第127話:決着間近

 クヌエリューゾと対峙たいじするエレニディールは、次第に身体の重さを感じるようになっていた。


 刻一刻と変化している。エレニディールはひそかに体力を奪われ続けているのだ。短時間で一気に、といった極端な変化ではない。


 それなら、すぐさま察知され、対抗されてしまう。慎重に時間をかけて、実感できない程度でむしばんでいるのだ。


 気づいた時には既に遅し、という状況を作り上げる、クヌエリューゾの巧妙な罠だった。


 用意周到なクヌエリューゾは、フィヌソワロの里全域を対象にして、念入りに大規模な仕かけをほどこしている。


 長老代替わりの儀式に、反対勢力が必ずやって来るだろうそなえとして、また己を倒せる可能性のある者がやって来るだろうことを見越してだ。


「エレニディール、何とも遺憾いかんですよ。貴男の才を失うのは、私とて本望ではありません。私と貴男の道が決して交わらないのであれば、残された手段は一つしかありません」


 クヌエリューゾは、背後の大地に突き刺したままの二対一体の湾刀を呼び寄せる。意思に従って、湾刀が両手に収まる。


「何をするつもりですか」


 エレニディールが尋ねるも、クヌエリューゾはただ不敵な笑みを浮かべるのみだ。


 突如、天が荒れた。里の入口付近、その上空だ。すさまじい勢いで、風が巻き上がり、収束していくのが離れたここからでも感じられた。


(風爆閃迅竜皇滅ノヴィシフィニエレを使ったのですね)


 ヴェレージャの切り札とも言える最上級魔術だ。よもや、これほどまでに早い段階で行使するとは、エレニディールにとっても予想外だ。


(使わねば、倒せない敵が立ちはだかったということですね。あの禍々まがまがしさからして、魔霊鬼ペリノデュエズで間違いないでしょう)


 エレニディールの表情が明らかに曇った。最悪のうえに最悪を重ねたかのような現状に、気が滅入めいってくる。


 フィヌソワロの里のために、ここで折れるわけにはいかない。スフィーリアの賢者としての意地でもある。


「クヌエリューゾ、フィヌソワロを破壊するつもりですか。魔霊鬼ペリノデュエズを使役するなど私には理解できません。それも貴男の神とやらからの贈り物ですか」


 ここまで余裕と嘲笑ちょうしょうの姿勢を崩さなかったクヌエリューゾが、初めて動揺したように見えた。それも一瞬だ。


「これだから貴男は恐ろしいのです。やはり見抜かれてしまいますか。何とも勿体もったいない。貴男の頭脳がここで消えてしまうのは、大いなる損失です」


 湾刀を両手に取ったクヌエリューゾが、その柄頭つかがしら同士を胸元で合わせた。耳障みみざわりな音が響く。


 それを合図として、互いの柄頭がなめらかに接合していく。柄は一繋ひとつながりとなり、片手でも両手でも扱える双刃剣そうじんけんと化す。


 双刃剣は剣二本分の重量となる。本来ならば、膂力りょりょくある者が使用するべき剣であり、その攻撃方法も槍のように振り回すか、突き刺すかぐらいしかない。しかも、下手な使い手だと自身をも傷つける危険がつきまとう。


「膂力のない私が双刃剣を持ったところで、武器になりません。宝の持ち腐れとでも言いましょうか。さぞや滑稽こっけいうつるでしょう」


 エレニディールの考えを読んでいるかのごとく、クヌエリューゾが言葉を続ける。


「この剣で、いったい何をしようとしているのか。特別にお教えいたしましょう。私は親切ですからね。特に貴男に対してはね」


 右手一本、軽々と双刃剣を持ち上げると、たくみに旋回せんかいを始める。先ほどの言葉とは裏腹、華奢きゃしゃすぎるクヌエリューゾが剣を、しかも双刃剣を振り回す姿がどうしても想像できない。


 眼前の光景は幻影ではない。現実だ。エレニディールは、間違いなく来るであろう攻撃に備えた。


(来るとしたら、間接攻撃ですね。大地に施した仕かけがどれほどのものか。それ次第では、ヴェレージャを待つわけにはいきません。ここでクヌエリューゾを止めます)


 クヌエリューゾの相手をするのは、ヴェレージャとディリニッツのはずだった。エレニディールの役割は、その取り巻き四人衆を倒すことだ。今や完全に逆転してしまっている。


(ふむ。一人、倒されてしまいましたか。中位シャウラダーブとはいえ、連れてきているのは雑魚ざこばかりです。倒されたところで痛くもかゆくもありません)


 そして、クヌエリューゾにとっては最高の結果となっている。その事実がまもなく判明する。


(エレニディール、覚悟してもらいますよ)


 双刃剣を旋回させる速度がさらに激しくなっていく。刃が空をたびに大気を揺らす。揺れは速度に比例して、その強さを増していく。小さな波が衝撃波にまで達しようとしている。


「エレニディール、これが私の力です。膂力のない私がみ出した魔術と香術こうじゅつの複合術です。この双刃剣をテピンシュルヴと呼びます」


 これまでは、魔術のみをやいばに付与してきた。そこに、さらに香術をも付与できるように改良に改良を重ねて編み出したのが、クヌエリューゾの複合術なのだ。


「魔術付与により重さはほぼないに等しく、香術付与によりその効果は」


 旋回が止まった。衝撃波が全方位にけ抜けていく。


「さあ、貴男たちの命を私に、私の神にささげるのです」


 三方向、北と東、西から同時に背筋がこおるような叫声きょうせいが上がった。ここからでもはっきりととらえられる。


 間髪かんはついれず、咆哮ほうこうが響き渡る。


「聞こえてきたのは三方向、まさか魔霊鬼ペリノデュエズを同時解放」


 旋回によって生み出された衝撃波には、香術による遅効性致死毒ちこうせいちしどくが付与されている。


 クヌエリューゾは、フィヌソワロの里を囲むようにして、東西南北に取り巻き四人衆を一人ずつ配置していた。


 南はいわゆる正門、唯一出入りがどちらも可能になっている。他の三門は里から出る者のためにのみ使用される。


 正門で待ち構えていた弓使いの一人は、ヴェレージャとディリニッツに追い込まれ、中位シャウラダーブ変貌へんぼうするも、倒されてしまった。


 残り三人は戦闘こそなかったものの、クヌエリューゾの戦術により、その命を散らした。クヌエリューゾにとって、取り巻き四人衆も所詮しょせん凡庸ぼんような者であり、使い捨ての駒にすぎない。


 もともと、彼らの命はクヌエリューゾのためだけに存在し、贄にする以外の使い道はなかったのだ。


「そのまさかですよ。一人は既に倒されていました。ヴェレージャには大いに感謝しなければなりませんね。私の手をわずらわせることなく、死していしづえになってくれました。願ったりかなったりですよ」


 残り三人は、今まさにその命を魔霊鬼ペリノデュエズの核に注ぎ込まれたのだった。


 三体の魔霊鬼ペリノデュエズが誕生する。エレニディールの焦燥しょうそうは頂点に達している。


 ヴェレージャとディリニッツだけでは、三体を相手にし、さらに全て倒すのは至難しなんわざだ。一体倒すために、ヴェレージャが風爆閃迅竜皇滅ノヴィシフィニエレを行使したことからも明白だった。


 エレニディールは迷った。いったんクヌエリューゾを捨て置き、ヴェレージャたちのもとへ駆けつけるか。あるいは、まずは元凶たるクヌエリューゾを倒すか。


 意外にも助け船を出したのはクヌエリューゾだった。


「エレニディール、どうかご安心を。貴男が助けに向かう必要は全くありません。なぜなら、あの魔霊鬼ペリノデュエズどもも、すみやかに滅びる定めにあるのですからね」


 取り巻き四人衆が捨て駒なら、彼らの命を食らって誕生した魔霊鬼ペリノデュエズも、また捨て駒にすぎない。クヌエリューゾにとって、人も魔霊鬼ペリノデュエズも、目的を果たすための単なる手段でしかないのだ。


「全ては、貴男のためなのです。エレニディール、だから貴男はほこりに思ってよいのですよ」


 理解不能だ。いったい、何をもって誇りに思えというのか。エレニディールは何度かかぶりを振ると、気持ちを落ち着かせる。


 ヴェレージャたちを助けに行かずに済むなら、すべきことはただ一つだ。クヌエリューゾを倒す。


 エレニディールは冷静のうちに詠唱に入る。もちろん短節詠唱だ。


「ファーレ・ルーフィノ・フレリィ・ルヴァイアラ

 凍嵐舞とうらんぶいだきて氷結に閉じよ」


 最も得意とする水氷系魔術を行使する。この場にいる限り、魔術効果は半減される。通常なら、上級魔術の凍嵐氷舞パラスフィーユ事足ことたりるだろう。


 エレニディールは詠唱改変により、広範囲で効力を発揮する凍嵐氷舞パラスフィーユの規模を縮小、その分の魔力を威力に上乗せしたのだ。


 これにより、威力はほぼ通常の倍近くにまで跳ね上がる。魔術効果半減と相殺そうさいできるほどに。


「クヌエリューゾ、貴男を止めます」

「エレニディール、やれるものならやってみなさい」


 二人の視線が激しくぶつかり合う。エレニディールは躊躇ためらいなく魔術を発動した。

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