第134話:二人の助力

 三人ともに無言だった。当然とも言えよう。


 ヴェレージャとディリニッツにしてみれば、何のためにフィヌソワロの里までやって来たのか。


 クヌエリューゾを倒し、ラナージットへのむくいを受けさせる目的が成就できず、それどころか助太刀として同行してもらったエレニディールを奪われるという不手際だ。弁解の余地はない。


 ビュルクヴィストにしても、エレニディールの救出のために出向いたものの、あえなく失敗に終わった。かろうじてオペキュリナの託宣せんたくを奪い取れただけだ。


 黒きおりの解封に必要な書物を手に入れたことで、ビュルクヴィストは痛み分けという言葉を用いた。それが相応ふさわしいかと言えば、全くそうではない。自身がもっともよく承知している。


 意気消沈したままの三人の頭上から、突然声が降ってくる。


「何をしているのよ。だらしがないわね。いつまで落ち込んでいるつもりなの。心が折れたのなら、早々に家に帰りなさい」


 美しく澄んだ声だ。口調は辛辣しんらつそのもの、遠慮の欠片かけらもない。


 声の主の姿は見えないものの、ビュルクヴィストはそれが誰であるかを承知している。ヴェレージャとディリニッツも、一度きりとはいえ、忘れようのない声だった。


「フィア殿、そういじめないでいただけますか。これでも私たちは頑張ったのですよ。貴女からしてみれば、かもしれませんが」


 声が発せられた空に、風が集い、大気がかろやかに揺れる。吹く風は次第におだやかになり、やがて優雅な舞いとともに左右に分かたれた。


 人の姿ではない。全身が透き通るほどに淡く美しい薄青碧はくせいへきに染まっている。第一解放アペロフセリスィ状態のフィアの姿がそこにあった。


「頑張った、ね。それを言うなら、この娘の方よ。違うかしら、ビュルクヴィスト」


 フィアが振り返り、背後に隠れるようにしてちぢこまっている一人の娘を手招きする。もっと前に出なさい、という合図だ。


「そうでしたね。ご助力を心より感謝いたします。セレネイア第一王女」


 ビュルクヴィストが、真摯しんしな態度でセレネイアに向かって頭を下げる。その後ろでは、ヴェレージャとディリニッツが思わぬ展開に固まっている。もちろん、セレネイアとは初対面だ。


 ディリニッツに至っては、キィリイェーロの命でラディック王国まで呼び出されたものの、観察したいと思っていたセレネイアが運悪く倒れた直後で、その姿を見ることがかなわなかったのだ。


 胸前で剣を押しいだいているセレネイアの姿を見て、ヴェレージャもディリニッツも驚きを禁じ得ない。


 二人からしてみれば、小娘も同然だ。年齢はもちろんのこと、そのはかなげさからしても、これがうわさに名高いラディック王国第一王女セレネイアとはにわかに信じがたい。


「貴女が、ラディック王国第一王女セレネイア殿ですか」


 多分に疑問形だ。セレネイアは全く気にならない。そのように受け取られても仕方がないとも思っている。


 そもそも、セレネイアにしてみれば、何故なにゆえにこのような場所に連れて来られたのかも詳しくは聞かされていない。ファルディム宮で、フィアに皇麗風塵雷迅セーディネスティアを手渡され、一度は別れた。


 そこから時を置かずして再訪したフィアによって、強制的にここまで転移してきたのだ。フィアからは、一言も説明がなかった。ただ、魔剣アヴルムーティオに慣れるためという、それだけの言葉のみだ。


 転移先に到着するなり、指示されるがままに魔剣アヴルムーティオを二度にわたって行使した。


 一撃目は性能を確かめるという意図のもと、一振りで一筋の巨大な雷光を生み出し、それを四筋に分割したうえで標的を穿うがった。


 二撃目は最大威力を確かめるという意図のもと、一振りで繰り出せる最大威力をもって標的をえぐった。


 魔剣アヴルムーティオを扱うには、膨大な魔力が要求される。魔力をほとんど有していないセレネイアが、いかにして皇麗風塵雷迅セーディネスティアを行使できたのか。


 レスティーがセレネイアのために用意した皇麗風塵雷迅セーディネスティアは、実に特殊な剣なのだ。三姉妹そろってこそ、皇麗風塵雷迅セーディネスティアはその全能力を発揮する剣となる。


 レスティーは、剣能を三姉妹の特性に応じて割り振っている。つまり、剣の使い手は第一王女セレネイア、剣に魔力を込めるのは第二王女マリエッタ、魔力を込めた剣を標的に導くのは第三王女シルヴィーヌという役割を、それぞれに課しているのだ。


 此度こたびは、皇麗風塵雷迅セーディネスティアに慣れるという名目のもとセレネイアを連れ出している。実際は緊急事態だったわけだ。セレネイアは都合よく、フィアとビュルクヴィストに使われたことになる。


 その埋め合わせではないが、魔力を込め、誘導する役割は、当然のごとくフィアとビュルクヴィストがになった。


 マリエッタとシルヴィーヌを連れて来たところで、現状では何の役にも立たない。セレネイアが皇麗風塵雷迅セーディネスティアの力を知る意味でも、これでよかったのだろう。


(皇麗風塵雷迅セーディネスティアの威力は、この程度ではないのよ。今の貴女では、私とビュルクヴィストの力を与えたとしても、本来の二割程度しか発揮できないの。完璧に使いこなすには、まだまだ時間がかかるわね)


「はじめまして、ディリニッツ殿。私がラディック王国第一王女セレネイアです」


 優雅な仕草で挨拶してみせるセレネイアに、ディリニッツは感嘆かんたんの声を上げていた。


「いかにも王族らしい振る舞いですね。今しがたまで、フィア様の後ろで隠れていた貴女の姿とは、まさに好対照ですよ」


 セレネイアが苦笑を浮かべている。ディリニッツはラナージット同様、思わず庇護欲ひごよくき立てられている。もちろん、そのような態度はおくびに出さない。


(全く男ときたら。可愛らしい娘を前にすると、すぐに鼻の下を伸ばすのだから。手に負えないわね)


 ヴェレージャにはすっかり見透かされている。彼女はなかば挑むような視線をセレネイアに投げかけている。


 真正面から受け止めているセレネイアは、一向に動じない。これまでにも、このような視線にさらされてきたからだ。


「はじめまして、ですね。美しいエルフの方、お名前をお聞かせくださいますか」


 剣を手にする姿は、いかにも頼りない少女に見える。この堂々たる立ち居振る舞いは、さすがに第一王女と認めざるを得ない。


 彼女は彼女なりに、想像もつかないほどの苦労をしてきたのだろう。そう思うと、おのずと彼女に対する態度を改めるしかない。ヴェレージャは少しずつセレネイアを気に入りつつあった。


「はじめまして。セレネイア殿。私はヴェレージャ、ゼンディニア王国十二将序列三位にその身を置く者です。まずは、貴女の助力に感謝いたします」


 エレニディールを連れ去れてしまうという、実に後味の悪い残念な結果になってしまったものの、魔霊鬼ペリノデュエズの侵入による故郷の壊滅はまぬかれた。それはひとえにセレネイアのお陰なのだ。


「魔力柱の起点を破壊したすさまじい雷光は、貴女が手にするその剣によるものですね」


 セレネイアがいとおしそうに抱える皇麗風塵雷迅セーディネスティアを指差す。ヴェレージャには、はっきりとえているのだ。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアから、おさえきれないほどの魔力があふれている。人では完璧に使いこなせないであろう、膨大な魔力を秘めた剣であることは一目瞭然だ。


(魔剣アヴルムーティオに違いないわ。視たところ、ほとんど魔力を持ち合わせていないセレネイア殿が使いこなせるとは思えないわね。フィア様が授けたのかしら)


 ヴェレージャは思案しつつも、セレネイアを、皇麗風塵雷迅セーディネスティアをじっと観察する。そこにフィアの声が届いた。

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