第157話:主役たちの帰還
マリエッタが意識を取り戻す。目覚めたばかりだ。自分の置かれている境遇が理解できていない。
「目が覚めたようね。具合はいかがかしら」
なぜ、アーケゲドーラ大渓谷で別れたはずのフィリエルスに抱きかかえられているのだろう。しかも、確認するまでもなく、アコスフィングァの背の上だ。
「あ、あの、フィリエルス殿、私は、いったい」
(混乱しているようね。無理もないわ。第二王女とはいえ、まだ子供だものね)
「今は、何も考えなくてよいわ。それよりも、身体に異変はないわね」
フィリエルスでも分かるほどに、マリエッタは衰弱している。魔力が大幅に減少、
全ての魔力が吸収し尽くされる前に救出できて、本当によかった。フィリエルスは胸を
その胸に、マリエッタは無意識のうちに顔を
「もう大丈夫よ。安心しなさい」
フィリエルスが、
「あの、フィリエルス殿、もう少し、このままでいてくれませんか」
フィリエルスに異論はない。少女の心情を思えば、当然だろう。再び、
「ええ、私でよければ。貴女の姉上のようにはいかないでしょうが」
これは
まもなくアコスフィングァが屋上に降り立つ。セレネイアとシルヴィーヌは、今か今かとマリエッタを待ち
マリエッタの様子をずっと見つめ続けていたセレネイアには、彼女の心の動きが手に取るように、また痛いほどに理解できた。かつて自分も同じ経験をしているからだ。
アコスフィングァの背に立つフィリエルスに、
(マリエッタ、怖かったわよね。私も同じだったもの。これを乗り越えた時、貴女は今以上に強くなれるわ。周囲にも頼りなさい。決して一人ではないわ。負けないでね)
しばらくの後、上空を
マリエッタはようやくのこと、フィリエルスの腕の中から離れ、アーケゲドーラ大渓谷での飛行時と同様、彼女の前に立った。前回と異なるのは補助鞍がないという点だけだ。
背後からフィリエルスが落下しないように支えているとはいえ、
フィリエルスは感心しきりだった。
(もう大丈夫そうね。本当に、この娘には驚かされることばかりね)
アコスフィングァが音もなく静かに、セレネイアたちが待ち構える屋上に降り立った。カランダイオを伴ったフォンセカーロのアコスフィングァも到着する。
先に地に足をつけたのはカランダイオだった。フォンセカーロに丁重に礼を送る。魔力は枯渇していても、歩いたり、走ったりする程度の体力は残している。彼はすぐさま歩き出した。
一方、マリエッタは
「二人が待ち
マリエッタが最大限の感謝の意を込めて、深々と頭を下げてくる。
「そのようなことは不要よ。私と貴女の仲でしょう。この子も、貴女を背に乗せることができて喜んでいるわ」
頭を上げたマリエッタの顔に、ようやく笑みが戻っていた。彼女を待つセレネイアたちの方に身体を向かせ、その背を右手で軽く押し出す。小さなきっかけを与えるだけだった。
マリエッタはアコスフィングァの背から
「私を助けてくれて有り難う。また背に乗せてね」
その言葉を残して、マリエッタはセレネイアとシルヴィーヌのもとへ一直線だった。
「セレネイアお姉様、シルヴィーヌ」
マリエッタがセレネイアの胸に飛び込む。その背にシルヴィーヌが両腕を回して抱き締める。
言葉など、
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一部始終をファルディム宮玉座の間の窓越しから凝視していたイオニアが、マリエッタの無事を確認、
「マリエッタ第二王女が無事で何よりです。他の皆さんにも負傷などなくてよかったですよ。それにしても、ルシィーエット、ミリーティエ、これは
二人に向けた言葉には、ビュルクヴィストにしては珍しく静かな怒りが込められている。
ルシィーエットは、見抜けなかったことを心底悔しがっている。現役の賢者時代ではあり得なかった。完全に滅するまで手を緩めない。ルシィーエットの信条だ。引退してからというもの、判断が緩慢になってしまっていたか。表情にもありありと出ている。
ミリーティエは
ミリーティエの様子を見かねて、声を発したのはザガルドアだ。
「ビュルクヴィスト、その辺でいいだろう。今回の件では、ゼンディニア王国にも非があるのは明らかだ。マリエッタ殿を空へ
ザガルドアの言葉に最も驚いたのはルシィーエットだった。彼女はザガルドアの記憶が封じられていたという事実を知らないのだ。
ビュルクヴィストもあえて触れていなかった。必要性がなかったからだ。不思議そうな視線を向けてくるルシィーエットに、ザガルドアが再び口を開く。
「ルシィーエット殿、俺の顔に何かついているか」
「ちょっと、あんたの変わり様に戸惑っているだけさ。過去に一度しか会っていないとはいえ、意外だね」
ザガルドアが一度だけ大きく頭を抱え、ミリーティエ、ビュルクヴィスト、ルシィーエットの順に視線を移していく。
「なるほど、そういうことか。ミリーティエは知っていたようだが、貴女は知らなかったのだな。俺の記憶が封じられていたこと、その封印が三剣匠の一人によって解かれたことを」
ルシィーエットの顔が
「必要性がなかったからですよ。ミリーティエにはゼンディニア王国に行ってもらう必要がありました。
いかにもビュルクヴィストらしい返答だ。
「そうかい、私だけ仲間外れかい。それに、ミリーティエと呼び捨てにしたね。いつからそういったことになったんだい」
ルシィーエットはビュルクヴィストを
ミリーティエは首を横に振り、ザガルドアは答える代わりにビュルクヴィストを指差すだけだ。
「また、あんたかい」
今度は慌てて弁解に努める。
「また、だなんて、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。ミリーティエが思い悩んでいたことは貴女だって承知しているでしょう。私は院長として、お節介を少しだけ焼いただけですよ」
ルシィーエットは小さなため息を一つつき、視線を転じる。
「まあ、よいさ。そういうことにしておいてあげるよ。それに、そろそろ主役たちのお帰りだよ」
ここにいる全員の目が玉座の間の入口、両開きの大扉に注がれた。
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