第104話:束の間の別れ
相当に無理をしていたのだろう。小屋に戻るなり、ラナージットは倒れ込んでしまった。すかさずヴェレージャが
「ディリニッツ、急いで。かなりの高熱だわ。すぐに治癒術を
小屋の中とはいえ、警戒は
「大丈夫だ。異常はない。俺が先に入る」
ディリニッツに誘導されて、ヴェレージャも室内に足を踏み入れる。
空気がやけに
(なるほど、そういうことなのね。
「どうした、ヴェレージャ。早くラナージットを寝かした方がよいぞ」
急に呼びかけられたヴェレージャが、意識をラナージットに戻す。高熱のためだろう。額には大粒の汗が浮かんでいる。ぐったりしたままの彼女の身体を優しく横たわらせる。
「こちらに、来なさい」
「ディリニッツ、
多くを語る必要はない。ディリニッツも優れた魔術師の一人だ。言外の意味をすぐに
「任せろ。お前はこれを飲んで、万が一に備えておけ」
小瓶に入った
かつては、
「ラナージットを治癒しなさい」
ラナージットの頭部から足先までを覆った光が、ゆっくりと浸透していく。
「害意はない。光の質にも問題はなかった。単純治癒力が正常に働いている」
「そう、それなら安心ね。よかったわ」
返事もそこそこに、ヴェレージャが室内の片隅を凝視している。
「召喚の
ラナージットの
「お前なら気づいていると思ったからな。あえて言う必要も感じなかった」
意外そうな目を向けるディリニッツに、ヴェレージャは弁解もせず素直に答える。
「私は、気づけなかったわ。悔しいわね。魔術に関しては私の方が何でも上、なんて思ってはいないけど、見抜けなかったのは痛恨の極みよ。ラナージットを守るための召喚だったからよかったものの、その逆だったらと考えると、ぞっとするわ」
ディリニッツも同感だった。あの時、即座に対応しなかったのも、問題ないと判断したからだ。何より対応できない力であってもレスティーがいた。心配する要素は一切なかったのだ。
「俺たち魔術師は、最大限かつ細心の注意を払わねばならない」
一方で、ほとんど目を向けられない側面もある。魔術師にとって、魔術の行使は何も直接的なものに限らないのだ。
「魔術師にとって、あらゆる局面を想定、脅威の
ヴェレージャは静かに首を横に振り、言葉を発する。
「そんなことはないわ。むしろ貴男にお礼を言いたいわ。私も、今回のことでまだまだだと気づかされたもの」
ヴェレージャは視線を落とし、ラナージットの寝顔を見つめた。その額に手を当ててみる。どうやら治癒の効果が発揮したのだろう。高熱は収まり、幾分か表情が
「ラナージット、貴女の人生を狂わせた男は、必ず私とディリニッツで始末するわ。それで貴女の人生が元どおりになるわけではないけど、これは貴女だけでなく、私たちにとっても必要なけじめよ」
額に置いていた手に、ラナージットの手が重なった。
「ヴェレージャお姉さん、ディリニッツさん、私のために、有り難うございます。また、会いに、来てくれますか」
二人の声が重なる。
「もちろんよ」
「もちろんだ」
戦いの地より必ず戻ってきて、元気になったラナージットを故郷フィヌソワロに連れて行ってやろう。妹と会わせるのもよいかもしれない。ヴェレージャはその思いをいっそう強くした。
「ヴェレージャ、そろそろ行くぞ。陛下より十二将全員に対して招集がかかった。恐らくは、お前がパレデュカルから聞いた内容について話されるのだろう。これから忙しくなるぞ」
このままラナージットを一人にしてしまってよいのだろうか。ヴェレージャの不安げな表情から察したのだろう。
「ヴェレージャお姉さん、私は大丈夫です。行ってください」
「ラナージット、貴女。ええ、分かったわ。行ってくるわ」
葛藤がなかったわけではない。国王からの十二将招集であろうとも、ラナージットに
ラナージットはヴェレージャの心中を察したのだろう。だからこそ、送り出す言葉を先に口にしたのだ。
「必ず会いに来るわ、ラナージット」
ディリニッツも、ラナージットに視線を向け、黙したまま頷く。
ディリニッツが展開した影の領域に入る。
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