第068話:十二将トゥウェルテナとフォンセカーロ

 トゥウェルテナは湾刀わんとう使いでもある。


 剣身の外側に、ゆるやかな曲線を描くやいばが装着されている。それを右手で軽く握っていた。


「序列十位トゥウェルテナがお相手いたしますわ。私と踊っていただけるかしら」


 互いに、一歩ずつ詰める。


 一歩間でトゥウェルテナは軸を右、左と変えながら二回転、そのたびに湾刀が不規則な高速軌道を描き、レスティーを仕留めにかかる。


 湾刀は振り下ろしてることに徹した片刃の武器だ。トゥウェルテナの持つそれは、実は剣身の内側にも斬るための刃が鳴りをひそめていた。


 トゥウェルテナの露出の多い人目をく派手な容姿、そして湾刀の性質から、大概たいがいの敵は油断してしまう。加えて、彼女特有の激しくも美しい舞踊ぶとうだ。


 気づいた時には、既に遅し。敵は縦横無尽に斬りきざまれ、血の海に沈んでいるというわけだ。


 レスティーは彼女の動きに逆らうことなく、揺蕩たゆたう水のごとく同調している。


「あらあ、やるわね、お兄さん。ここまで私の動きについてこられるなんて、すごいわあ。それに、私の湾刀がことごとく当たらないなんて、ちょっと自信を失っちゃうわね」


 レスティーの二歩目、すなわち、もともとトゥウェルテナが立っていた位置に戻る。レスティーはそこで右手を彼女の腰に回し、左手で湾刀を持つ彼女の右手首を軽く握り締める。


「そなたから誘ってきたのだ。始めるぞ」

「え、ちょ、ちょっと、お兄さーん」


 トゥウェルテナは、はるか南方に広がる熱砂の大陸から渡ってきた。大陸の名はツイステルム、定住の地を持たず、幾つかの安寧あんねいの地を巡りながら暮らす砂漠の民だ。


「ツイステルムの砂漠の民なら、これぐらいは造作ぞうさもないであろう」


 トゥウェルテナの舞う速度と比較して、およそ十倍をもって、レスティーは彼女を舞いの中へといざなった。


「こ、これは、炎と風の舞いイェフラサクティ。ど、どうして、お兄、さんが、ひゃっ」

「黙っていないと舌をむぞ」


 炎と風の舞いイェフラサクティとは、砂漠の民にあって、巫女の踊り手シャルハストウにのみ舞踏が許された聖なる儀式の一つだ。


 トゥウェルテナは、砂漠の民でもないレスティーが、どうしてこの舞踏を知っているのか気になった。今はそれどころではない。


 炎と風の舞いイェフラサクティわずか数メレビルの短い舞踏ながら、終わった途端、極度の疲労からしばらく動けなくなるほどに消耗が激しい舞いなのだ。


 レスティーはさらに速度を上げながら、トゥウェルテナと舞い踊り続けている。


「お、お兄、さん、も、もう無理い、止まってえ、わ、私の、負けで、いいからああ」


 身体を揺さ振られつつも、何とか必死に言葉をつむぎ出して懇願するトゥウェルテナが何とも気の毒に思える。


 そんな中、エンチェンツォだけがうらやましげに、この光景を凝視している姿が印象的だった。


 レスティーが炎と風の舞いイェフラサクティで動いた距離はたった三歩だ。トゥウェルテナは、あっさり陥落していた。


 レスティーは最後の一回転を終えると同時、トゥウェルテナを横抱き、いわゆる主物質界の伝統としては、花婿が花嫁を抱え上げる恰好かっこうだ、にして、音もなく制止した。


「え、えっと、これは、お兄さんが、私を花嫁にしてくれる、ということかしら」


 トゥウェルテナはほおを紅潮させ、最大級の微笑みをもってレスティーを見上げた。普通の男なら、これで即落ちだろう。


「それだけ話せるなら、下ろしても大丈夫だな」

「あ、待って、待って。もう少しだけ、ね。だって、私をこれだけ本気にさせたのは、お兄さんが初めてなのよ。どうして砂漠の民の秘儀を知っているのかは分からないけど。私は強い男の人との子供がほしいの」


 トゥウェルテナが爆弾とも言うべき最後の言葉を発した途端、二方向からすさまじい殺気が飛んできた。


「トゥウェルテナ」


≪ねえ、私の愛しのレスティー。この娘、始末してしまってよいかしら。ものすごく腹が立つのだけれど≫


「ね、姉様、怖い」


≪フィア、少しだけ我慢しておいてくれ。後ほど、埋め合わせはしよう≫


 トゥウェルテナに全く同感だ。女は、恐ろしい。


 レスティーは早々に切り上げるべく、トゥウェルテナを静かに下ろすと、赤く染まったままの頬をそっとでた。


「そなたとの舞いは楽しかった。そなたの湾刀、本来は二刀一対であろう。次は見せてくれ」


 ここまで十五歩、十二将が許された十歩間まで、まだ二十五ある。対して、残る十二将は四人だ。次に待ち構えていたのは、この男だった。


「十二将序列八位にして空騎兵団副団長のフォンセカーロと申します。貴男様の戦い、お見事としか言いようがありません。私ごときでは太刀打たちうちできぬでしょう。従って、助っ人の力を借りたいのですが、よろしいでしょうか」


 レスティーとフォンセカーロの距離は十歩間だ。歩みを止めず、ただ了承のために首を一度だけ縦に振った。


「覚悟を決めて、呼び出すことだ」


 玉座の間にただ一ヶ所、一際ひときわ大きな両開き窓が取りつけられている。そこだけが明らかに異質な構造だ。造作もかなり特殊だった。


 格子一本すらなく、その代わりに魔術施錠が全体に施されている。ゼンディニア王国最強たる空騎兵団がる、有翼獣ゆうよくじゅうのための出入口だ。


 フォンセカーロは、手のひらに収まるほどの大きさの竜笛アウレトを取り出すと、口に当てて息を吹き込んだ。人の可聴領域をはるかに超える、高く澄んだ音が波となって広がっていく。


「我が相棒アコスフィングァと共に貴男様のお相手つかまつる」


 魔術施錠が解除された特殊窓からアコスフィングァが翼をはためかせて飛来、フォンセカーロのすぐそばに舞い降りた。


 アコスフィングァとは、わしの頭、獅子の身体に二本の尾、左右二対の翼を持つ有翼獣だ。気性は激しく、動くものへの攻撃性が強い。知能はさほど高くなく、己より絶対上位の存在に対して服従する性質があり、その背に乗せたりもする。


 空騎兵団において、アコスフィングァを使役できるのは、彼と団長フィリエルスのみだ。


 既に、二人の距離は五歩間に縮まっている。フォンセカーロを背に乗せたアコスフィングァが、垂直に十五メルクほど飛び上がった。彼の左手には長槍が握られている。


「参ります」


 竜笛アウレトに再度、息を送り込む。それが合図だった。


 アコスフィングァが直上より急降下、さらに降下速度に乗せて、フォンセカーロは長槍を一気に投げ下ろした。長槍には魔術が付与されている。


 冷気に包まれた長槍がすさまじい勢いで床を直撃、深くめり込むように突き刺さった。


「え、あの位置から外したのですか」


 聞こえない距離でつぶやいたはずのエンチェンツォだった。その声はレスティーにしっかりと届いていた。


「いや、これでよいのだ。なかなか面白い技を使う」


 レスティーの足元を中心に、床面が急激に冷やされていく。


「奥義氷霜舞柱疾刺撃ラグスティユル


 凍結にも近い状態の床面に亀裂が走る。鳴り渡る轟音ごうおん、冷気を噴き上げ、床面がくだき割れた。無数の巨大な氷霜柱つららが、地下よりレスティーを串刺しにしようと襲いかかる。


 レスティーは一顧いっこだにしない。アコスフィングァの真下、ちょうど長槍が突き刺さったところを通り過ぎる際だ。腰辺りに落とした右手を軽く伸ばし、身体と共に一回転させていた。


「やはり通用しませんか」


 地表に突き出した氷霜柱のことごとくが、真横に切断されていく。それだけではない。切断面から急速に融解ゆうかいが始まり、みるみるうちに液体と化しているのだ。氷霜柱は固体だからこそ、その威力を発揮できる。もはや無力化されたも同然だった。


 急降下してきたアコスフィングァは、狙う位置にレスティーがいないことを知り、床面すれすれのところで反転、上昇飛空に切り替える。


 レスティーはアコスフィングァと相対することなく、終わったと言わんばかりに歩を進めた。


 最初にあった二人の距離、十歩間を詰め、そこからさらに二歩踏み出したところで、上昇中のアコスフィングァがいきなり両翼の制御を失った。結果として、そのまま落下、床面に激突してしまったのだ。


 背に乗るフォンセカーロも着地どころではない。いとも簡単に床面に投げ出されていた。痛みをこらえて、動かなくなったアコスフィングァのもとにっていく。


 アコスフィングァの身体や翼に負傷は見られない。呼吸もしている。


 フォンセカーロは安堵するとともに、完敗を悟った。


「参りました。初見のはずの我が奥義が、こうも簡単に破られ、アコスフィングァもこの状態です。完敗です」


 レスティーは左手を上げ、受諾の意を込めて軽く左右に振った。するとどうだろう、先ほどまで微動だにしなかったアコスフィングァが起き上がり、いつでも飛び上がれるとばかりに両翼を数回羽ばたかせた。


「一時的に平衡へうこう感覚をつかさどる神経を麻痺まひさせただけだ。見てのとおり、既に回復、後遺症も一切残らない」


 遅延発動魔術だろうか。


 いつの間に、それ以上に、どうやって発動すべき場所を確定させていたのだろうか。色々考えてみたものの、時間の無駄だった。


 もはや、フォンセカーロの常識の範疇はんちゅうではなかった。

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