第130話:オペキュリナの託宣
一人の男が
いつもの
「魔術高等院ステルヴィア院長ビュルクヴィスト殿」
ディリニッツが
それに関しては、大いに感謝しているものの、
「警戒させてしまいましたか。申し訳ないことをしましたね。ご覧のとおりです。敵意は全くありません。お久しぶりですね、ディリニッツ殿。そして、そちらのお嬢さんはヴェレージャ殿でしたね」
ビュルクヴィストは
何しろ、魔術の発動は口さえ動かせるなら可能だ。そうは言っても、あのステルヴィアの院長だ。あざとい真似をするはずもない。
「ビュルクヴィスト殿、改めまして、十二将が一人ヴェレージャです。こうして言葉を交わすのは初めてになります。以後、お見知りおきください。また、貴殿には大変感謝しております。私の可愛い部下、エランセージュの指導を引き受けてくださいました」
柔らかな笑みを絶やさず、ヴェレージャの言葉に静かに耳を傾けている。
「これはご丁寧に痛み入ります。エランセージュ嬢は、貴女の部下でしたね。彼女は実に優秀です。ただ、少しばかり自信を失っていたようですね」
本来ならば、ゼンディニア王国内、もっと言うなら十二将内で解決できればよかった問題だ。ザガルドアはそれができないと判断した。だからこそ、本音では頼みたくもないビュルクヴィストに頭を下げて、エランセージュの指導を依頼したのだ。
ヴェレージャは
エランセージュは感情を表に出さない。言葉数も少ない。悩みは、大別すると二種だ。他人に相談して最適解をもらうことで解決するもの、自分自身の内面で突き詰めて自力で解決するものの二つだ。
ヴェレージャは考えていた。前者が必要になり、エランセージュから相談されたなら、いつでも適切な解答を与えられる。また、後者なら、それは己に自信があるかどうかの問題だ。
いずれにせよ、時が解決してくれるだろう。ここに大きな認識の差異があった。二人にとっての、時の流れだ。ヴェレージャはエルフ属、エランセージュはヒューマン属、生きている時間がそもそも違う。
ヴェレージャの言うところの時の流れは、すなわちエランセージュにとっての寿命にも等しい。悠久の時を待っているわけにはいかないのだ。
「時間もありません。私がここに来た理由からお話しておきましょう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
左膝を大地に落としたまま、エレニディールは何とか耐えている。力を奪われ続け、立ち上がる力は残されていない。頼みの魔術も、今や完全に封じ込められている。万事休すだった。
「魔力柱による結界は、長時間持続できるものではありません。邪魔が入るとは思えませんが、万が一の可能性をも排除するのがこの私です。貴男の意思を無視するのは
右脇に抱えていた書物を再び両手で持ち、開く。
「やはり、オペキュリナの
「そのとおりです。古の魔術師ゾンゴゾラムが書き
クヌエリューゾが手にするオペキュリナの託宣には、人を堕落させ、
「私が読み上げる啓示に
クヌエリューゾが最もふさわしい一節を見つけ出す。唇がまたも震える。
「暗き神々はかくのごとく
影に
控えし
暗き神々はかくのごとく仰せられた。
我が意を受けたる者どもに言葉なきはいかなる
控えし下僕ども、言葉発するも神々の意に沿わず。
暗き神々はかくのごとく仰せられた。
価値なき愚者は
黒き
高らかに読み終えた。クヌエリューゾがゆっくりと書物を閉じる。エレニディールに絶望を味わせるために、あえてそうしたのだ。
「エレニディール、私と共に参るとしましょう」
東西南北に配された魔力柱から、およそ幅三メルクの魔力壁が押し寄せる。それぞれの魔力壁が結合、正立方体の檻を形成する。
エレニディールの四方は、完全に閉じられている。脱出経路として残されたのは、頭上のみだ。立つことさえ
魔術が封じられている以上、脱出は不可能だ。今のエレニディールにできることは、ただ一つだけだ。全ての魔力を、魔術行使に向けるのではなく、
(我が友レスティー、また貴男に頼ることをお許しください。どうかお願いいたします)
エレニディールの残った魔力、その全てを宝珠が吸収していく。
握り締めた宝珠が
「エレニディール、貴男は永遠なる新生エルフ王国で私とともに歩むのです。その訪れはもうまもなくです。楽しみですよ」
エレニディールを閉じ込めた魔力柱による黒き檻は、フィヌソワロの里の内外を
外部から破壊することはもちろん、エレニディールの魔力がたとえ全快したとしても、内部から破壊することもできない。
黒き檻の封を解く方法はただ一つだ。クヌエリューゾが手にするオペキュリナの託宣に記された、とある一文を口にする、それしかない。
「いざ、神の
黒き檻が、
「ふむ、いったい誰が。考えたところで、意味はありません。既に、私の使命は、
クヌエリューゾの右手が黒き檻に向かって差し出される。浮かび上がった黒き檻は、先ほどの衝撃により大地に戻っている。それが再び上昇を始める。
絶対に壊してはいけない宝物が収められているかのごとく、ゆっくりと静かに天に昇っていく。
「待ちなさい、クヌエリューゾ」
ヴェレージャが叫ぶ。魔力柱による隔絶結界が消滅すると同時、ディリニッツはヴェレージャを伴い、
ビュルクヴィストは、と言うと、ディリニッツの
ビュルクヴィストの目的はクヌエリューゾなどではない。あくまでも弟子たるエレニディールの救出にある。操影術に頼る必要もなかった。
魔術転移門以外の移動術を複数持っているビュルクヴィストが、その一つを行使する。ディリニッツたちが影から出るのに合わせて、彼は黒き檻の背後に姿を現していた。
(これは完全隔絶結界ですね。私でもこれを外から破壊するのは不可能です。解封条件は)
ビュルクヴィストの視線が、クヌエリューゾの持つ書物に注がれる。
(何というものを、持ち出してくれたのですか)
まさしく、
ビュルクヴィストは、己の
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