第110話:異次元の戦いとは
先ほどとは逆だ。興味深そうに、こちらの様子を見守るもう一人に向けて、軽く手を振ってみせる。
「仕上げを頼めるか」
仕方がないわね、といった表情を浮かべつつも、どこか嬉しそうに見える。
「フィア、こちらにいらっしゃい」
「駄目よ。やりにくくなるわ。そのまま立っていなさい」
左右の腕輪に両手が振れる。細い指が、たおやかに
他の武具と同様、紋様にも文字にも似た細かく小さなものが複数浮かび上がり、
「終わったわよ。揺らめきが収まれば、
「効力とその使いどころは、レスティーなら分かるであろう。一度、力を解放したならば、ファレンフィアはほぼ無敵となる。その分、反動もまた大きい。
言外に、そこはレスティーのことだ。全く不要な心配だろうが、という思いが
「フィアは、何があろうとも私が守ります。二度と、あのような思いはしたくありませんから」
記憶の彼方、あの時に戻れたらどれほどよいだろうか。それは無理な話でもある。
「レスティー、過去を忘れてはいけない。過去に
結果として、たとえようのない悲劇が起きてしまった。それでも前を向いて進まなければならない。
この先、また同じようなことが起こりうる。その時になって、過去の教訓が活かされるか
「悲しみで、塗り
「姉上、少しだけ」
それ以上の言葉は不要だった。
「いらっしゃい、レスティー。フィア、貴女も一緒に。
レスティーは、深い愛を変わらずに注ぎ込んでくれる姉に心の底から感謝している。
姉上、兄上と呼んではいるが、血の
「レスティー、しばらく相手をしてやってくれ。その間に、私はそれを
指差したのはラ=ファンデアだ。レスティーが視る以上に、はるかに
「兄上、申し訳ございません。過去の使い手のあまりの未熟さ
当然の結果だ。
「ラ=ファンデアをはじめ、九振りの
そのうちの幾振りかを、人族に下賜した際、能力を最低限に絞り、
「人族が扱うには、あまりに過ぎた能力なのだ。やむを得まい」
レスティーはラ=ファンデアを
「ファレンフィアは新たな力を手にした。ラ=ファンデアも全面的に手を入れてみよう」
そこに、なぜかフィアがやって来る。言葉はないが以心伝心だ。
「早く行ってやれ。そなたがいない時のあれときたら、だからな」
声を
「何か言ったかしら」
いつの世も女が強い。二人は同時に苦笑を浮かべた。
「兄上、よろしくお願いいたします」
フィアと共に姉の待つ場所にまで移動する。レスティーが足を踏み入れた瞬間、周囲の光景が一変した。
草花が咲き誇る緑の草原が一転、広大な荒野に走る断崖絶壁の地になっている。底が見えないほどに深く、切り立った
モルディーズが解説したとおりの地形、アーケゲドーラ大渓谷だ。
今、レスティーたちが立つのは、谷底からおよそ八千メルクにも達する最高地点だった。平らな部分は皆無だ。その全てが
あまりに空気の密度が低すぎて、呼吸にさえ支障をきたす劣悪極まる環境だった。すなわち、ここでの人族による戦闘は不可能だということだ。
「さすがは姉上です。再現してくださったのですね。主物質界に戻ったら、この目で見ておかねばと思っていたところでした。これがアーケゲドーラ大渓谷ですか。ここならば、誰の邪魔もなく、今度こそあれを滅ぼせるでしょう」
再現したアーケゲドーラ大渓谷は現在の姿だ。次に、今から数百万年前の姿を示す。
「この程度までなら地形を変えてしまっても構わないわ。母上に代わって、私が許可します。レスティー、今度こそ全ての核を破壊、
数百万年前の地形は、レスティーの脳裏に投影されている。
お墨つきを得た今、レスティーには好都合だった。高度はもちろん、足元がどうであろうと戦闘に及ぼす影響は一切ない。むしろ、誰も近寄れないほどに不利な地形の方が全力を出せるというものだ。
全力といっても、それは主物質界における、という意味だ。
「レスティー、始めましょう。久しぶりに、可愛い弟の全力が見たいわ。そうね、真の力、どの力を使っても構わないわよ。この姉が受け止めてあげるわ」
「姉上の胸をお借りいたします。遠慮なく、全力でいきます」
始まった。
初手はレスティーに
魔力が瞬時に凝縮、
三剣匠の一人、ルブルコスが愛用する
凍狼のそれは白銀の氷牙であるのに対し、氷雪狼のそれは水氷系最上級に分類される魔術、そしてあらゆるものを凍結させる吐息だ。
十二体の
極限に近い域での魔術戦闘だ。動作に入ると同時、魔術が即時発動する。時間の空白など存在しない。
「ふふ、さすがにレスティーね。初手としては、申し分ないわよ。でもね、私には通用しない」
レスティーとの手合わせが、よほど嬉しいのか、
迫り来る最上級魔術、吐息のいずれもが、無に
勢いは止まらず、レスティーが出現させた十二体の
「楽しませてくれたお礼よ。今度は私からいくわよ」
先ほど動かした指を、今度は逆になぞって、もとの位置に戻す。刹那、レスティーの周囲の空間が漆黒に塗り固められた。
頭上に四星、足元に四星、全ての星を結ぶ軌跡が
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます