第149話:浄化の炎
活性化した炎が舞い踊る。大輪は次々と花びらを散らしていく。炎は火の粉となって妄念塊に触れるや、たちどころに炭化、容赦なく灰まで焼き尽くしていく。
半凍結状態で固められ部分は、
「どうやら終わったようだな」
「凍結部分が灰となれば、恐らくはな」
ザガルドアとイプセミッシュの背後から女が言葉を発する。
「攻撃という意味では、終わりです。ただし、最後の仕上げが残っています」
その言葉を受け、ザガルドアもイプセミッシュも下げていた剣を改めて構え直す。女は動じることなく、降り積もっていく灰の様子を注視している。
「団長、あの魔術師はいったい」
「分からないわ。一つ言えるのは、アーケゲドーラ大渓谷でルシィーエット様が行使された魔術と同一ということね」
フィリエルスたちが
それ
「仕方がないわね。下は三人に任せておきましょう」
(何者なのかしら。間違いなく、ルシィーエット様の
降り注ぐ灰の山が一つ
「何だ、これは」
巨大な
ザガルドアもイプセミッシュも、おぞましさ以上に
「苦しい。痛い。熱い。寒い」
「アーケゲドーラ大渓谷では、浄化に失敗してしまいました。申し訳ございません。今度こそ、私の二つの炎をもって貴方たちを苦痛から永遠に解放してあげましょう」
女が静かに目を閉じる。
「ザガルドア殿、イプセミッシュ殿、ここは私が。
二人に異論などあるはずもない。言われるがまま、灰塊より距離を置くために女の背後まで下がる。
ザガルドアとしては、女の背後というところで後ろめたさを感じてしまう。明らかに、己の力量をはるかに超える者の言葉だ。ここは素直に従うしかない。
「右手に白き炎もちて
左手に青き炎もちて
フレヴ・リグシェ・メデ・ヴィレーウ
ルフ・スティレイ・ネミ・ニオル」
詠唱が成就する。
広げた女の右手には白炎が、左手には青炎が出現している。ゆっくりと両手を正面、灰塊に向けて移動させていく。目がゆっくりと開く。
「
白と青、
「どういうことだ。全く熱さを感じない」
白き炎の力によって、灰の色が急速に失われていく。あらゆる不浄を滅する炎は、やがて灰塊を純白に染め上げていった。そして、二つ目の炎が発動、青き炎が純白の灰塊を覆い尽くしていく。
「ああ、この日を迎えることができようとは。数千年ぶりに味わう心地よさよ」
灰塊に浮かぶ無数の顔からは、苦悶の表情が消え、歓喜に満ちているようにも見える。青炎が導くのは完全消滅だ。それはすなわち一切を無へと
「偉大なる魔術師殿よ。我らを解放してくれた貴女に永遠の感謝を捧げる」
「行きなさい。安らかに眠るのですよ」
青白色となった灰塊がゆっくりとその形を崩し、玉座の間に流れる風に乗って去っていく。灰塊の全ての顔が、女に向かって深々と頭を下げた。
それは錯覚か。そうではない。ザガルドアもイプセミッシュも、上空に待機するフィリエルスたちも、間違いなくその姿を視認していた。
同時にこの女の正体に思い当たるのだった。女が振り返る。
「ザガルドア殿、イプセミッシュ殿、お騒がせしてしまいました。無断で魔術転移門を開いてしまった非礼と併せて、お詫びいたします」
頭を下げてくる女に対し、ザガルドアとイプセミッシュは不思議そうに互いの顔を見合わせている。
「そのようなことは
ザガルドアの言葉を受けて、レスカレオの賢者が頭を上げた。聞いていた印象と随分違う。お互いが
「気づかれていましたか。いきなりのこととはいえ、初対面で名乗りもせず失礼いたしました。改めまして、当代レスカレオの賢者ことミリーティエと申します」
上空からようやくにして降りてきたフィリエルスたち空騎兵団も交え、
ミリーティエは、スフィーリアの賢者ことエレニディールと違って、ほとんどを魔術高等院ステルヴィア内で過ごし、外に出ることは
無論、賢者である以上、苦手では済まされない。ビュルクヴィストや師でもあるルシィーエットからは、積極的に外に出て行って色々な者の声を聞け、と
彼女には逸話もたくさんある。賢者としての使命を果たすべく、
そのような行動を
いずれも賢者としては不名誉
それが心からの思いであるかは誰にも分からないし、彼女自身もまだ分かっていない。
「ザガルドア殿は、私が思っていた印象と異なりますね。記憶が戻ったことが一因でしょうか。やはり、直接お会いしてみないと分からないものですね。イプセミッシュ殿は、どちらかと言えば想像どおりの御仁でした」
すかさずザガルドアがやり返す。
「俺も同じだ、ミリーティエ殿。失礼ながら、貴女には多くの不名誉な呼称がつけられている。こうして初めて会って実感したよ。今の貴女には、そのどれもが全くそぐわない。ああ、この口調が俺の地なんだ。気にしないでもらいたい」
ミリーティエは表情一つ変えず、ザガルドアの言葉にただ
「ミリーティエ殿、陛下はこういう男だ。私の大切な友でもある。多少の無礼は許していただきたい」
ミリーティエが首を横に振る。
「イプセミッシュ殿、何も問題はありませんよ。むしろ、ザガルドア殿には感謝したいぐらいです。私と対等に向き合ってくださる方に出会えたのですから」
ミリーティエにしてみれば、なりたくてなった賢者ではない。彼女に言わせれば、たまたま選ばれて、たまたま当代賢者を務めているにすぎないのだ。
賢者という肩書だけで、誰もがミリーティエを持ち上げようとする。あるいは、逆に遠ざけようとする。それは彼女にとっては苦痛でしかない。
「とても両極端ですからね。残念ながら、私には普通に接してくださる方がほとんどいません」
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