第160話:共同布告における駆け引き

 二人ともに準備万端だ。


 ザガルドアからはエンチェンツォが起案、作成した宣戦布告原本、イオニアからはゼンディニア王国より魔電信後、正式に送付されてきた宣戦布告、それぞれをビュルクヴィストに差し出す。


 そこに魔術高等院ステルヴィアにも送付されていた宣戦布告を加える。都合、三通の布告がビュルクヴィストの手元にそろった。


「拝見いたしますよ」


 三枚を見比べ、念入りに調査していく。


 ゼンディニア王国国王自らの署名があること、さらに印璽いんじがなされていること、何よりも内容に改ざんがないことなどを目視する。


 単に肉眼で追っていくだけではない。特殊な魔力を行使しての視認だ。魔術高等院ステルヴィア院長のみが有する特殊能力の一つでもある。この魔力を流すことより、偽造文書であれば、即座に炎を上げることなく灰になるという仕組みだ。


「全く問題ありませんね」


 ビュルクヴィストは手にした三枚の宣戦布告を向きを同じくして重ね合わせ、魔力を通す。記載された文字が踊り出す。


 文字どおり、重ね合わせた宣戦布告より文字だけが分離、浮かび上がり、ビュルクヴィストの眼前で舞い続けている。


「魔術高等院ステルヴィア院長ビュルクヴィストの権限をもって、今ここに大陸歴七八三年 雷聲発らいせいほっする旬 中の三日、ゼンディニア王国国王イプセミッシュ・フォル・テルンヒェンの名のもとに発布された宣戦布告を、無効化することを宣明する」


 高らかに宣言する。


 まばゆい輝きとともに宙に浮かぶ文字が消失、三枚の宣戦布告が炎に包まれる。


 ビュルクヴィストが開いた両の手のひらで勢いよくはさみ込む。立ち上がる炎は瞬時に消えた。後には灰すら残っていなかった。


「これにて完了です。二度と後戻りはできませんよ。よろしいですね」


 冗談らしく、おどけているように見えて、ビュルクヴィストの目は完全に座っている。さすがに魔術高等院ステルヴィアを仕切るだけのことはある。


 ザガルドアもイオニアも素直にうなづいたみせた。はなから、後戻りする気などさらさらない。


「ビュルクヴィスト殿、私宛の親書も破棄してよいだろうか」


 イオニアの問いにビュルクヴィストが首を縦に振る。


「ゼンディニア王国からの宣戦布告が無効化された以上、イオニア殿のもとにある親書は、おのずと効力を失っています。どうぞ、破棄なさってください」


「では、ザガルドア殿、新たな共同布告を解封したく、よろしいですかな」


 ザガルドアから預かった共同布告を取り上げ、解封の準備に入る。


「もちろんだ。今すぐ解封してくれて構わない」


 封蠟に魔力を流し込む。解封を確認、ビュルクヴィストは新たな共同布告の文言を一同の前で読み上げていった。



**********



 天地治めし栄えあるゼンディニア王国ならびにリンゼイア大陸盟主たるラディック王国は、両国国王イプセミッシュ・フォル・テルンヒェンならびにイオニア・ラディアス・フォン・エーディエム二三世の連名にて、両国の忠実にして勇敢な臣民諸君に宣言する。


 両名は、この共同布告をもって、我らが共通の敵をジリニエイユ、パレデュカル、魔霊鬼ペリノデュエズと定めるものとする。両名は、両国の総力を結集、全力をもって戦い抜き、これらを必ず打ち滅ぼさんことを臣民諸君に誓うものである。


 両国は、足並みを揃え、リンゼイア大陸全土の安寧を最優先に行動するものである。過去、両国の関係において、短期的に不幸な時期があったことは否めない。此度、両名は、共同布告を発布するに当たり、将来の発展と恒久平和に向け、下記の五項を改めて締結するものとする。


 第一項 両国間における領土不可侵

 第二項 両国間における王族の交換留学継続

 第三項 軍備力強化における両国戦士団の相互派遣

 第四項 緊急事態時の情報共有体制の構築

 第五項 両国間における懲罰措置の制定

 

 両名が最も重要視するのは、両国に住まう臣民の安寧と平和である。此度の戦いは、決して敗北が許されないものである。万が一にも、敗北するような事態に陥れば、それは人そのものの滅亡と同義である。我らの手で、確実なる勝利を掴み取らんことを心より願わん。



 大陸歴七八三年 雷聲発する旬 後の二日



 ゼンディニア王国国王イプセミッシュ・フォル・テルンヒェン

 ラディック王国国王イオニア・ラディアス・フォン・エーディエム二三世

 


**********



 読み終えたビュルクヴィストが、しばし瞑目めいもくに入る。


 エンチェンツォ起案のもと、共同布告に盛り込んだ内容は必要最低限にとどめている。細部まで詰めると、とてもではないが、布告として用をなさない。


 新たに締結する五項についても、あくまで大分類に過ぎない。細則にまで落とし込むと相当に分厚い量になる。


 共同布告の主たる目的は、両国が挙国一致して魔霊鬼ペリノデュエズと戦い、必勝を来たすことを誓うといったものだ。意図はビュルクヴィストにも確実に伝わっている。


 何故なにゆえの瞑目だろうか。なかなか目を開かないビュルクヴィストにれたのか、ザガルドアが催促のための言葉を発する。


「ビュルクヴィスト、内容に問題があるのか。それなら、そうとはっきり言ってくれ」


 さんざん焦らした挙げ句、ようやく目を開いたビュルクヴィストがつぶく。


「いえ、内容に問題はないのですがね。署名の部分ですね。なぜでしょう。私の名前がないのですよ」


 刹那せつなに殺意がく。相手がビュルクヴィストでなけば、確実になぐっているところだ。絶対、わざとやっているに違いない。


 ザガルドアとイオニアは互いに顔を見合わせ、同時に頷く。イオニアにしても同じ思いだったからだ。


「ビュルクヴィスト殿、そのような些細ささいな部分、気にするところですかな」


 イオニアの言葉には多分にいやみが交じっている。どうでもよいところだろうという思いがあふれている。


「イオニア殿、実は重要なのですよ。確かに、共同布告そのものはお二人の署名と印璽さえあれば成立します。成立はしますが、二国間のみでしか効力を発揮しません」


 ビュルクヴィストは、対外的にも完璧な共同布告にしたいと考えている。そのためにも魔術高等院ステルヴィアが確認、承諾した証が必要なのだ。


 それはすなわち院長でビュルクヴィストの署名と印璽も、また必須になるということに他ならない。


「それら全てが揃ってこそ、リンゼイア大陸の他の三国のみならず、他大陸諸国にあまねく有効となるのです」


 アーケゲドーラ大渓谷での最終決戦までもはや時間もない。決戦日時は、雷聲発する旬 後の四日なのだ。二日後に迫っている。


 この時点で、他国に協力を要請する時間はもはや残されてはいない。ザガルドアにしても、イオニアにしても、権威づけが今さら必要なのかははなはだ疑問でもある。


「お二人の考えていることはよく分かりますよ。ならば、このように考えてみてください。確かに、アーケゲドーラ大渓谷はラディック王国領土です。規模や地形からかんがみるに、大渓谷内で片がつけば重畳ちょうじょうですね」


 敵はもはや人ではなくなっている。ジリニエイユも、パレデュカルも、尋常ではない力を有している。


 そのうえ魔霊鬼ペリノデュエズをも相手にしなければならない。高位ルデラリズが出現するとなると、破壊による影響範囲がいかほどばかりか、全く想定できない。


 大渓谷周辺諸国、特にメドゥレイオ王国、エランドゥリス王国、さらには永世中立都市シャイロンドに被害が及ぶ可能性も捨てきれない。


「万が一にも、そうなった場合、ステルヴィアの署名があるのとないのとでは補償問題などにおいて、随分と差が生じてしまうでしょうね」


 ビュルクヴィストの言葉には、確かに一理ある。アーケゲドーラ大渓谷はあまりに広大すぎるゆえ、隣接する他国へ被害が及ぶことをあらかじめ想定しておくべきだろう。


「分かった、分かった。そういうことであれば、魔術高等院ステルヴィアとしての署名と印璽を頂戴しよう。ビュルクヴィスト、どこでもよいだろう。まずは署名をしてくれ」


 近寄って来たルシィーエットが、ビュルクヴィストの手からいきなり共同布告を奪い取る。


「ちょっと、ルシィーエット、何をしている」


 ビュルクヴィストの言葉をさえぎり、ルシィーエットが畳みかける。


「ビュルクヴィスト、あんた、何をしようとしているんだい。どうせ、よからぬことを考えているんだろ」


 効果てき面だった。狼狽ろうばいするビュルクヴィストの表情を見れば、一目瞭然、正解だと告げているようなものだ。


「おい、どういうことだ」


 ザガルドアが一歩詰め寄る。併せて、イオニアも同じく歩を進めた。

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