第067話:十二将ヴェレージャとセルアシェル
動けたのは序列三位のヴェレージャのみだった。
「陛下の
彼女は十二将で最も魔術に
フィヌソワロは代々優れた魔術師を輩出している。積極的に異属と交流していることもあり、各大陸の諸国で宮廷魔術師などとして召し抱えられていたりする。
ディリニッツに向かって
"Vittnerew raffti jaar sirtorre.
Reing ordes orenas svljeer denm allarre.
Sedowv hriq tilven kfvlsimn somn biyturre."
☆☆☆☆☆詠唱翻訳☆☆☆☆☆
偉大なる水の精霊の力よ
我が名のもと安らかなる眠りへと誘え
不浄なるもの全てを飲み込み清めたまえ
☆☆☆☆☆詠唱翻訳☆☆☆☆☆
≪そなたが動く必要はない。韻による強化はしているが、問題ない≫
ディリニッツはレスティーを全面的に信頼している。従って、もとより動くつもりはない。
詠唱の成就と共に即時発動、ヴェレージャが精霊魔術を解き放つ。
「
ディリニッツの眼前に、光を散らしながら
「えっ」
水鏡が完成する直前だ。ディリニッツの影を抜けたレスティーが姿を見せ、水鏡に向けて軽く指を振った。
刹那、完成するはずの水鏡が再び水滴に戻り、四散する。
"Attirubygzir."
レスティーは静かに一言、精霊語を唱える。ヴェレージャは瞬時にその意味を悟った。もはや手遅れだった。
四散して大気に漂う水滴が、レスティーの意を受けて収束、ヴェレージャの眼前で水鏡が再構築されていく。彼女に向けられた鏡面が全身をその中に映し出す。
「嘘、こんなに」
もはや、なす
精霊がもたらす眠りに
レスティーが何か言ったが、今のヴェレージャに聞くだけの時間はなかった。ゆっくりと前のめりに倒れていく。その身体をディリニッツが優しく受け止めていた。
「心配無用だ。彼女の行使した精霊魔術は、直接身体を害するものではない。ただの眠りをもたらすだけのもの。
十二将の誰もが動くことはおろか、声すら上げられなかった。それほどまでに、常軌を逸する光景だった。
ヴェレージャの能力、こと魔術においては、十二将の誰もが認めるところだ。目の前に立つ男は、その彼女をまるで赤子の手をひねるがごとく扱っているのだ。
何よりも
「ゼンディニア王国が誇るという十二将、どれほどのものかと試してみたものの、実に残念だ。私が垂れ流した魔力に気づけたのは、この娘ただ一人だった。私が殺意を持ってこの場にいたなら、その男の命はなかった」
そこまで言われても、イプセミッシュの態度に変化は見られない。内心の動きは見えないものの、平静そのものだ。
一方で、現実を直視させられた十二将たちは、当然冷静ではいられなかった。レスティーを敵と決めつけ、攻撃の体制を整えている。攻撃の順も決まっていた。発言順と同様だ。
すなわち、序列の下から順にだ。彼らは十二将、敵に対して多対一はあり得ない。十二将としての
「陛下、発言をよろしいでしょうか」
言葉を発したのは筆頭ザガルドアだ。イプセミッシュは黙したまま、軽く
「私は十二将筆頭にして近衛兵団団長のザガルドアと申す。そこもとが、誰かは存ぜぬが、我ら十二将の不甲斐なさを思い知らされた次第だ。そのことに関しては、素直に感謝せねばなるまい」
ザガルドアが頭を下げてくる。レスティーに反応は見られない。
「我らの慢心
武人として、
「聞いておきたい。その男との謁見時の距離だ。そなたたち十二将は、十歩間と聞いている。
レスティーの問いを受けて、ザガルドアがイプセミッシュに視線を転じた。イプセミッシュは面倒だとばかりに、
「あ、はい。では、陛下の命により、
十二将は十歩の間だった。十二将以外の側近ならびに文官は二十歩の間だ。臣民の陳情時は三十歩の間とそれぞれ定められている。そして、一見の者については二つある。
「陛下がお認めになられた公的謁見の場合は二十歩の間を、事前通達のない急な謁見の場合は最低五十歩の間を置くこととなっております。武器類の携帯は許されておりません」
「丁寧な説明に感謝する。では、ここは十歩の間だ。さらに、四十歩
いきなり
「この辺りでよいだろう」
再びイプセミッシュたちと相対する
両手は力を抜いた状態で下ろしている。剣の
≪そなたに害が及ぶとは思えぬが、念のために操影術をもって私の背後に。その娘には後ほど確認したいこともある≫
≪承知いたしました、レスティー様≫
「ゆっくりと、一歩ずつ歩を進めていく。そなたたちは、どこで私の歩みを止められるであろうな。準備ができた者からかかってくるがよい。ああ、安心するがよい。私はそこの男の命に興味はない。聞きたいことがあるだけだ」
レスティーが一歩目を踏み出すと同時、ディリニッツがヴェレージャを抱えたまま陰に
攻撃順は決まっている。最初に仕かけたのは、序列十一位のセルアシェルだった。
しなやか、かつ
既に、ここまでのやり取りの間に、彼女の詠唱は完成している。
≪セルアシェル、この愚か者めが≫
ディリニッツが、レスティーに対する配下の無礼を許すはずもない。すぐさま制止に動こうとした。
≪構わぬ。これもまた
「
セルアシェルの行使した
レスティーは意に介さず、セルアシェルに向かって距離を詰めていった。その距離、五歩間をもって、風の刃がレスティーを覆い尽くしていく。
「そんな、どうして」
「先ほどの娘が、どうなったか。見ていなかったのか」
四歩間をもって、全ての風の刃がレスティーの周囲で完全に停止した。
「返すぞ」
三歩間をもって、今度はセルアシェルを風の刃が覆い尽くしていった。
そのことごとくが空中で待機、レスティーの一言をもって、セルアシェルを一気に切り刻むことになる。
セルアシェルは、今さらながらに圧倒的な力の差を思い知らされていた。たまらず、崩れるようにその場に座り込んでしまう。耐え難い恐怖心からか、涙ぐんでいる。
二歩間をもって、レスティーは左手を
一歩間をもって、レスティーはうずくまるセルアシェルの頭を優しく
「済まない。怖い思いをさせた。そなたの美しい顔に傷をつけるつもりは、もとよりない」
セルアシェルを十二歩で抜けると、その二歩前に序列十位のトゥウェルテナが待ち構えていた。
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