人として死なせたくない。そう思えたもの」
シルヴィーヌがセレネイアの手を握り締める。
「セレネイアお姉様、私もですわ。ここでお会いできて、よかったです」
二人のやり取りを聞きながら、イオニアはある決断を下す意思を固めていた。
(我がラディック王国の行く末は。臣民が望むべき形とは。全ては、此度の決戦を終えた後に)
先ほどまの賑やかさが嘘のように静まり返ったファルディム宮玉座の間に、一陣の風が流れていく。
イオニアはもちろん、セレネイアもシルヴィーヌも、これ以上の言葉は必要なかった。それぞれの思いはただ一つだ。必ず勝って、無事に戻ってくる。それしかない。
最終決戦、アーケゲドーラ大渓谷の戦いまで後二日、まさしく最終局面に突入した。
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