第091話:王国の剣と盾たる十二将

 玉座のザガルドアが咳払いをしたところで、言葉を発した。


和気藹々わきあいあいとしたところでだ。エンチェンツォ、お前に問うぞ。俺はそもそも王位継承権を持たぬ一介いっかいの男だ。貴族でもない。その辺にいる平民と同じだ」


 ザガルドアが何を言いたいのか、エンチェンツォは即座に理解した。


 ゼンディニア王国は武を尊ぶ国であり、その点においては、貴族だろうが、平民だろうが身分差は全くない。


「俺は、貴族だろうが平民だろうが差別はせぬ。だが、この国を見ろ。いまだ貴族だとふんぞり返っている無能な奴らが数多あまたいるんだ。俺が偽の国王だと分かった途端、奴らはいっせいに牙をくぞ」


 それを縛るための王国法の存在こそが論点だ。ザガルドアは答えを知ったうえで、問いかけてきている。


 試されている。エンチェンツォは即答できなかった。なぜなら、答えは明白、適法が存在しないからだ。さすがに、この状況を打破するためにはしばし考え込む必要があった。


「陛下、残念ながら、現在の王国法ではその者たちを縛ることはできません」


 肩を落としながらも、エンチェンツォはさらに知恵を絞り出そうと頭を回転させていく。


 結論から言って、即時の判断はできない、ということだった。


 ザガルドアが王族ではないことから、王族に対する反逆罪そのものが適用されなくなる。さらに、武力をもって蜂起ほうきしたとして、騒乱罪には問えるものの、ザガルドアが王位継承権を持たない偽国王だと知らなかった。我々はだまされていた、と抗弁されれば、それ以上の罪で裁くのは難しいだろう。


「最終的に、司法判断にゆだねることになりますが、記憶の封印といった曖昧な事柄がどこまで考慮されるか。少なくとも、過去事案がないため、何とも申せません」


 すかさず口をはさんできたのは、初対面時、エンチェンツォに激しい怒りをぶつけた序列十二位のディグレイオだ。


「そこを何とかするのがお前の務めじゃねえか。何か方法がないのかよ。いや、何としても見つけ出せ。できないなら即席でもいい。ここでお前が作り出せ。その頭は飾りじゃねえんだろ。それができたら、この俺様がお前を認めてやってもいい」


 あきれつつ、ディグレイオをいさめるのは序列十一位のセルアシェルだ。


「ちょっと、ディグレイオ。無茶を言いすぎよ。それに認めてやるって、どれだけ上から目線なのよ。本当に貴男ときたら」


 見た目は同じぐらの年恰好としかっこうだ。実は、そんなことはない。セルアシェルはエルフ属とヒューマン属との間に生まれた半エルフなのだ。断然、彼女が年上にも関わらず、ディグレイオは関係ないとばかりに即座に言い返す。


「セルアシェル、お前、もう耄碌もうろくしてきたのかよ。奴は文官、しかも軍事戦略家とやらを目指す男なんだぜ。こういった時に役に立たずして、いつ役に立つってんだ」


 ディグレイオは一気にまくしたてると、次の言葉だけはセルアシェルだけに聞こえるよう小声をもって答えた。


「それによ、よく分からねえけどよ。姉さんが、随分と気に入ってるようじゃねえか。お前も、そう思うだろ」


 そう上手くいくものではない。しっかり、当の本人のフィリエルスの耳にも届いていた。


「ディグレイオ、何か言ったかしら」

「い、いえ、フィリエルス姉さん、そんな、滅相めっそうもないです」

「そう、ならよいのよ。くれぐれも、言葉には気をつけなさい」


 唯一、フィリエルスにだけは頭が上がらないディグレイオだった。その矛先ほこさきが、またもやエンチェンツォに向かう。


「おい、どうなんだ。お前は、俺たちと肩を並べたいんだろ。なら、決める時は決めろよ」


 エンチェンツォは大きく息をついた。脳に新鮮な空気を送り込む。


「今のお言葉で吹っ切れました。まさに即席で作り出しました。ゆえに、超法規措置とお考えください。ゼンディニア王国では、王位継承権を持たない者は決して国王の座に就けません。それをくつがすための唯一の方法です」


 イプセミッシュが、十二将にとってのザガルドアが尋ねる。


「エンチェンツォ、その方法とは。私にできることがあるなら、いくらでも協力しよう」

「その前にだ。待たせてしまったな。此度こたびの戦いについて、先に説明しておく。エンチェンツォ、お前の話はその後だ」


 エンチェンツォ、さらにはイプセミッシュに言葉を挟む余地を与えず、ザガルドアが強引に割り込んだ。


「お前たちの幾人かは見ていたな。ここにラディック王国のイオニア、魔術高等院ステルヴィアのビュルクヴィストが尋ねて来たところを。突然の三者会談の場で、ビュルクヴィストは途轍とてつもない爆弾を落として帰っていきやがった」


 忌々しそうに天を見上げ、ザガルドアは言葉を紡ぎ出す。


「我らが相手にするべきは、ラディック王国ではない。魔術高等院ステルヴィアでもない。真の敵は、魔霊鬼ペリノデュエズだ。しかも、高位ルデラリズ、下手をすると最高位キルゲテュールだそうだ」


 これで三度目となる。玉座の間が水を打ったように静まり返る。


 二度目とは明らかに異なっている。エンチェンツォをはじめとする文官たちは、先ほどと同様、完全に言葉を失っている。


 十二将たちは違った。彼らが控える、そこだけが異空間とさえ思えるほどにすさまじい闘気とうきあふれ出している。


「とんでもないことになりましたね。敵は人ではなく、魔霊鬼ペリノデュエズだとは。しかも最高位キルゲテュールの可能性もあるのですね。私たちのうち、何人が生き残れることやら。だからこそ腕が鳴るというものです」


 敵が魔霊鬼ペリノデュエズと聞いても、全く意に介さない。言葉を発したのは序列八位のフォンセカーロだ。正直なところ、これまでの人を相手にした戦いには飽き飽きしていたのだ。魔霊鬼ペリノデュエズとの戦いは心躍るものがある。


 ゼンディニア王国最強の空騎兵団副団長として、上位ルデラリズ最高位キルゲテュールを相手にどこまで通じるのか。恐怖心以上に好奇心が上回っている。


「相手にとって不足なしではないか。人があらがえない存在たる魔霊鬼ペリノデュエズをねじ伏せてこその十二将だ。戦いの時が待ちきれぬ」


 後を引き取ったグレアルーヴが、これもまた戦闘馬鹿のような言葉を楽しげに吐いている。


魔霊鬼ペリノデュエズと聞いても、おくさない。本当に頼もしい限りだ。だがな、あのビュルクヴィストでさえ、単騎では中位シャウラダーブほふるのがやっとのことなのだぞ」


 主物質界最強とうたわれる魔術師のビュルクヴィストでさえ、この状況なのだ。さらには、当代の三賢者には中位シャウラダーブを倒す実力さえないとも聞かされている。


 ラディック王国の場合、もっと悲惨だ。個々の戦力は十二将に遠く及ばない。魔霊鬼ペリノデュエズと渡り合える者など存在しないのだ。


「当代賢者以上に厳しいのがラディック王国の連中だ。奴らは騎士による騎馬戦術が中心だからな」


 熱気に満ちた十二将たちに、冷や水を浴びせるザガルドアだった。むろん、意図的にやっているのだ。この程度で士気が下がるとは思えない。彼らは等しく武に生きる者たちだからだ。


「陛下はどうしろと。何か、お考えがおありなのですか」


 エランセージュが単刀直入に問う。冷静に分析し、するまでもなく、十二将総勢で迎え撃ったとしても、最高位キルゲテュールには太刀打ちできない。それが彼女のまごうことなき考えだ。


 他の十二将たちも同じだろう。無謀にも勝てると思っている馬鹿は一人もいるまい。


「正直に言おう。お前たちには、この戦いに加わってほしくない。相手がラディック王国ならば、出陣を命じただろう。だが、そうではない。お前たちのことだ。彼我ひがの力の差異は、十分すぎるほどに理解しているだろう。あたら命を散らす必要がどこにある」


 居並ぶ十二将たちは、二重の意味で衝撃を受けていた。


 一つは彼らにとってのイプセミッシュの顔に悲壮感が漂っていること。もう一つは自分たちの身をおもんばかって判断を下しているということだ。


「陛下、私たちを見損みそこなわないでいただきたいですわね」


 ゼンディニア王国の十二将とは、陛下のもとに集いし、剣と盾であり、陛下のおもむくところ、どこまでもつき従うのだ。


 フィリエルスの言葉に、ザガルドアは嫌な顔を見せるどころか、苦笑を浮かべている。


「察するに、私たちを遠ざけつつ、陛下は単身でアーケゲドーラ大渓谷におもむこうとお考えになっておられますわね。それを、私たちが看過かんかするとでも」


 舌鋒ぜっぽう鋭く、フィリエルスが斬り込む。まさに図星だったからだ。


「陛下のお気持ちは、素直に嬉しいですわ。それだけは有り難く頂戴しておきますわね」


 ザガルドアは一人でアーケゲドーラ大渓谷に向かうつもりだった。まさに、これから彼らに伝える事由からだ。己の責務とはいえ心が痛む。


「フィリエルス、お前は変わらぬな。さて、お前には改めて聞いておきたい。過日、アーケゲドーラ大渓谷の視察に向かってもらったな。お前の目にはどう映った」


 フィリエルスは焦った。まさか、この流れで、こうくるとはさすがに予想できなかった。


 詳細報告は行ったものの、全てはエンチェンツォが調べてきた資料をもとに、さも見て来たかのように答えただけなのだ。


 実際、アーケゲドーラ大渓谷に行っていないフィリエルスには、自身の目で見た感覚を共有することなど不可能だ。いさぎよく謝罪するしかない。


 彼女を制したのはエンチェンツォだ。


「フィリエルス様、ここは私が。陛下、それにつきましては私から申し上げたく」

「フィリエルスたち空騎兵団は、アーケゲドーラ大渓谷に向かわなかった。そうだな、エンチェンツォ」


 嘘には敏感なザガルドアだ。やはり見抜かれていた。確かに、自身の行動は軽はずみでまずかった。


 エンチェンツォに後悔はなかった。

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