第135話:セレネイアの将来

≪違うわよ、ヴェレージャ。セレネイアが持つ魔剣アヴルムーティオは、皇麗風塵雷迅セーディネスティアめいがつけられているわ。私の愛しのレスティーがセレネイアのために創り上げた剣よ≫


 厳密に言えば、レスティーが創り上げた剣ではない。フィアには細々こまごまとした説明をするつもりなど、もとよりない。


≪それゆえに、セレネイア以外には扱えないわ。と言っても、貴女の推察どおりよ。今のセレネイアに皇麗風塵雷迅セーディネスティアを使いこなすのは不可能ね≫


 ヴェレージャにしてみれば、いささか信じがたい内容だ。魔力がほとんどない人が、魔剣アヴルムーティオを扱うなど滑稽こっけい以外の何ものでもない。


≪少々理解に苦しみます。私がる限り、彼女はほとんど魔力を有していません。あの魔剣アヴルムーティオは、それでなくとも尋常ではない魔力を要求してくるはずです≫


 フィアはヴェレージャを一度視ている。だからこそ、彼女の力量も把握できている。


≪そのとおりよ。よく視ているわね。ならば、ヴェレージャ、貴女なら皇麗風塵雷迅セーディネスティアを使いこなせそうかしら≫


 一瞬、考え込む。


 ヴェレージャの有する魔力量なら、完璧にとはいかないものの、十分に使いこなせる可能性はある。問題は剣技だ。剣を振るう以上、扱ううえでの最低限の基本動作が必要となる。ヴェレージャはその剣技が無残なまでに駄目なのだ。


≪魔力面だけなら、問題ないかと。私は剣技が全く駄目だめなので、使いこなせないでしょうね。恐らく、十二将の誰もが同じ状況だと思います。私同様、彼らもまたどちらかに振り切った者が多いですから≫


 レスティーが、セレネイアをはじめとする三姉妹に皇麗風塵雷迅セーディネスティアを授けるには、れっきとした理由がある。特にセレネイアにとってはだ。無論、フィアも知っている。それを他者に話すつもりは全くない。


≪よく理解できているわ。だからこそ、皇麗風塵雷迅セーディネスティアは特殊な魔剣アヴルムーティオなのよ≫


 ヴェレージャに対するフィアの言葉はそこで終わりを告げる。続けてビュルクヴィストに直接話しかける。


「ビュルクヴィスト、もうよいわね。勝手に連れ出してきた手前、セレネイアをファルディム宮まで連れ帰るわ」


 ビュルクヴィストはうなづく代わりに、深謝しんしゃの礼を送った。ヴェレージャもディリニッツもそれに真似まねる。


「次はアーケゲドーラ大渓谷よ。貴方たち、分かっているでしょうね。その非力さのままでは、高位ルデラリズを相手にすれば確実に死ぬわよ」


 フィアの最後の言葉がとどめとなった。分かってはいたものの、真正面から辛辣しんらつな言葉を投げつけられると、思っていた以上の衝撃を受ける。


 セレネイアが三人の表情をうかがいつつ、フィアにだけ聞こえるように唇を動かす。


「フィア様、何もそこまでおっしゃらなくてもよかったのではないでしょうか。あれでは、ビュルクヴィスト様も、エルフのお二人も」


 フィアの言葉は、辛辣かつ容赦がない。決して相手をさげすむものではない。真摯に思ってのことからだ。だからこそ、厳しくも、心に直接響くのだ。 


「構わないわ。人は弱い生き物なの。あの程度のことで精神的に駄目になるようなら、はなから見込みなどないわ。戦いに来たとしても、むしろ邪魔になるだけよ」


 フィアの言いたいことも分かる。もう少し言葉を選んでもよいのではないか。それが、いつわらざるセレネイアの思いだ。


「貴女もよく覚えておきなさい。どれほど逆境に立たされようとも、跳ね返すだけの不撓不屈ふとうふくつの精神をもって立ち向かえるか。それが最も重要なの。そうすれば、今度は、人は強い生き物になれるからよ」


 フィアの含蓄がんちくのある言葉を、セレネイアが真剣な表情で反芻はんすうしている。


(この娘は、こういうところが生真面目きまじめすぎるわね)


 フィアは内心で苦笑を浮かべつつ、さらに言葉をつむぐ。


「セレネイア、私の愛しのレスティーから皇麗風塵雷迅セーディネスティアを授かったとはいえ、まともに使えるかどうかも分からない。だからこそ、ここまで連れて来て試してみたのよ。何も告げず、強制的に連れ出したことは謝るわ」


 僅かに頭を下げるフィアの姿が何とも新鮮に映る。セレネイアは驚きの表情をもって見つめている。不機嫌そうに顔をしかめるフィアが、何だか可愛く見える。


「何よ、その顔は。まあ、よいわ。貴女がアーケゲドーラ大渓谷の戦いで皇麗風塵雷迅セーディネスティアを完璧に使いこなせるとは思っていない。そのうえで、問うわよ」


 今回、セレネイアはフィアとビュルクヴィストの手助けを受けて、皇麗風塵雷迅セーディネスティアを二度にわたって、初めて行使した。完璧とは全く言えない威力でだ。


「貴女が放った威力は、本来の威力に比べて、どの程度のものだと思うかしら」


 小首をかしげる。最大威力を知らないセレネイアにとって、明確に答えられる問いではない。答えたとして、当て推量もよいところだ。二撃放った手応えと直感から判断するしかない。


「およそ」


 そこまで答えたところで、フィアが機先を制した。


「後にしましょう。そろそろ戻らないと。行くわよ」


 なぜ、最後まで聞かなかったのか。セレネイアには分からない。不安げな表情でフィアを見つめる。答えは返ってこない。


 お構いなしに、フィアの姿が次第に薄れていく。セレネイアの周囲に風が集い、優しく包み込んでいく。セレネイアは慌ててビュルクヴィストたちに視線を向けた。


「皆様、アーケゲドーラ大渓谷でお会いいたしましょう。では、お先に失礼いたします」


 今度は王族らしからぬ、セレネイアが誰にでも見せる気さくな態度で別れの言葉を発した。


「セレネイア殿、第一王女たる貴女がアーケゲドーラ大渓谷の戦いに赴くというのですか」


 驚きの眼差まなざしをもってヴェレージャが尋ねてくる。


 王族の者は、ややもすれば安全地帯に真っ先に逃げ込みがちだ。ゼンディニア王国だけは、例外中の例外と言えるだろう。


 ヴェレージャからしてみれば、途轍とてつもない魔剣アヴルムーティオを与えられているとはいえ、まともに使えないセレネイアが戦場に出向くなどあり得ない。


 しかも、高位ルデラリズとの戦いが避けられない可能性が高いのだ。正気の沙汰ではない。


「はい、もちろんです。王族たる私が行かずして、誰が行くというのでしょう。民を守ることこそ、王族の務めです。もはや、此度こたびの戦いは、ゼンディニア王国とラディック王国の戦いではありません」


 セレネイアの言いたいことは、二人にも即座に理解できた。


 敵はジリニエイユ、パレデュカル、そして魔霊鬼ペリノデュエズなのだ。それらを野放しになどできようはずもない。


「両王国とも、み込まれていくことは火を見るよりも明らかです。絶対に阻止しなければなりません」


 強い瞳をしている。ヴェレージャも横で聞いているディリニッツも、ようやくにして確信できた。巷間こうかんの噂は、眉唾まゆつばではなく、真実だったのだ。


(これがラディック王国が誇るセレネイア第一王女なのね。他の王族とは、明らかに一線を画しているわ)


 すかさず、横から口をはさんだのはディリニッツだ。


「セレネイア殿、貴女は王族、しかも重要な地位におられる。アーケゲドーラ大渓谷におもむけば、死ぬかもしれないのですよ。死ぬ確率が高いでしょう。貴女はそれでも」


 問いかけに、迷いなくうなづき返す。


「微力に過ぎないことは、私自身が重々承知しています。それでも、私には赴く義務があるのです」


 セレネイアの決意を前に、問うたディリニッツはもちろん、ヴェレージャでさえ言葉を失っている。


「時間よ、セレネイア。戻るわよ」


 フィアの言葉とともに姿が消えていく。完全に消え去る寸前だ。こちらに向かって頭を下げるセレネイアの姿が何とも印象的だった。


「どうでしたかな、セレネイア第一王女は」


 もくしたまま見送ったビュルクヴィストが、なか呆然ぼうぜんとしている二人に問いかける。その声で我に返ったか、先に応じたのはヴェレージャだった。


「どうにもあやうげに見えてなりません。ちょうど、私の妹がまとっている雰囲気と同じような感覚をいだきました」


 妹とは決定的に違う部分がある。ヴェレージャから見ても、セレネイアはいかにもはかなげで、守ってあげたくなる娘に思える。その中に、揺るぎなき確固かっこたる心が備わっている。


「十五歳というよわいで、王族の一員として、一人の女として立派すぎるぐらいですね。この先の成長を考えるまでもなく、様々な意味で恐ろしい存在になっていくのは間違いないでしょう」


 ディリニッツが疑問を感じたのか、ヴェレージャに尋ねた。

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