第066話:ディリニッツと十二将

 二人は入ってきた時と同様、再び結界を通り抜け、外に出てきていた。


 ディリニッツはレスティーに対し、改めて畏敬いけいの念をいだいた。長老やイプセミッシュとは異なる。比較にさえならない思いだった。


 長老キィリイェーロの兄ジリニエイユの魔術によって、精霊をラナージットの体内に強制定着させたこと、それが意味するところももちろん知っていた。


 確かに、あの方法でしかラナージットを救えなかった。


 ジリニエイユはともかく、当時のシュリシェヒリには精霊術師も数多くいた。精霊の命を削ることで、一属の者の命を救うのだ。彼らにしてみれば、断腸だんちょうの思いだっただろう。彼らは優れた精霊術師であり、精霊とも会話できていたからだ。


 ディリニッツは精霊魔術が苦手で、精霊語もほとんど理解できない。自分には精霊を使役しえきするだけの才能はないと、かなり早い時点であきらめていた。


「レスティー様、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか。ラナージットの中の精霊とは、何を話されたのでしょうか」

「そなたは同郷の者にして、あの娘を守る者、知っておくべきだな。あの娘は誰にも気づかれず、シュリシェヒリの里から抜け出した。当時のあの娘に、そこまでの力があったと思うか」


 ディリニッツは考える間もなく、即座に首を横に振った。ずっと疑問に思っていたのだ。


 確かに、ラナージットはあの若さにしては優れた魔力の持ち主だった。長老の許可を得たうえで、近隣の村々に出入り、交易も行っていたからだ。


 里から出る際は、結界をくぐり抜ける必要がある。そのため、一時的に結界機能を解除しなければならない。それを行うのは、警備隊の者と定められている。到底、ラナージット単独でそれができるとは思わない。


「手引きした者がいるということでしょうか。まさか、シュリシェヒリの者が」

「そのとおりだ。シュリシェヒリの者ではない。その時の記憶を彼女の中にいる精霊が見せてくれた。そなたに預ける」


 精霊が記憶していた映像は、レスティーを通じてディリニッツの脳裏へと流れ込んでいった。映像が徐々に鮮明になっていく。


 ややくすんだ長い金色の髪、瞳は同系色で、髪以上にかげっている。見えている肌は青白く、男としては華奢きゃしゃな体格をしている。かなりの長身だ。優に二メルクは越えているだろう。


 右手には、剣身がいびつかつ極端に曲がった湾刀わんとうが握られている。ディリニッツは驚きを禁じ得ず、ほうけた表情でレスティーをあおぎ見た。


「あの娘の回復が、あれほどに遅れているのは、ひとえに精霊が傷ついているからだ。その者が右手に持つ湾刀には、精霊を破壊する魔術が付与されていた。恐らくは使い手が未熟ゆえ、精霊の命を奪うまでには至らなかった」


 ディリニッツからの反応がない。顔をしかめつつ、思案している。


「レスティー様、この男、どこかで見たような気がします。すぐに思い出せないこのもどかしさ、ですが、必ず見つけ出し、この私自らの手で」

「この問題に私が口を差しはさむ余地はない。そなたの思うがままにするがよい。その者が持つ湾刀は二対一体だ。もう一本にも魔術付与が施されているであろう」


 ひとしきり頭を下げるディリニッツに、レスティーはつけ加えた。


「そなたの操影術そうえいじゅつが遅れを取るとは思えぬが。努々ゆめゆめ、油断はするな」

「レスティー様、頂戴したご助言を胸に刻みながら、必ずやあの男を仕留めてみせます」


 用事は済んだとばかりに、レスティーはディリニッツの背を向けると、魔術転移を発動しかける。


 ここでお別れか、もう少し話をしたかったと、いささか名残なごり惜しく感じるディリニッツだった。引き留めるわけにもいかない。


「もう一つ頼みたいことがある。そなたが今、つかえている者を見ておきたい。案内してくれないか」


 十二将の一人でもあるディリニッツだが、さすがに即答できる内容ではなかった。他の頼み事なら、一も二もなく承知しただろう。


「その者の前までは、そなたの影の中にいよう。近づける最大の位置で、私を紹介してくれるだけで構わぬ。私におどされ、案内を強制されたと告げてもよい」


 ディリニッツには、レスティーの意図が分からない。それを察したか、説明を続ける。


「尋ねたいことが一つだけある。全てを承知のうえで、宣戦布告を発布したかいなかだ」


 ディリニッツは宣戦布告に記された内容を知っている。エンチェンツォが読み上げ、自身をそれを聞いているからだ。


 イプセミッシュが全てを承知のうえとは、どういうことか。


「イプセミッシュ陛下が、我ら十二将にさえ語られなかったことがある、ということなのでしょうか」

「それを確認するのだ。先ほどのラディック王国での会議で、魔霊鬼ペリノデュエズ、しかも最高位キルゲテュールの復活のための条件を私はあえて語らなかった」


 ラディック王国でオントワーヌが語ってしまった条件だ。


 一つ、復活時、漆黒の闇で天が覆われ尽くしていること。一つ、高貴なる者の生血を捧げること。一つ、数万に及ぶ死者の魂を贄として捧げること。この三つが絶対必要条件なのだ。


「これらが全てそろって、初めて復活の儀式をり行うことができるのだ。とりわけ、最後の贄とは、言うまでもなくそなたたちのことだ」


 最後の一言で、ディリニッツの迷いは完全に吹き飛んだ。躊躇ためらう余地は一寸もなかった。


「すぐに参りましょう。私の一存になりますが、正面から堂々と玉座の間までは操影術にてご案内いたします。この時刻であれば好都合です。陛下は臣民からの陳情を受けている最中さなかです」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 エンチェンツォが、イプセミッシュに向かって陳情の終了を告げていた。


「陛下、これにて全て終了でございます。この後はいかがなされますでしょうか」


 イプセミッシュはいつもと変わらずだ。気怠けだるそうな表情の中にあって、眼光だけが鋭い。刺すような視線をエンチェンツォに向けつつ、右手を軽く払った。何もない、お前は下がれ、という合図に他ならない。


かしこまりました。それでは、私はこれで失礼いたします」


 これもまたいつもと同様、イプセミッシュのすぐそばには、十二将筆頭にして近衛兵団団長のザガルドア、序列五位にして近衛兵団副団長のソミュエラの二人が控えている。さらに数名の近衛兵団が警護に当たっていた。


「陛下、ディリニッツにございます。本日は、陛下にぜひともおうかがいしたき儀があり、失礼を承知で参りました」


 イプセミッシュの最後の盾として、影にひそみ、滅多めったに姿を見せない冷静沈着な隠密兵団団長ディリニッツが、珍しくも興奮している。


 イプセミッシュが十二将に対して許している十歩手前まで詰め寄り、おくせず顔を上げている。これには、ザガルドアもソミュエラも驚きを隠せない。エンチェンツォも思わず足を止め、この状況を注視している。


 さらには、今日に限って十二将が他にも五人、玉座の間に顔を出しているのだった。序列三位のヴェレージャ、序列六位のブリュムンド、序列八位のフォンセカーロ、序列十位のトゥウェルテナ、それに序列十一位のセルアシェルだ。


 奇しくも、十二将のエルフ属三名が全てそろったことになる。


 ハーフエルフのセルアシェルが慌ててディリニッツのもとへ駆け寄ってくる。


「ディリニッツ団長、どうしたというのですか。いつもの貴男らしくありません。このままでは陛下のご不興ふきょうこうむります。すぐに退出いたしましょう」


 ディリニッツはセルアシェルをにらみつけ、彼女が差し出した手を邪見に払いける。


「セルアシェル、お前は引っ込んでいろ。私は、陛下に確認しなければならない」


 ザガルドアをはじめ、他の十二将は一切言葉を差しはさまない。成り行きを見守っているだけだ。彼らが動くのは、イプセミッシュの身に危険が迫った時のみと決まっている。


「ディリニッツ、そこまで興奮して何が聞きたいのだ。構わぬ、発言を許す。言ってみろ」


 イプセミッシュが鷹揚おうように構えたまま、ディリニッツを見据えている。


≪そなたには、これ以上、迷惑をかけられぬ。ここからは私が代わろう。出るぞ≫

≪承知いたしました、レスティー様≫


 レスティーはここにいる十二将を試していた。ディリニッツとの会話時、魔力を隠蔽いんぺいすることなく、垂れ流しにしていたのだ。


 反応できたのは、一人のみだった。

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