第109話:レスティーと二人の創造主

 剣身が揺らめき、仮初かりそめはがねが切っ先から風へとかえっていく。還った風は、渦を巻き上げながら人形ひとがたを作り出していく。


 フィアはフィアでも、容姿はこれまでと異なる。


 第一解放アペロフセリスィで見せるフィアは、全身が透き通るほどに淡く美しい薄青碧はくせいへきだ。衣服をまとっていても、一体化しているため見分けがつかない。彼女の容姿は人族のそれではなかった。


 それが、この場におけるフィアは完全人化しているのだ。


 フィアは完全顕現けんげんすると、すぐさまひざまづき、深々とこうべを垂れる。言葉はない。ないが、ある。聴覚でとらえられる音になっていないだけだ。


「フィア、姉上の御前とはいえ、そこまでかしこまる必要もない。私のそばに」


 フィアの手を取って、なかば強引に立たせる。細い腰を抱き寄せ、フィアのための椅子に着座させた。


「姉上、お手数をおかけします。フィアのために椅子をご用意くださり、感謝いたします」

「構わないわ。それに、この子とは何百年ぶりになるかしら。美しさは変わらない。さらにみがきがかかっているわね。そう、これもひとえにレスティーへの愛かしらね」


 口元を軽く隠しながら微笑む。美の輝きとでも言うのか、後光が差しているかのような錯覚をいだく。


 フィアは、恥ずかしさから顔を赤らめている。声の主からの言葉を嬉しく思いつつも、決して視線を合わせようとしない。直接目を見るなど、あまりにも畏れ多いからだ。


「ファレンフィア・メレイ・ウィデネザンテ、なんじ真名まなを我が手に従えて、ここに我を見上げることを許可します。おもてを上げなさい」


 フィアに言葉をかける直前、声の主はレスティーに確認の意を込めて尋ねていた。決してフィアには届かない、二人だけの心伝しんでんだ。


≪フィアにとって、姉上は絶対的存在です。そのような姉上を前にして、顔を上げるなど不敬極まりないと考えています。このままでは永遠に頭を下げたままでしょう≫

≪分かったわ。ふふ、可愛い弟の頼みだものね。それにしても、この子のこういうところは変わらないわね。私も、嫌いではないわよ≫


御身おんみ御心みこころのままに。つつしんで」


 フィアがようやくにして顔を上げた。


「私もレスティーと同じように、貴女をフィアと呼ぶわね。真名で縛りつけるなど、無粋ぶすいな真似はしないわ。安心しなさい。フィア、これからもレスティーのそばにいてくれると嬉しいわ」


 恐る恐るフィアが言葉を発する。


「私が、傍にいても、よろしいのでしょうか。そうあり続けたいと、願っております。私の存在そのものが消えてなくなる、その時まで」


 声の主の表情がわずかに曇った。


「貴女が少しうらやましいわね。本来であれば、私こそがレスティーの傍にいるべきなのよ。私はレスティーの姉なのですからね。そうは思わない」


 少し伏し目がちな表情も、また蠱惑こわく的だ。


「残念ながら、私はここを離れられない。おのが自身に課した使命のためにね」


 口調から一抹いちまつの寂しさが感じられる。フィアだけでなく、レスティーも同様だった。


「姉上、私の心は常に姉上と共に。母上様から与えられた使命を果たすまでは、必ずここに戻ってきます。姉上に会うために」


 そこに突如として頭上から声が降ってきた。


「レスティー、ファレンフィア、迷惑をかけているな。いつものことだから許してやってくれ」


 フィアには全く気配を感じ取れなかった。もはや条件反射か。即座に椅子から離れ、再びひざまずく。


「私にも不要だ。さあ、ファレンフィア、今一度座りなさい」

「フィア、兄上もあのようにおっしゃっている」


 気後れしているフィアがようやく立ち上がる。視線を下げたまま、着座するものの、居心地が悪くて仕方がない。


 それよりも、まずは礼を述べなければならない。フィアは慌てて、その言葉を口にした。


「創造主様に、心より感謝を申し上げます」


 二重の意味がある。ここにいる誰もが承知している。ゆえに、それだけで十分だった。


「ファレンフィア、私からも頼む。これからも、レスティーの力になってやってくれ」

「いきなり出てきて何なのかしらね。せっかく、私とレスティー、二人の時間を楽しんでいたというのに。無粋ぶすいな男は嫌われるわよ」


 不機嫌さをあらわにして、敵意もさながらに横目でにらみつける。


 レスティーをはさむと、いつもこうだ。刺さるような視線を、いとも簡単に受け流すと、虚空こくうに軽く右手を走らせた。


「レスティー、此度こたびの戦い、大儀たいぎである。可愛い弟からの依頼だ。私もこたえねばな」


 宙に浮かぶは、二十の武具だ。


 武器は剣、槍、弓、斧がある。剣は剣でも、剣身の長さ、幅、片刃かたは両刃もろはかなど、全てにおいて形状が異なっている。他も同様だった。防具は鎧、兜、盾の他、装飾具も見られる。


 等しく言えるのは、複雑な文字とも模様とも判別できないものが刻まれていることだ。用途は全く分からない。いったい誰のための武具なのか。レスティーのみぞ知る、神のみぞ知るだ。


「兄上、此度は私情で無理難題を突きつけてしまい、大変申し訳ございません。さすがは兄上です。これほどまでに完璧で美しい武具は、いまだかつて見たことがありません。感謝いたします」


 兄と呼ばれた主は鷹揚おうよううなづいてみせた。


「次は、私ね。レスティー、何を望むのかしら」


 こうして、二十の武具は完成するに至った。


 それぞれが神々こうごうしいばかりのきらめきを放ち、色を有している。視覚ではとらえられない、隠された色でもある。


 まるで生命をさずけられたかのごとく、共鳴しあうもの、反発しあうもの、孤立するものなど、様々な表情が見え隠れしている。


「ねえ、私の愛しのレスティー。これらをどうするつもりなの。過ぎた力は、身を滅ぼすわ。到底、人が扱えるものではないもの」


 フィアの指摘はもっともだ。過ぎたる力は、人を容易たやすく変えてしまう。善のために使うならまだしも、逆となると、なまじ強力すぎるがゆえに多大な犠牲を生み出しかねない。


「その懸念けねんは当然ね。人族は、いまだに愚か者が多いのも事実よ。貴女の危惧きぐは、ほぼ現実となるでしょう」


 あとはどうぞ、とばかりに手を軽く振って、もう一人に説明を委ねる。慣れてしまっているのか、引き取ったところから続ける。


「何の備えもなく、これほどに強力な武具を下賜かしするはずもなかろう。ファレンフィア、そなたが一番よく知っているではないか」


 他ならぬ、ラ=ファンデアを作ったのは、紛れもなく語りかけている創造主なのだ。そして、真の意味でフィアを解放できるのは、レスティーしかいない。


 これら二十の武具も同様なのだ。


「レスティー以外の者が手にするには、レスティーが認めなければならない。しかも、その能力は微々びびたるものに限定される。人族の力の底上げには、十分であろうがな」


 武器ならば、中位シャウラダーブごときは紙屑かみくずのごとく、高位ルデラリズであろうと数振りで倒せるだろう。防具ならば、魔霊鬼ペリノデュエズの浸食を完璧に封じ込められる。


迂闊うかつでした。私のご無礼な発言をお許しください」


 またもちぢこまってしまうフィアを気の毒に思ったか。レスティーではなく、彼から兄上と呼ばれた創造主がフィアの髪に優しく触れた。


「そう委縮するでない。レスティーではなくて済まないが、許せ。我らにとっても、ファレンフィア、そなたは可愛い子なるぞ。いつくしむは自然なのだ」


 身体が熱くなっていく。触れられた部分から、何かが注ぎ込まれたかのように全身をけ巡る。


 レスティーの目には、明瞭めいりょうえている。一巡した流れがフィアの左右上腕部で凝縮されていく。それは緑翆りょくすいの輝きを放ちながら、軌跡を描き、あるものを作り上げていった。


「兄上、よろしかったのですか。フィアに、このような贈り物を」

「構わぬよ。可愛い弟とファレンフィアのためだ。左右一対の腕輪、緑風の腕輪エルンディゼリという」

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