第144話:三姉妹の特性
室内は静寂に満たされている。あれほどまでに吹き荒れていた風が、完全に
シルヴィーヌの魔力で
「シルヴィーヌ、お願い、返事をして」
セレネイアの呼びかける声が室内に響く。その声は届かない。シルヴィーヌだけが、なおも風の渦に包まれたままだからだ。
≪フィア様、どうかシルヴィーヌをお助けください≫
セレネイアが、ここにはいないフィアに向かって祈りの声を捧げる。切なる思いが届いたのか。
≪あの子は無事よ。もう少しすれば風が収束するわ。それまで待ちなさい≫
≪フィア様、私、私は何ということを≫
セレネイアのすぐ
セレネイアは、風を、フィアを感じていた。
フィアは、大前提を含めてセレネイアに
≪それぞれに試練を受けさせなさい、と言ったのは私よ。貴女に非はないと言いたいところだけど、いささか
セレネイアは
「セレネイアお姉様」
フィアと話を続けているセレネイアは気づかない。両手が胸前で合わさり、祈っているように見える。瞳は閉じられていない。視線は、確実に自分に向けられている。シルヴィーヌは
「セレネイアお姉様」
≪妹が呼びかけているわよ。
フィアからの声は、それを最後に途切れた。セレネイアの意識がフィアから、目の前のシルヴィーヌに向けられる。にじり寄るかのように、セレネイアはシルヴィーヌに近づくと
「ああ、私の可愛いシルヴィーヌ、無事でよかった。本当にごめんなさい。私の配慮が足らなかったの。もしも、貴女に何かあったら、私は」
敬愛する姉が、どれほどまでに自分を心配してくれているか、そして、愛してくれているか。
「セレネイアお姉様、シルヴィーヌは大丈夫ですわ。でも、もう少しの間、このままで」
シルヴィーヌは小さな身体を丸めて、セレネイアに密着した。その身体が小刻みに震えている。
「怖い思いをさせてしまったわね」
背に回ったセレネイアの手が、シルヴィーヌの髪を優しく
セレネイアは、空いた方の手を
「セレネイアお姉様、今、何をされたのでしょう」
シルヴィーヌがセレネイアの胸に顔を
「これぐらいはさせて。私の魔力では、これが精一杯なの。ごめんなさいね、シルヴィーヌ」
ようやくのこと、シルヴィーヌはセレネイアから
「セレネイアお姉様、何度も謝らないでください。お姉様は何も悪くありませんわ。私は、こうなるであろうことを理解したうえで、魔力を流し込んだのです。だから、お姉様の責任ではありません」
真剣な眼差しを見れば、セレネイアを
「シルヴィーヌ、貴女は、本当に」
セレネイアは胸が詰まって、それ以上は言葉にできない。シルヴィーヌの次の言葉は、さらにセレネイアを熱くさせた。
「
シルヴィーヌの視線がセレネイアから
「レスティー様が私たちの特性を活かして創造なされた
顔を上げたシルヴィーヌの瞳には、強い光が宿っている。セレネイアは改めて、シルヴィーヌの成長を心から嬉しく思うのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その様子をはるか遠くから眺めている二人がいた。フィアとレスティーだ。
≪セレネイアとシルヴィーヌは大丈夫そうね。ねえ、私の愛しのレスティー、これでよかったのかしら≫
≪
レスティーも、セレネイアが焦りを感じていることは把握していた。問題が起これば、いつでも対処できただろう。その前にカランダイオが、さらにその前にフィアが
≪フィア、そうであろう。違うか≫
レスティーにもたれかかるフィアの表情は、いささか
≪そういうのは、ちょっとずるいわ≫
フィアの声にならない声は、あえて聞こえなかったことにした。レスティーの手がフィアの滑らかな髪に触れ、
≪残るは第二王女か。あの娘こそ、心配は無用だろう。ルシィーエットが常についている≫
≪だからこそ、心配でなくて。あの女の魔力ときたら、ですもの。マリエッタはかなり強く影響を受けているわ。アーケゲドーラ大渓谷での魔術を見たわ。本当に
レスティーは苦笑を浮かべるしかない。まさに、フィアの指摘どおりなのだ。
ルシィーエットの魔術に魔力制御は一切ない。最大魔力を手加減なしで一気に解き放ち、あらゆる敵を
彼女の教えを
≪力づくで押さえ込む方法を取るであろうな。それはすなわち
第二王女でありながら、ルシィーエットにも匹敵する魔術師になりうる存在かもしれない。
≪そのような者が増えれば、主物質界もあるいは、か≫
レスティーの思考は瞬時に完了していた。邪魔をしないよう、細心の注意を払っていたフィアが疑問を口にする。
≪三姉妹がこうなることを、私の愛しのレスティーは予測していたのよね≫
セレネイアにはフィアが、マリエッタにはルシィーエットが、シルヴィーヌにはセレネイアが、それぞれ補助しながら、各々を
まさに三者三様だ。姉妹でありながら、ここまで異なる特性を持っていること自体が珍しい。本当のところ、それだけなのだろうか。
フィアは、それ以上の言葉を決して口にはしない。レスティーから答えがないと分かっているからだ。それでよかった。
レスティーはセレネイアとシルヴィーヌ、二人の仲睦まじい様子を今一度眺め、魔力を遮断した。
≪フィア、私たちも行こう。三人を待たせている≫
魔術転移を発動、フィアを伴ったレスティーの姿はもはやそこになかった。
夜の霞みは遠ざかっていた。薄暗かった
窓から差し込む月光に照らし出されたセレネイアとシルヴィーヌの姿は、言葉にできないほどに美しかった。
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