第154話:共闘の開始

 け抜けた衝撃はすさまじく、マリエッタの自室にある窓という窓、扉という扉、全てを粉々こなごなに吹き飛ばしていった。


 扉の前で魔力制御に集中していたシルヴィーヌは無論のこと、背後に立つセレネイアにはけようがなかった。砕け散った扉の破片はへんが二人に襲いかかる。


「全体像をしっかり把握しなさい。こうなることは自明の理でしょう」


 恐る恐る瞳を開いた二人の眼前に、光壁こうへきがそびえ立っている。襲い来るはずの無数の破片は、光壁の手前で全てね返されていた。


「カランダイオ」


 セレネイアとシルヴィーヌの声が重なる。


「それとも、自殺願望でもあるのですか」


 手厳しい言葉を投げつけられ、二人は途端とたんにしょげ返る。うつむき加減の二人を見て、カランダイオが盛大にため息をつく。


「全く、仕方のない娘たちですね。それよりも早く室内に。問題はありません。急ぎなさい」


 カランダイオの言葉を受けて、飛び込んでいったのはセレネイアだ。姉として、シルヴィーヌを先に行かせるわけにいかない。


 右手の皇麗風塵雷迅セーディネスティアをしっかり握り締め、シルヴィーヌをかばうようにして室内に入っていく。


 予想をはるかに上回っていた。部屋中が壊滅状態、窓や扉はそのことごとくが吹き飛び、空と一繋ひとつながりになっている。足を踏み外そうものなら、地上まで一直線に落下だ。


「マリエッタお姉様は」


 遅れて入ってきたシルヴィーヌが、伽藍洞がらんどうと化した室内を見回し、呆然ぼうぜんと立ち尽くしている。


 あらゆるものが吹き飛び、こわれて散乱している。破壊の規模がどれほどのものか、まざまざと物語っていた。最後にカランダイオが悠々ゆうゆうと入ってくる。


(この魔力は。なるほど)


「セレネイア殿、その剣を」


 全てを聞かずとも、セレネイアはカランダイオの意図を即座に理解した。


「カランダイオ、お願いいたします」


 律儀りちぎに頭を下げてくる。セレネイアから皇麗風塵雷迅セーディネスティアを受け取ったカランダイオは、左手でつかを握った。


(さすが、我が主より下賜かしされた魔剣アヴルムーティオですね。本来であれば、これは絶剣ウズロガーティオでしょう。この娘のために、極限まで力を減衰させてなおこの威力、恐ろしいばかりです)


 カランダイオは感じ取っている。相性が悪い。皇麗風塵雷迅セーディネスティアの持つ力と、カランダイオのそれは、対極にあると言っても過言ではない。


(真逆の性質を持つ魔剣アヴルムーティオに、どれほど魔力がそそぎ込めるか)


 剣身を眺めつつ、思案にふけるカランダイオを心配したのか、セレネイアが声をかける。


「カランダイオ、どうかしたのですか」


 思った以上に思考が長かったようだ。顔を上げたカランダイオが静かに答える。


「何でもありません。この魔剣アヴルムーティオと私の相性がよくないのですよ。魔力を注ぎ込みますが、恐らくは貴女が全力で一撃放てるかどうか、といったところでしょう」


 セレネイアが真剣な面持ちで見つめてくる。強い目をしている。そこに覚悟が見て取れる。


 最後まで説明する必要はなかった。一撃で終わらせる。失敗は許されない。彼女には、しっかりと伝わっている。


「二人は、すぐに屋上に向かいなさい。狙いどころを見極めるのですよ。私は、ここから出ます。まもなく客人も来るようですからね」


 セレネイアに魔力を注いだ皇麗風塵雷迅セーディネスティアを、つかを向けて返す。


「有り難う、カランダイオ。貴男も、無事でいてください」


 わずかに笑みを浮かべて、カランダイオが答える。


「心配無用ですよ。私を誰だと思っているのです」

「それでも、貴男が心配なのです」


 セレネイアとの距離感は、近すぎても遠すぎてもいけない。カランダイオの終始変わらない考えだ。


 ここ最近、近すぎるような気がしないでもない。それも、彼女の方から領域内に入ってきている。そのためか、時折居心地の悪さを感じることもある。ただ嫌な気持ちを抱いたことは一度もない。


 恐らくはセレネイアが相手だからだろう。


「それでも、ですか。まあ、貴女の気遣いには礼を述べておきます」


 カランダイオの言葉に、セレネイアは微笑みを浮かべてうなづく。


「あらあら、セレネイアお姉様とカランダイオ、いつの間にこのような関係になられていたのでしょう」


 興味津々しんしんといった表情で、シルヴィーヌがなかば本気で茶化す。こましゃくれた一面も、また小憎こにくたらしい一面も、シルヴィーヌの果てぬ好奇心がもたらすものだ。


 それを知っているセレネイアでも、さすがにこれは看過できない。


「シルヴィーヌ、何を言っているのですか。私とカランダイオの間に、貴女が想像しているような関係などありませんよ」


 多少、きつめに言ったことが裏目に出たか、シルヴィーヌが追い打ちをかけてくる。


「あらあら、セレネイアお姉様。それだけ強く否定なされるということは」

「こら、シルヴィーヌ」


 セレネイアの一喝いっかつで、シルヴィーヌもここら辺が潮時と判断したのだろう。すぐさま口をつぐんだ。決して、姉妹で喧嘩けんかにはならない。二人の妹にとって、それだけセレネイアが絶対的存在だからだ。


「シルヴィーヌ殿、これを飲みなさい」


 カランダイオが手渡したのは、淡青色の液体、魔力回復薬を詰めた小瓶だ。


「貴女がセレネイア殿の目となるのです。魔剣アヴルムーティオを振るう際、貴女の魔力が枯渇こかつしていては話にもなりません。ただの役立たずです。そうならないためにも、回復させておきなさい」


 受け取ったシルヴィーヌは言われるがまま、即座に小瓶の中の液体を飲み干した。


「さあ、行きなさい。マリエッタ殿を無事に取り戻せるかは、貴女たちにかかっています」


 二人が無言で頷き、足早に部屋から出て行く。見届けたカランダイオは、背を向けると、窓のあった場所まで歩を進めた。


「では、こちらも始めるとしましょうか」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 二頭のアコスフィングァが飛翔している。背には女と男が騎乗している。カランダイオの知らない顔だった。


 マリエッタを包み込んだつた状の妄念塊もうねんかい執拗しつような攻撃を、軽々とかわしている。それだけだ。こちらからは攻撃に移れないでいる。


「助力いたしますよ」


 上空の二人に向けて、言葉を発する。


「ルーヴ・アレセ・エクティーレ

 ラド・リヴ・ペデルオ・ヴーリーゴ

 天翔あまかけし偉大なる力よ

 空にとどまることを許したまえ」


 カランダイオは、詠唱の成就とともに無造作に身体を宙に投げた。


飛天連翔空踊ルヴェティエーレン


 魔術が発動、落下していくカランダイオの身体が宙で制止する。すかさず、妄念塊が攻撃対象が増えたとばかりに、カランダイオめがけて襲いかかってくる。まさしく波状攻撃だ。


 足場のない宙に立つカランダイオは、容易たやすかわすと、重力を完全に無視してさらに上空へとけていった。


「あれは飛翔魔術、かなり高位の魔術師しか使えないはずよ。何者なの」


 フィリエルスの驚きの声が口かられる。既に、カランダイオの身体はアコスフィングァに騎乗するフィリエルスたちと同高度にある。


「ゼンディニア王国の貴女たちが、何故なにゆえにここにいるかは後回しです。まずは、マリエッタ殿の救出こそ第一です。ここは私の指示に従っていただきますよ」


 策を授けるカランダイオに対し、フィリエルスもフォンセカーロも全く異議を申し立てなかった。高位の魔術師なのだ。その彼が言うことならば、素直に聞いておくべきだ。空の優位性を活かした戦術ならば、なおさらだろう。


「承知したわ。私はゼンディニア王国十二将序列二位にして空騎兵団団長のフィリエルス、こっちは同じく序列八位にして空騎兵団副団長のフォンセカーロよ。貴男の名前をうかがってもよいかしら」


 カランダイオがぶっきらぼうに答える。


「私はカランダイオ、しがない魔術師の一人です。フィリエルス殿、フォンセカーロ殿、すぐに始めますよ」


 カランダイオは内心、余計なめ事を抱え込まずに安堵していた。ゼンディニア王国が誇る空騎兵団だとは分かっていた。まさか団長と副団長、しかも十二将の二人が出張でばってくるとは予想していなかったからだ。


 さらには、ビュルクヴィストがいないことも幸いだった。魔術転移門が開いた際の魔力は、間違いなくビュルクヴィストのものだ。その彼がここにいないということは、イオニアのもとに向かったのだろう。


 彼がいたら、確かに大きな力になる。一方で、反りの合わないカランダイオとはまさに水と油だ。かえって、いない方が清々せいせいするのも確かだった。


 ラディック王国のカランダイオ、ゼンディニア王国のフィリエルスとフォンセカーロ、共闘がまさに始まった。

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