第158話:ザガルドアとイオニア

 玉座の間の大扉がゆっくりと開かれていく。


 まず姿を見せたのはラディック王国が誇る三人の王女たちだ。中央にセレネイア、右にマリエッタ、左にシルヴィーヌという並びで入ってくる。


 その後ろからフィリエルスとフォンセカーロが続き、最後にカランダイオという順だ。


 三姉妹には、着替える時間などもちろんなかった。マリエッタだけが気にしていたものの、セレネイアもシルヴィーヌも一切お構いなしといったところだ。その程度で、三姉妹の美しさがそこなわれることもない。


「これは壮観そうかんだな」


 ザガルドアの言葉を受けて、イプセミッシュも応じる。


「ラディック王国の三王女たちか。いずれも図抜けた能力を有するとは聞いていたが。こうしての当たりにすると、だな」


 ザガルドアもイプセミッシュも、三人のあでやかさに惑わされるような愚人ぐじんではない。二人は、まさに百戦錬磨の武人、表面的な美にとらわれることなく、その奥、内面の美を感じ取っている。


 居ても立っても居られないイオニアが、すぐさまけ寄ってくる。マリエッタのすぐ目の前で両ひざをつき、彼女の細い二の腕部分をしっかりと握り締める。


「マリエッタ、無事なのだな。怪我はないのだな。痛くはないか。辛くはないか。わずかでも普段と異なることがあれば、今すぐこの父に言うのだぞ。遠慮は無用だ。無論、公務など捨て置けばよい。マリエッタこそが最優先だ。そうだな、モルディーズ」


 唐突に振られたモルディーズが返答にきゅうしている。親馬鹿ぶりを遺憾いかんなく発揮しているイオニアを前にして、そこは公務優先で、と言いたいところだ。


「父上、モルディーズが困っているではありませんか。それにマリエッタが痛がっていますよ」


 セレネイアがたしなめる。国王である前に、一人の父親としての情を優先したい気持ちは分からなくもない。さすがに、それを前面に押し出すのはいささか問題だろう。


 痛さに顔をゆがめるマリエッタを見て、イオニアが力をゆるめる。


「おお、これは済まぬ。マリエッタ、本当に大丈夫なのだな」


 マリエッタが静かにうなづく。セレネイアは父イオニアに向けていた視線を上げると、こちらを注視している二人の男に転じた。


「父上、あちらにおられるゼンディニア王国の御仁をご紹介いただけませんか」


 セレネイアの言葉に我に返ったイオニアが、即座に立ち上がる。


「そうであった。ザガルドア殿、イプセミッシュ殿に失礼があってはならぬな。その前に、まずは私から礼を言わせてほしい」


 マリエッタの頭を優しくでる。それを合図に、セレネイアたちが左右に移動、イオニアのために場所を空けた。


「余はイオニアと申す。御二方おふたがたは、ゼンディニア王国空騎兵団のフィリエルス殿、フォンセカーロ殿とお見受けする。此度こたびは、第二王女マリエッタの命を救ってくださったことにつき心より礼を申し上げる」


 これ以上ないというほどに深々と頭を下げるイオニアを前に、フィリエルスもフォンセカーロも一瞬硬直状態におちいる。


 一国の王たる者がここまで礼を尽くすなど、二人は見たことも聞いたこともない。ましてや、それが自分たちに向けられた行為なのだ。


 フィリエルスは期待薄だと思いつつ、助けを求める視線をザガルドアに向ける。


「イオニア、それぐらいにしてやってくれ。王たる者がそこまですると、かえって俺の部下たちが委縮してしまう。部下と言っても、フィリエルスは十二将序列二位、俺に真っ向から意見できる喧嘩仲間みたいなものだがな」


 意外な援護にフィリエルスはほおを緩めつつ、ザガルドアの言葉には反論したくなっている。


 イオニアはザガルドアとイプセミッシュ、二人の記憶についての顛末てんまつを三者会談時にビュルクヴィストから聞かされている。にわかに信じがたい話だった。


 それもイプセミッシュと名乗っていた今のザガルドアを見れば、分かるような気がする。逆に、驚きの表情で見つめているのがセレネイアたちだ。戸惑いを隠せないでいる。


「では、そのようにさせてもらおう」


 頭を上げたイオニアがザガルドアの言葉を受けて、今度は国王としてではなく、一人の父として改めて礼を述べる。


「フィリエルス殿、フォンセカーロ殿、愛娘マリエッタを助けてくれて本当に有り難う。父として感謝する。恩には恩をもってむくいるのが私の主義だ。望みがあれば遠慮なく言ってほしい。無論、私にできる範囲で、だがな」


 最後に一言、つけ加えるのを忘れない。さすがに、大それた望みを聞かされることはないだろう。


「マリエッタ殿をこのような目にわせてしまったこと、大変申し訳なく思っております。空騎兵団を預かる者として、その責任を痛感しております」


 恐縮しきりのフィリエルスは謝罪から始める。


「我らが陛下より厳命され、マリエッタ殿を無事救出できたものの、ひとえにカランダイオ殿、セレネイア第一王女、シルヴィーヌ第三王女の助力あってのもの。イオニア陛下に望みを申すなど、おそれ多きことにございます」


 フィリエルスには望みが二つある。一つはあまりに大それたこと、もう一つは私情を多分に含んだものだ。


 ここで申し出るべきものではない。フィリエルスは丁重に辞退したものの、またもや予想外の援護が来た。


「フィリエルス、せっかくの機会だぞ。ここを逃せば、もう二度と見つからないかもしれぬ。イオニアにこそ力添えをしてもらうべきだ」


 逡巡しゅんじゅんする。確かに、ザガルドアの言葉には大いにかれる。千載一遇せんざいいちぐうの機会なのも間違いない。何しろ、ラディック王国の、しかも国王の力が借りられる可能性が高いのだ。


「陛下、これはあくまで私の個人的な問題です。このようなところで」


 イオニアがフィリエルスの顔を一心に見つめている。ひと合点がてんがいったかのようにうなづく。さえぎる形で言葉をつむぎ出す。


「フィリエルス殿、つかぬことを尋ねるが、そなた、フィリエルス・リア・ネヴェレシーア嬢ではあるまいか。先ほどより、どこかで見たような気がしていたのだ。そうだ。そなたの亡くなられた母君リュクセレーヌ殿の若き頃に瓜二つだ」


(イオニア、さすがだな。やはりフィリエルスの血筋を知っていたか。これなら話も進めやすい)


 ザガルドアは内心で喝采かっさいを上げている。


 フィリエルスにしてみれば、まさかこの場でイオニア直々じきじきに指摘されるとは思いもよらなかった。


 鼓動が早くなっていく。急激な眩暈めまいに見舞われる。思わず頭を押さえる。フィリエルスの身体が前後に大きく揺らいだ。


 フォンセカーロよりも早く、背後から倒れないように支えたのはほかならぬマリエッタだった。


「フィリエルス殿、大丈夫ですか。今度は私が支えますね」


 当然、マリエッタの両横にはセレネイアとシルヴィーヌがいて、いつでも支えるための準備ができている。


「ええ、有り難う。ちょっと眩暈がしただけよ。すぐに、よくなるわ」

「それはいけません。父上、フィリエルス殿が休める部屋を用意したいのですが、よろしいでしょうか」


 マリエッタの頼みを断るイオニアではない。頷くと、即座にモルディーズに指示を出す。


かしこまりました。すぐにご用意いたします。マリエッタ様、フィリエルス殿と共にこちらへ」


 そんな大袈裟おおげさな、と断りを入れてくるフィリエルスの背中を、マリエッタが強引に押していく。


「ちょ、ちょっと、マリエッタ殿、私は、大丈夫だから」

「駄目です。さあ、私と共に。セレネイアお姉様、行ってきますわ」


 一度決めたことは徹底してやり遂げる。マリエッタらしさが存分に出ている。


「マリエッタ、フィリエルス殿は貴女の命の恩人よ。しっかり看病なさい」


 セレネイアの後押しも得られたことで、マリエッタがさらに勢いづく。再び助けを求めるべく、ザガルドアに視線を送るフィリエルスだった。


「ここは俺たちに任せて、お前はゆっくり休め。マリエッタ殿に、しっかり看病されてこい」


 援軍は来たらず。口調こそ面白半分といったところだ。内心では相当に心配している。ザガルドアはフィリエルスを気に入っているのだ。


 十二将を率いる者として、彼らを休息させるのはザガルドアの責務であり、また空騎兵団を率いる団長として、休むべき時に休むのはフィリエルス自身の責務だ。


 こうなっては抵抗しても仕方がない。


「分かったわ、マリエッタ殿。遠慮なく、休ませてもらうわね」

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