第088話:再び兄弟となる二人
ザガルドアは半ば放心状態だった。
子供時代の
ザガルドアは思い出していた。彼の口から、自身の出自を知らされた当時のことを。
記憶の封印が解けた今、はっきりと思い出せる。貴族、しかも王族の一人と聞いても、さほどの驚きはなかった。彼が時折
ザガルドアを驚かせたのは、それとは別の面だった。彼からは、貴族特有の
ザガルドアを変えていったのは、間違いなくイプセミッシュだと断言できる。それ
「イプセミッシュ、お前が俺を思ってやったのは分かった。だがな、俺に無断でやったその事実は許し
突然のザガルドアの行動に、さすがのイプセミッシュも対応できなかった。
いや、少なくとも十二将筆頭、彼ほどの武人ともなれば、奇襲にさえ対抗できて当然だ。ここはあえて動かなかったと考えるのが自然だろう。
握り締めた
鈍い打撃音が響く。ザガルドアの右拳が、イプセミッシュの左
「ちっ、何だよ。お前のその鋼鉄並みの肉体は。殴った俺の方が痛みを感じるとはな」
ザガルドアは自身の右拳に何度となく息を吹きかけ、開いたり、閉じたりを繰り返している。よほど痛かったに違いない。
「いや、十分に
イプセミッシュが口に
「歯が一本欠けたか。ザガルドア、さすがだな。よい拳だったよ。それよりも骨折はしていないだろうな」
「当たり前だ。この俺が骨折などするはずがなかろう。よし、これで手打ちだ。俺は、お前を許す。異論は認めんぞ、イプセミッシュ」
あっさり許すと言ったザガルドアに、イプセミッシュは納得できないといった表情を浮かべている。
「ザガルドア、本当によいのか。私は、お前に断りなく記憶の封印、さらには嘘の記憶を付与したのだぞ。大罪と言っても過言ではない。
今度は拳ではなく、人差し指一本をイプセミッシュの心臓辺りに突きつける。
「馬鹿野郎、何度も同じことを言わせるな。俺が許すと言っているんだ。この話は終わりだ。よいな、イプセミッシュ」
ザガルドアはさらに力を込めて押しつけた。
「それとな、昔から決まっているんだ。弟の
胸が熱くなっていく。十年という時を
「まだ、私を弟と呼んでくれるのか。そうだな、兄貴、本当に有り難い。心より感謝するよ」
二人の目に
エンチェンツォは少し前にやって来ていた。私室内へ立ち入るのは、
ようやく静かになった頃合いを見計らって、エンチェンツォが恐る恐る私室内へ顔を
筆頭ザガルドアを除く十二将が
気づいたザガルドアが、無論、エンチェンツォにとってはイプセミッシュだ、気を
「俺を呼びに来たのか、エンチェンツォ」
「はい、陛下。ザガルドア様は、こちらにいらっしゃったのですね。十二将の皆様、既にお
エンチェンツォは何の違和感も
「用意をしてから行く。お前は先に戻っていろ」
「
丁寧な
「今、この時をもって、玉座に座るのはお前だ。お前こそが、イプセミッシュなのだからな。十二将の奴らには俺が説明する。奴らがどんな顔をするか、楽しみだな」
イプセミッシュは、ザガルドアの言葉に全面的に同意できなかった。やはり、国王は自分ではなく、このままザガルドアが務めるべきだと強く確信する。
機先を制したのはザガルドアだ。
「それにだ。昔のお前を知る者たちの記憶だ。その何だ、
やはり鋭い。ザガルドアは、もともと頭の切れる男だ。それが国王という重責を、ほぼ十年にわたって
「そのとおりだ」
妖精王女は別れ際に告げたのだ。
「あるいは、私たちの記憶が封印されたという事実を見抜き、さらに
イプセミッシュは、そのような者が存在するのかと尋ねた。妖精王女の答えは、二人いる、だった。
「一人については、人でありながら、人ではないと
二人の脳裏に、同じ顔が浮かんでいる。二人で初めて王宮に乗り込んだ際、命を救ってくれた恩人でもあり、今また記憶の解封という、実に
イプセミッシュが続ける。
「私たちの命の恩人、かの者が妖精王女様が仰った魔剣士なのだろう。恐ろしい氷の魔剣使いだった。あの
ザガルドアが呟く。
「なぜ、今頃になって俺たちの記憶を解封したのか。分からないな。いずれ
騎士二人に剣で貫かれ、
「イプセミッシュ、俺はな、絶望しかない暗闇の中、たった一人で生きてきた。そんな真っ暗な世界で、唯一の光をようやく見つけた。それが、お前だったんだ」
遠い昔を思い出しているのか、ザガルドアは視線をどこに合わせるでもなく、宙を見上げている。
「それからというもの、俺にとって、お前だけが友であり、信じられる存在でもあった。記憶が戻った今、この思いはこれからも変わらない。二人の関係が、入れ替わったとしてもな。それだけは言っておくぞ」
視線を戻し、イプセミッシュに向ける。その表情は晴れやかだった。
「ザガルドア、お前という男は。私を泣かせるつもりか。くそ、もう目から何かが
ザガルドアが笑い出した。
「おいおい、貴族のお坊ちゃんが、そんな汚い言葉を使ったら駄目だろう」
「うるさいぞ、ザガルドア」
二人は互いに顔を見合わせ、それから盛大な笑い声を上げた。
「何だか、久しぶりにすっきりしたな。奴らが待っている。俺たちも向かうとしよう」
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