第075話:恐怖心との戦い
ソリュダリアの猛攻が続いている。二人が手にしているのは、
普段の
緊張の中での打ち合いだ。いや、セレネイアの防戦一方という状況だった。
「ソリュダリア、手を休めるな。ほら、お姫様、防戦一方ではないか。反撃してみろ」
着座したままのヨセミナが、二人に指導の言葉を投げかける。
結局のところ、セレネイアの決心は変わらず、ヨセミナも
ここでも
稽古が始まる前に、セレネイアがソリュダリアに理由を
「師匠、ヨセミナ様はなぜ真正面、最上位に着座されないのでしょうか」
ソリュダリアにしても、明確な回答は持ち合わせていない。語るべきことは何もなかった。
三大流派に上下関係はない。ツクミナーロ、ビスディニア、ヴォルトゥーノは同格だ。ヴォルトゥーノの頂点たるヨセミナ以外、着座するに
普段の稽古時には、ソリュダリアが真正面に着座している。従って、常に真正面を空席のままにしている、というわけでもない。
「ヨセミナ様のなさることだ。私にも分からぬよ」
打ち合いを始めて、およそ十メレビル、身体中に痛みを感じているセレネイアは息が上がっている。ソリュダリアの攻めも、彼女を
「ソリュダリア、手加減無用だ。手加減など、お姫様に失礼であろう。容赦なく叩きのめせ。できぬのなら、今すぐ私と代わるか」
「師匠、遠慮は
セレネイアの言葉を受けたソリュダリアが、無言のままに
決して魔術ではない。自然に全てを委ねた、カヴィアーデの
剣はセレネイアの心臓に向かって、一直線に伸びてくる。ソリュダリアは心の中で、うまく
セレネイアは剣を合わせようとせず、それどころか左脚を引きつつ、即座に下ろした。ソリュダリアの剣の勢いは殺せない。自分の剣が
それに剣を合わせていくだけの余力もない。身体の節々が痛みで悲鳴を上げている。セレネイアは、だからこそ最も力の
左脚を引くとともに、ソリュダリアの剣の速度に逆らわず、添うようにして身体を半回転させた。ちょうど剣の軌道と身体が平行になる形だ。
「よし、そこまでだ。両者、剣を引いて、もとの位置に戻れ」
ヨセミナの声が道場に響き渡った。ふらふらになっているセレネイアを、ソリュダリアが左手一本で支える。
「大丈夫か、セレネイア」
「は、はい、師匠。申し訳ございません。一人で、大丈夫です」
手を離した途端、倒れ込みそうになったセレネイアをソリュダリアが慌てて抱き止める。
同時に、風が来た。二人は、たちまちのうちに道場脇まで吹き飛ばされていた。
「ここは、お前のような
先ほどまで、二人が立っていた位置にヨセミナの姿がある。右手に握った剣を
足元には、左腕が落ちていた。
腕がなくなった程度では何も感じないのか、平然と立ったまま、顔だけを左にねじる。ゆっくりと獲物に視線を合わせていく。
「いや、いや、来ないで」
セレネイアは恐怖から必死に逃れようと
まるで天敵を前にした小動物のようなセレネイアを見て、ソリュダリアはようやくにして彼女の恐怖の要因を知るのだ。
(セレネイアの心を縛る恐怖、その正体はこれだったのか)
セレネイアをいっそう強く抱き締める。
「ソリュダリア、お姫様を立たせてここに連れてこい。今すぐだ。反論は一切許さぬ」
「師父、それは、あまりにも」
思わず言葉を返してしまうソリュダリアに対し、ヨセミナは冷酷に告げた。
「二度、言わせるつもりか」
(本当に恨みますからね。あの者に任せておけばよかったではありませんか。とんだ貧乏くじを引いてしまいましたよ。これが終わったら、たっぷりお礼をしてもらいますからね、大師父様)
「余計な手出しは無用に願いたい。ここは、私に任せてもらおう」
≪承知ですよ、ヨセミナ殿。私は見ているだけなので、お気になさらずに≫
薙ぎ払った剣が戻る。今度は、左腕の肩から先が落ちていた。目にも止まらない速度をもって、ヨセミナは目の前に立つ物体を
そう、
ヨセミナの前では、
ヨセミナは自然体だ。
「
言葉を
その
三メルクほどの高さがあった身体は、両手足を切り裂かれ、二メルクを切るぐらいの大きさになっている。横にも膨らんでいた身体は、保護のための粘性液体を失い、もはや維持が困難になってきていた。
ヨセミナの言葉は絶対だ。逆らえないソリュダリアは、セレネイアを強引に
「こんな
ようやく剣を引いたヨセミナは、左肩の方向に剣身を持ち上げると、右斜め下に向けて振りきった。いわゆる
血振りを終えた剣を、ソリュダリアに向かって無造作に放り投げる。ソリュダリアが空中で
「セレネイア、心を強く持ちなさい。恐怖に打ち勝てるのは己自身よ。剣を構えなさい」
ソリュダリアはセレネイアに剣を握らせ、自身の右手をセレネイアのそれに重ねた。
「私の気も持っていきなさい」
セレネイアの背後に回って、
「お姫様、目を見開いて、よく見ろ。胴体の中央部、やや右上だ。双三角錐の黒の物質が見えるな。奴の核だ。その剣をもって破壊しろ」
ヨセミナは、それだけ告げると、二人の後方に下がった。自分の役割はここまでということだ。
動かせるのは、もはや体内を巡る粘性液体のみ、身体の崩壊と引き替えにセレネイアに全てを浴びせて、取り込む算段なのだ。
「最後の
ヨセミナの声を受けて、ソリュダリアが
「セレネイア、目を閉じて深呼吸よ。全身に気を送り込みなさい」
言われるがままに、セレネイアは深呼吸を繰り返す。心を落ち着かせるための彼女の
セレネイアは、ここにきて少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。そして、ゆっくりと瞳を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます