第161話:ビュルクヴィストの悪だくみ

 詰め寄られたビュルクヴィストは、降参とばかりに両手を上げた。


「ほんの一文です。追加しようかと。これもお二人の負担を軽くしようという意図でして」


 後退しようとするビュルクヴィストの腕を逃がすまいと押さえ込んでいるルシィーエットが、にらみを利かせたまま問い詰める。


「それで、どんな一文を忍ばせようとしたんだい」

「もちろん、両国からの、ステルヴィアへの完全権限移譲ですよ」


 予想していたとはいえ、あきれ返るしかない。


「それを、国王二人に断りなく、ひそかに魔術付与しようとしたと」


 時折、暴走してしまうビュルクヴィストの悪い癖だ。たちの悪い独断行為に、ルシィーエットが怒り心頭なのは言うまでもない。


 場所が場所なら、確実に張り倒しているところだ。そう、昔のように。


「ふむ、どうやら、まずかったようですね」

「拙かったじゃないよ。立派な公文書偽造じゃないか。しかも、ステルヴィアの院長がやっていいことじゃないだろ。ビュルクヴィスト、心底軽蔑けいべつするよ」


 容赦ようしゃなく痛恨の一撃を加える。賢者時代から、ルシィーエットといえば、どこまでも力任せの真っ向勝負、汚い手は論外、回りくどい手法さえも絶対に使わなかった。


 魔術ではない、言葉という厳しいむちがビュルクヴィストを打ちつける。ルシィーエットがこの程度で追及の手を緩めるはずもない。


「ルシィーエット殿、どうかお待ちを。我らに無断で偽造など、魔術高等院ステルヴィア院長の風上にも置けませんが、我らも条件さえ飲んでいただけるなら、新たに修正追加することもやぶさかではありません」


 イオニアの言葉を受けたルシィーエットは、彼に視線を向けた後、ザガルドアに同意かいなかを尋ねる。


「俺も同じく、条件つきでなら承諾する」


 二人の思惑を察せないルシィーエットではない。二人にとって、魔術高等院ステルヴィア、ビュルクヴィストの介入に歯止めをかける絶好の機会なのだ。これを逃す手はあるまい。


「聞かずとも予測はできるよ。念のためだ。聞いておこうかね」

「先ほど、ビュルクヴィスト殿は完全権限移譲とおっしゃったが、両国として移譲できるのは、紛争解決に際しての権限のみです」


 つまり政治的介入は一切認めない、と言っているのだ。無論、魔術高等院ステルヴィアは調停裁定者クアラメディタとしての権限を有している。決して、それをないがしろにする意思は、イオニアにもザガルドアにもない。


 常日頃からビュルクヴィストの政治介入をこころよく思わない各諸国は非常に多い。


 揚げ足を取ってくれたルシィーエットに感謝しつつ、ビュルクヴィストの存在をうとましく思っている各諸国の先陣を切って、二人は見事にくさびを打ち込むことに成功したと言えよう。


「そうなるだろうね。いいさ、承諾しようじゃないか。魔術高等院ステルヴィアは、紛争解決に向けた権限のみを両国より移譲してもらう。それ以外において、両国に口出しすることは一切ない。助言を求められた場合は除いてね。それで、どうだい」


 ビュルクヴィストに一切口を差しはさむ余地を与えず、完全放置のまま物事を一人で進めていく。的確な判断をもって、事もなげに処理していくルシィーエットを、ミリーティエは呆然ぼうぜんと見つめている。


 内心に渦巻く様々な感情が、さらに己を追い込んでいく。尊敬する先代賢者であり、師でもあるルシィーエットは、引退して老いたとはいえ、その力は絶大だ。魔術勝負を挑んだところで、全く勝てる気がしない。


 かと言って、他の面で勝てる要素はあるだろうか。各諸国におもむいた際の対応も、ルシィーエットとミリーティエでは雲泥うんでいの差がある。


 弁が立つわけでもない。性格も直情型という点では、ルシィーエットと似ているだろう。


 後先考えずに突っ走るルシィーエットに対し、突き詰めたうえで慎重に事を運ぶのがミリーティエだ。先代と比べられることは必然であり、その自覚もできている。


 ミリーティエには、経験に裏づけられたものがほとんどない。劣等感にさいなまれるばかりだ。


 沈み込んだミリーティエの様子に、真っ先に気づいたのはザガルドアだ。


「ルシィーエット殿」


 いつむいたまま、身体を小さく震わせているミリーティエを指差す。その方向に顔を向けるルシィーエットが慌てて駆け寄ろうとするところを、ザガルドアが制する。


「俺に任せてほしい。ルシィーエット殿はイオニアとともに共同布告の修正をしてもらえないだろうか」


 意外な提案だった。ルシィーエットはわずかの思案後、自分よりもザガルドアに任せた方がよいだろうとの判断を下した。


「あの子を任せていいんだね。頼めるかい」


 うなづいたザガルドアが、ミリーティエに向かってゆっくりと歩を進める。ルシィーエットとすれ違いざま、彼女にだけ聞こえる程度の小声でつぶやいた。


「ビュルクヴィストから頼まれているんだ。俺流になるが、何とかしてみようと思う」


 ルシィーエットは何も答えない。任せると決めた以上、言うべきことなどない。その代わりに軽く頭を下げる。


(そういうことかい。全く、お節介せっかいなんだからね)


 苦笑を浮かべてビュルクヴィストを見やる。その彼はというと、視線が合うなり、照れ隠しからかすぐにらせてしまった。


「まあ、いいさね。さて、イオニア殿、これをまとめてしまおうか。ビュルクヴィスト、いつまでねているんだ。こっちに来な」


 渋々といった態度を見せているものの、呼ばれるのを心待ちにしていたビュルクヴィストがいそいそとやってくる。


(世話のかかる男だね。どうして、男どもときたらこうも)


 文句の一つも言いたくなるルシィーエットだ。ミリーティエはザガルドアに任せて大丈夫だろう。ならば、こちらはこちらの仕事をするだけだ。


「戻ってくるまでに片づけるよ」

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