第069話:三者会談を前にして

 十歩間まで残すところ十二歩、十二将は三人だ。


 レスティーは歩みを止めず、次の一歩を進めたところで、頭上から両刃戦斧せんぷが落ちてきた。


 仕かけたのは十二将序列六位にして騎馬兵団団長のブリュムンドだった。十二将最大の膂力りょりょくかつ巨躯きょくの持ち主だ。


「それは最悪手さいあくしゅだ」


 レスティーの言葉が終わるか終わらないかのうちだ。


 ブリュムンドは、しかと両手で握り締めた戦斧を頭上に掲げたままの態勢で一瞬硬直、そのままゆっくりと仰向けに倒れていった。


 玉座の間全体を揺るがすほどの地響きが広がる。わずか一歩だ。それでかたがついていた。


「な、何が起きたの」


 トゥウェルテナの声が背後から聞こえてくる。誰もがブリュムンドに何が起きたのか理解できなかった。全く見えなかったのだ。


 決してブリュムンドが弱いわけではない。むしろ、武具を用いた戦闘能力は随一だ。しかし、彼の動きはレスティーが言ったとおり、最悪手だった。


 巨躯の彼が、両手持ちで戦斧を高々とかかげたのだ。当然、胴体はがら空きになっている。防具をまとっているとはいえだ。これまでは、胴体めがけて攻撃を加えられる前に、敵をほふってきたのだろう。


「ふむ、時間切れか。少し楽しみすぎて、時間配分を誤ったか」


 ここでレスティーはきびすを返した。十二歩を残し、唐突に終わりを告げる。


「そなたたちの召喚術、剣技を見てみたかった。残念だ。済まないが、ここまでだ。またの機会を楽しみにしておこう」


 まず左手、それから右手を振った。それぞれの方向に、序列五位のソミュエラ、筆頭ザガルドアが立っている。レスティーは二度と振り返ることなく、そのまま玉座の間の出口に向かった。


 呼応するかのように突如、鈍い硬質音を響かせながら、玉座の間に魔術転移門が開いた。


「おや、レスティー殿。奇遇ですね。こちらに来られていたとは思いませんでした」


 転移門より降り立ったビュルクヴィストが目敏めざとくレスティーを見つけ、け寄ってくる。後にはラディック王イオニアもいる。当然のごとく、彼はほうったらかし状態だ。


 イオニアはゼンディニア王イプセミッシュと真正面で向き合っている。その距離、およそ二十歩間、互いに視線を絡ませ、にらみ合っていた。


「あの二人と相対できなかったのは残念だが、ここでの用事は終わった。そなたのことだ。ラディック王には、私が伝えなかった真実を伝えているであろう。あの男は何も知らぬ。伝えるかいなかは任せる。もとより、そなたたちの戦いだ」

「承知いたしました。ところで、伝えたのは私ではなく、オントワーヌなのですよ」


 ビュルクヴィストの意外な回答に、レスティーは一瞬戸惑ったものの、そういえばオントワーヌにはそういった面があったなと昔を懐かしく思い出していた。


「イプセミッシュ殿とは、イオニア殿も同席のうえ、腰を据えて、じっくり話をしてみます」


 二人はうなづき合い、別々の方向へと歩を向けた。


 フォンセカーロとアコスフィングァが、レスティーを丁重に見送り、さらにはトゥウェルテナとセルアシェルも畏敬いけいの念を込めた礼を送った。


「ねえ、お兄さん、いえ、レスティー様。ブリュムンドをどうやって倒したのかしら。私には何も見えなかったわ」

「私もです。見えたのは、貴男様に向かって戦斧を振り上げたと思った次の瞬間には、仰向けに倒れていった。ただ、それだけです」


 二人の前で立ち止まったレスティーが、倒すまでの経緯を手短に説明した。


「そなたたちは、恐らく何度も見ているのではないか。あの姿勢では、胴ががら空きになる。いかに強力な防具をまとっていようとも、それを貫くだけの威力をもって攻撃すれば、致命傷はまぬかれない」


 二人のみならず、十二将ならブリュムンドの戦い方を熟知している。あの姿勢こそが彼の流儀であり、愚直なまでにそれを貫いているのだ。


「それを分からせるため、威力を最低限にして、掌底波しょうていはち込んだ」


 仙術、正しくは仙神術せんしんじゅつと呼ぶ、の一技いちぎで、掌底を通じて己の魔力を相手の体内に流し込む。人族は、誰しもが少なからず魔力を有している。


「異質な魔力をぶつけて、疑似的な魔力暴走を引き起こす。魔力を有するものは、掌底波からは決して逃れられぬ。そして、本来の威力なら致命の一撃、食らった相手は必ず死に至る」


 トゥウェルテナもセルアシェルも、レスティーの言葉を聞いて、不安げな表情を浮かべている。根幹こんかんは優しい二人なのだ。


 いまだ倒れたままのブリュムンドは、動く気配を見せない。威力は最低限ということで、死んではいないだろう。彼が動き出すまでは安心できないでいた。


「そなたたちは優しいのだな。今回は致命の一撃ではない。十分に手加減したうえ、あの巨躯だ。まもなく目覚めるだろう。それまで、見守ってやるとよい」


 レスティーは二人をその場に残し、再び影から姿を現したディリニッツのもとへと進んでいく。その背に向けて、トゥウェルテナが最後の言葉をかけた。


「レスティー様、もう行かれるの。また会えるかしら、いえ、会いたいわ」

「そなたが、もっと強くなっていれば、いずれは。そなたたちには、さらなる強みを目指してもらわねばならぬ」


 レスティーは視線をわずかながらビュルクヴィストたちに向けた後、口を開く。


「あの話し合いが終わったら、そなたたちの主より聞くがよい。戦うべき真なる敵が何なのか。決して、死ぬでないぞ」


 トゥウェルテナとセルアシェルが顔を見合わせている。二人の心は、これまでに感じたこともない不思議な気持ちで満たされていた。


「レスティー様、これからいかがなされますでしょうか」


 ディリニッツの問いかけに、レスティーはヴェレージャに目を向けてから答えた。


「まだ目覚めぬか。精霊力が少しばかり強かったようだな。仕方がない。今一度、あの小屋に戻るとしよう」

「では、再び私の操影術にて」


 レスティーは首を横に振ると、ディリニッツと眠ったままのヴェレージャをも対象にして魔術転移を即時発動させた。三人の姿は、玉座の間から瞬時に消え去っていた。


「ああ、行っちゃったわ。もっと、もっと話がしたかったのに残念、でも次に会えた時こそ」


 続けようとした矢先、トゥウェルテナはいきなり頭をはたかれていた。振り返ると、いつの間に背後に回っていたのか、ソミュエラが腕を組んだまま仁王立ち状態になっている。


「ね、姉様、痛いです。もう、いきなり叩かないでくださいよお」

「トゥウェルテナ、あの男は敵ではないかもしれませんが、味方でもないのですよ。それなのに、貴女ときたら、何ということを言うのですか。まさか、本気ではないでしょうね」


 にらみつけるソミュエラを前にしても、トゥウェルテナはいつもと変わらない。迷わず即答した。


「姉様、そんな怖い顔で睨んでも、私の答えは変わらないわよ。だって、私は砂漠の民だもの。私たちの生き方がどういうものか、姉様はよくご存じでしょう」


 二人の間には、どこか張り詰めた空気が流れつつも、心の中では分かり合っているのだろう。火花を散らすまでには至っていない。


 セルアシェルも、この二人の関係をよく知っているのか、また始まった、といった表情で傍観者に徹している。


 取りなしたのは、十二将の良心とも言うべきフォンセカーロだ。温厚で、誰に対しても分け隔てなく接する。本来であれば、団長を任されてもおかしくないほどの実力の持ち主でもある。


「トゥウェルテナがそれを望む気持ち、私にも分かるような気がします。実際に戦ってみて強く感じました。相棒のアコスフィングァでさえ、あの御方の前では完全服従状態でした。全く底が知れません。それに、トゥウェルテナならお似合いかもしれませんよ。あのような舞いは初めて見ました。実に美しかったです」


 フォンセカーロがここまで言うのだ。そのとおりなのだろう。


「有り難う、フォンセカーロ。でもねえ、レスティー様の目は、いえ何でもないわあ。気にしないで。私は私なりに頑張るから、フォンセカーロも応援してね。ねえ、いいでしょ、姉様」


 大きなため息を一つ、ソミュエラは渋々と言った表情で頷くしかなかった。


 その肩をフォンセカーロが軽く叩く。そこには、苦労が絶えないな、といった同情心がたっぷり込められている。同じように、セルアシェルもトゥウェルテナの肩に、羽のような柔らかさをもって触れた。


「私は、あの御方が恐ろしいわ。私が敵なら、躊躇ためらわずに私を斬り刻んでいたはずだもの。でも、私の頭に触れた、あの時の優しい目を見てしまうとね。トゥウェルテナの気持ちがよく分かるわ。だから、私は貴女を応援するわよ」


 いつの間にやら、和気藹々わきあいあいとなっている四将のもとへザガルドアが近づいてきていた。彼の右腕には、巨躯のブリュムンドが抱えらえている。


「陛下とラディック王、魔術高等院ステルヴィア院長との会談が始まる。我らがいても邪魔になるだけだ。いったん退出するぞ」

「団長、ブリュムンドの様子は」


 ソミュエラがブリュムンドに視線を向け、問いかける。


「息はしている。見る限り、損傷もない。相当に手加減してくれたのであろうな」


 レスティーから説明を聞いていたトゥウェルテナとセルアシェルがつけ加える。


「筆頭殿、レスティー様のあの一撃は、掌底波という仙術、だっけ、ということよ」

「正確には、仙神術よ」


 セルアシェルが正しく言い直す。


「そう、それそれ。威力も最低限、ブリュムンドの巨躯なら、すぐに目覚めるだろう、っておっしゃっていたわあ」


 ザガルドアは難しい顔を崩さず、誰に言うのでもなく、独りごちた。


「あの御仁はレスティーと言うのか。尋常ならざる強さ、加えて仙神術の使い手たる御仁の名を、私はこれまで一度も聞いたことがない。世の中は広いと言うが、げに恐ろしいものよの」


 レスティーと対峙たいじした者はもちろん、そうでない者も、ザガルドアの言葉に異論は全くなかった。


「レスティー様のお名前、ステルヴィアの院長が言っていたから、間違いないと思うわあ。でも、筆頭殿、その独り言の時の口調、相変わらずよね。私は好きだけど」

「む、また古めかしい言葉になっておったか。済まぬ、無意識のうちに出てしまうな」


 レスティーによって完全に毒気どくけを抜かれてしまった十二将たちは、イプセミッシュたちを残して静かに玉座の間を後にするのだった。

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