第101話:パレデュカルとディリニッツ
発動は即時だった。光が銀色の
「魔力遮断結界だ。もはや、お前に用はない。異界へ
ディリニッツの声はもちろん届かない。言語体系が異なるのは当然、術者であるパレデュカルからの魔力供給も絶たれているからだ。
黒小球の
ディリニッツは、ラナージットに向けた意識を
「ヴェレージャ、もう大丈夫だ。ラナージットを頼む」
言われるまでもない。ヴェレージャはラナージットに向かって
ラナージットは立ち
「待てせてごめんね、ラナージット。貴女の
ラナージットを
「お姉さん、ヴェレージャお姉さん」
一つはラナージットがこの恐怖に耐え、身体の中の精霊を守り抜いたことだ。もう一つは限りなく個人的事情というものだ。ラナージットからお姉さんと呼ばれたことにある。
ヴェレージャに妹がいることは既に述べた。姉妹関係は複雑だった。妹にとって、優秀な姉は自慢でもあり、また
幼い頃はお姉ちゃん、お姉ちゃんと常に後ろをついて回る可愛い妹だった。それが成長するに従って、少しずつ距離を置くようになった。
ことあるごとに優秀な姉と比較され、姉に対する劣等感は
ヴェレージャが早くにフィヌソワロの里を出た理由の一つに、自分がいなければ比較されることもないだろうという、手前勝手な妹への配慮がある。
それは、正面から妹と向き合うことからの逃避でもあり、今なおヴェレージャの心に後悔の念を刻み続けている。
ラナージットは決して妹の代わりではない。分かっている。妹を思い出させる彼女からお姉さんと呼ばれたことは、ヴェレージャにとって至福のひと時でもあった。
「よしよし、よく頑張ったね。貴女が無事で嬉しいわ」
優しく頭を
「く、苦しいです、お姉さん」
「えっ、あ、ごめんなさい。力が強すぎたわね」
力を緩めて、ラナージットから少し距離を取ったヴェレージャが戸惑いの色を見せている。ラナージットが
割り込んできたのがディリニッツだった。黒小球の完全消滅を見届けて、二人の
「何だ、分かっていないのか、ヴェレージャ。お前のそれが凶器だということが」
ディリニッツが指差すところを目で追っていく。それが何を指すのか、ようやく気づいたところで、ヴェレージャは顔を真っ赤に染めて非難の声を上げた。
「ちょ、ちょっと、ディリニッツ、何が言いたいのよ。まさか、私のこれほどまでに
ヴェレージャはラナージットへと視線を動かし、否定の言葉が聞けるものと確信をもって待つ。その希望は、あえなく崩れ去る。ラナージットは首を横に振りつつ、はっきりと答えた。
「ヴェレージャお姉さん、はい、間違いなくそれが凶器です。あの、ごめんなさい。窒息するかと思いました」
屈託のない笑顔を向けられ、大いにへこんでしまうヴェレージャだった。
「
ラナージットからの言葉が、電撃となってヴェレージャの体内を
そして、いつものごとく変わらないのも、ヴェレージャがヴェレージャたる
「そんな、私ほど美しい人がいないなんて。もう、そんなことを言って、私をどうしようというのかしら。私の容姿のようになりたい。もう、何て
困惑しきりのラナージットをよそに、ヴェレージャは独自の世界に浸っている。
「私なんて、全く魅力もなければ、これだってこんなに
彼女たちと言われたところで、ラナージットには全く理解できない。ちなみに、彼女たちというのは、十二将の他の五人だ。フィリエルス、ソミュエラ、エランセージュ、トゥウェルテナ、セルアシェルを指す。
「あ、あの、ヴェレージャお姉さん」
こうなってしまったヴェレージャは、もはや相手にできない。ラナージットに助け舟とばかりにディリニッツが声をかける。
「ラナージット、いつものことだ。
視線をようやくにしてディリニッツに移し、ラナージットははっきりと答えた。
「はい、ディリニッツさん。守ってくださって、本当に、有り難うございました。私も、私の中の子も大丈夫です」
丁寧に頭を下げるラナージットを感慨深げに眺める。
頭を上げた彼女を背後に隠すようにして、ディリニッツは身体の向きを変える。
「パレデュカル、お前がこれまでしてきたこと、これからしようとすることを、俺は絶対に許さない。お前の事情を全て知ったうえでだ」
言いたいことが山ほどある。それらを吞み込み、同郷の者として絶対に譲歩できないことだけを告げた。
「シュリシェヒリの目を持つお前が、あろうことか
蹴り飛ばされたパレデュカルは、既に起き上がっている。憎しみのこもった目をディリニッツに注いでいる。今にも飛びかかってきそうな勢いだ。
「小僧、お前に何が分かる。俺はこの三百余年、サリエシェルナ姉さんを救い出すことだけを考え、そのためだけに生きてきたのだ。シュリシェヒリ、
ディリニッツには、パレデュカルの言葉が全く理解できなかった。パレデュカルはたった一人の女のために、ありとあらゆるものを犠牲にする覚悟でいる。
彼の信念を曲げるなど到底不可能だろう。その一点のみに固執しているからだ。
「パレデュカル、長老キィリイェーロの代役として、今からシュリシェヒリの総意を伝える。お前がジリニエイユと手を結び、我らの敵に回るのであれば、シュリシェヒリの総力を結集してお前を
それはまさしく最終通告にも等しい。
「討てるものなら討てばよい。いつでも相手になってやる。何なら、今ここででもよいぞ」
売り言葉に買い言葉ではないが、ディリニッツはその言葉を待っていた。この男はあまりに危険すぎる。キィリイェーロの許可は既に取っているのだ。
彼の目的の全てを知ったうえで、ここで仕留めるべきとの判断を下す。
「お前の覚悟は変わらない。ならば、アーケゲドーラ大渓谷での決戦を待つまでもない。そして、今のお前は異界からの召喚で魔力をほぼ使い果たした状態だ。ここでお前を討つべき。それが最善の判断だ」
パレデュカルを確実に葬り去るための魔術詠唱に入る。
ディリニッツに一切の
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