第091話:王国の剣と盾たる十二将
玉座のザガルドアが咳払いをしたところで、言葉を発した。
「
ザガルドアが何を言いたいのか、エンチェンツォは即座に理解した。
ゼンディニア王国は武を尊ぶ国であり、その点においては、貴族だろうが、平民だろうが身分差は全くない。
「俺は、貴族だろうが平民だろうが差別はせぬ。だが、この国を見ろ。
それを縛るための王国法の存在こそが論点だ。ザガルドアは答えを知ったうえで、問いかけてきている。
試されている。エンチェンツォは即答できなかった。なぜなら、答えは明白、適法が存在しないからだ。さすがに、この状況を打破するためにはしばし考え込む必要があった。
「陛下、残念ながら、現在の王国法ではその者たちを縛ることはできません」
肩を落としながらも、エンチェンツォはさらに知恵を絞り出そうと頭を回転させていく。
結論から言って、即時の判断はできない、ということだった。
ザガルドアが王族ではないことから、王族に対する反逆罪そのものが適用されなくなる。さらに、武力をもって
「最終的に、司法判断に
すかさず口を
「そこを何とかするのがお前の務めじゃねえか。何か方法がないのかよ。いや、何としても見つけ出せ。できないなら即席でもいい。ここでお前が作り出せ。その頭は飾りじゃねえんだろ。それができたら、この俺様がお前を認めてやってもいい」
「ちょっと、ディグレイオ。無茶を言いすぎよ。それに認めてやるって、どれだけ上から目線なのよ。本当に貴男ときたら」
見た目は同じぐらの
「セルアシェル、お前、もう
ディグレイオは一気にまくしたてると、次の言葉だけはセルアシェルだけに聞こえるよう小声をもって答えた。
「それによ、よく分からねえけどよ。姉さんが、随分と気に入ってるようじゃねえか。お前も、そう思うだろ」
そう上手くいくものではない。しっかり、当の本人のフィリエルスの耳にも届いていた。
「ディグレイオ、何か言ったかしら」
「い、いえ、フィリエルス姉さん、そんな、
「そう、ならよいのよ。くれぐれも、言葉には気をつけなさい」
唯一、フィリエルスにだけは頭が上がらないディグレイオだった。その
「おい、どうなんだ。お前は、俺たちと肩を並べたいんだろ。なら、決める時は決めろよ」
エンチェンツォは大きく息をついた。脳に新鮮な空気を送り込む。
「今のお言葉で吹っ切れました。まさに即席で作り出しました。
イプセミッシュが、十二将にとってのザガルドアが尋ねる。
「エンチェンツォ、その方法とは。私にできることがあるなら、いくらでも協力しよう」
「その前にだ。待たせてしまったな。
エンチェンツォ、さらにはイプセミッシュに言葉を挟む余地を与えず、ザガルドアが強引に割り込んだ。
「お前たちの幾人かは見ていたな。ここにラディック王国のイオニア、魔術高等院ステルヴィアのビュルクヴィストが尋ねて来たところを。突然の三者会談の場で、ビュルクヴィストは
忌々しそうに天を見上げ、ザガルドアは言葉を紡ぎ出す。
「我らが相手にするべきは、ラディック王国ではない。魔術高等院ステルヴィアでもない。真の敵は、
これで三度目となる。玉座の間が水を打ったように静まり返る。
二度目とは明らかに異なっている。エンチェンツォをはじめとする文官たちは、先ほどと同様、完全に言葉を失っている。
十二将たちは違った。彼らが控える、そこだけが異空間とさえ思えるほどに
「とんでもないことになりましたね。敵は人ではなく、
敵が
ゼンディニア王国最強の空騎兵団副団長として、
「相手にとって不足なしではないか。人が
後を引き取ったグレアルーヴが、これもまた戦闘馬鹿のような言葉を楽しげに吐いている。
「
主物質界最強と
ラディック王国の場合、もっと悲惨だ。個々の戦力は十二将に遠く及ばない。
「当代賢者以上に厳しいのがラディック王国の連中だ。奴らは騎士による騎馬戦術が中心だからな」
熱気に満ちた十二将たちに、冷や水を浴びせるザガルドアだった。むろん、意図的にやっているのだ。この程度で士気が下がるとは思えない。彼らは等しく武に生きる者たちだからだ。
「陛下はどうしろと。何か、お考えがおありなのですか」
エランセージュが単刀直入に問う。冷静に分析し、するまでもなく、十二将総勢で迎え撃ったとしても、
他の十二将たちも同じだろう。無謀にも勝てると思っている馬鹿は一人もいるまい。
「正直に言おう。お前たちには、この戦いに加わってほしくない。相手がラディック王国ならば、出陣を命じただろう。だが、そうではない。お前たちのことだ。
居並ぶ十二将たちは、二重の意味で衝撃を受けていた。
一つは彼らにとってのイプセミッシュの顔に悲壮感が漂っていること。もう一つは自分たちの身を
「陛下、私たちを
ゼンディニア王国の十二将とは、陛下のもとに集いし、剣と盾であり、陛下の
フィリエルスの言葉に、ザガルドアは嫌な顔を見せるどころか、苦笑を浮かべている。
「察するに、私たちを遠ざけつつ、陛下は単身でアーケゲドーラ大渓谷に
「陛下のお気持ちは、素直に嬉しいですわ。それだけは有り難く頂戴しておきますわね」
ザガルドアは一人でアーケゲドーラ大渓谷に向かうつもりだった。まさに、これから彼らに伝える事由からだ。己の責務とはいえ心が痛む。
「フィリエルス、お前は変わらぬな。さて、お前には改めて聞いておきたい。過日、アーケゲドーラ大渓谷の視察に向かってもらったな。お前の目にはどう映った」
フィリエルスは焦った。まさか、この流れで、こうくるとはさすがに予想できなかった。
詳細報告は行ったものの、全てはエンチェンツォが調べてきた資料をもとに、さも見て来たかのように答えただけなのだ。
実際、アーケゲドーラ大渓谷に行っていないフィリエルスには、自身の目で見た感覚を共有することなど不可能だ。
彼女を制したのはエンチェンツォだ。
「フィリエルス様、ここは私が。陛下、それにつきましては私から申し上げたく」
「フィリエルスたち空騎兵団は、アーケゲドーラ大渓谷に向かわなかった。そうだな、エンチェンツォ」
嘘には敏感なザガルドアだ。やはり見抜かれていた。確かに、自身の行動は軽はずみで
エンチェンツォに後悔はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます