第061話:戦いの二つの局面

 対策会議は、想定外の人物が多くつどった。もともと用意されていた円卓では立錐りっすいの余地もなく、の状態だ。


 国王イオニアの指示のもと、急遽、円卓は長卓ちょうたくに変更され、椅子も人数分が手配された。各々に相応ふさわしい並びで、再び一同が席に着く。


 下手から見ると、真正面に国王でもあり、対策会議の議長でもあるイオニアがただ一人座る。


 左手には、魔術高等院ステルヴィアを代表してビュルクヴィスト、ルシィーエット、オントワーヌ、エレニディールの順に並んでいる。


 さらに、エルフ属を代表してキィリイェーロ、トゥルデューロがその座を占めた。


 右手には、本来なら第一王女のセレネイアが座るべきだが、彼女は気を失ってしまったため自室に運ばれ、眠りに就いている。もちろん、ビュルクヴィストが防御結界を展開したうえで彼女の安全性を確保していた。従って、第二王女マリエッタ、第三王女シルヴィーヌが並び、宰相モルディーズが続く。


 そこから、各騎兵団の団長が座ることになった。第一は不在、よって第二から第九までの団長がその座を占める。各副団長は残った椅子に適宜腰を下ろすことになった。


 残るは、レスティーとカランダイオの二人だ。二人はイオニアと真正面に向き合う形で座していた。イオニアはレスティーに対して、是非とも自分の横にと願ったものの、レスティーは固辞、今の位置に落ち着いたというわけだ。


「では、それぞれの紹介も済んだところで、会議を再開したい。ビュルクヴィスト殿、あとは我らの決戦場所の特定を残すのみ、というところでよろしかったかな」

「ええ、問題ありません。ラディック王国とゼンディニア王国との一件についてはね。イプセミッシュ殿の真意は、いまはかりかねますが」


 ビュルクヴィストはいったん言葉を切ると、視線の方向をイオニアからレスティーに変えた。


「王国間の戦乱に我ら魔術高等院ステルヴィアが介在することはあっても、あちらにおられるレスティー殿が動くことはあり得ません。それ以上の理由があって、わざわざここまで出向かれた、ということでよろしいでしょうか」


 ビュルクヴィストは、レスティーの理念を熟知している。あくまで、主物質界における出来事は、主物質界の者のみで解決しなければならないということを。


 レスティーは静かにうなづくと、言葉を発する。


「私があえて一つだけ言うとしたら、この問題は二つの大局を俯瞰ふかんしなければ解決できないということだ。一つはそなたたちが直接関与する国家間の争いだ」


 ここで立ち上がったのは、第三王女のシルヴィーヌだった。彼女は身体の向きをレスティーに移すと、優雅に、かつ王族として最大限の礼をもって挨拶した。


「レスティー様、唐突に申し訳ございません。私、第三王女のシルヴィーヌと申します。このように拝謁の機会を頂戴し、大変光栄に存じます。私の大切な姉セレネイアを二度にわたって救ってくださり、感謝の言葉もありません。姉セレネイアに代わり、このシルヴィーヌ、心よりお礼を申し上げます」


 本来ならば、第二王女たるマリエッタが先陣を切ってすべき行動ではあった。シルヴィーヌにすっかり機先を制されてしまっている。


 あたふたしているマリエッタを軽く右ひじ小突こつくシルヴィーヌ、さらに向かい合う形で座しているルシィーエットからも視線が飛んでくる。ほら、あんたもだよ、と。


「レスティー様、第二王女マリエッタにございます。シルヴィーヌと同じく、ご尊顔を拝し、恐悦至極きょうえつしごくに存じます。姉セレネイアの件におきましては、多大なるご助力をいただき、感謝の念にえません」


 シルヴィーヌ同様、丁寧な王族礼をもってレスティーに最大限の敬意を払う。王族にも関わらず、二人からは尊大な態度が一切感じられない。


「私たち姉妹にとって、姉セレネイアは掛け替えのない存在、その姉の命があるのは全て貴男様のおかげに存じます。私たち姉妹のできる限りにおきまして、貴男様に礼を尽くしたく、何なりとお申しつけくださいませ」


 マリエッタは言葉を継ぎ、改めて心のこもった礼を送った。


「言うわね、マリエッタ。礼の対価として、レスティー殿から求婚されたなら、あなた、受けるのよね」

「きゅ、求婚」


 声が裏返っている。マリエッタの顔が真っ赤に染まっている。それを面白そうに眺めるシルヴィーヌが、追い打ちをかける。


「そうですわ、マリエッタお姉様。あんなことをおっしゃったのですから、覚悟はできているのですね。それに、お姉様は十三、あと二年もすれば、実際に結婚できるのですから。ああ、私なんてまだ五年もあるというのに、何ともうらやましい限りですわ」


 これは明らかにルシィーエットとシルヴィーヌのマリエッタに対するいじりだ。セレネイアがいれば、こうはならないものの、彼女は不在だ。


 ビュルクヴィストとオントワーヌがそれぞれの首を真横に振って、ルシィーエットをにらんでいる。


「ちょっと何、あんたたちまで。それに、ほら、ご覧よ。マリエッタだって、まんざらでもない様子じゃない」

「ならん、ならん、ならんぞ、マリエッタ。婚姻など、余は決して許さぬぞ」


 まさに頭から火を噴いている状態のマリエッタと、ここで親馬鹿を発揮するイオニアに一同があきれた、それでいて、優し気な眼差しを向けている。


 場を収拾するために、レスティーはただ一度、軽く手を打ち合わせた。


「二人の気持ちは十分に受け取った。礼など無用だ。そなたたちの姉、あの娘を助けたのは、一種の天啓とでも言うべきか。ティルフォネラ、それにラ=ファンデアが私を導いたのであろう」

「まさか、ティルフォネラが、この時代に」


 制止したのは、エレニディールだ。


「ビュルクヴィスト、その話はまた後で。今は触れない方がよいでしょう」

「ふむ、そうなのですか。では、後ほどということにしておきましょうか」


 納得していないであろうビュルクヴィストだった。蒸し返すような行動は取らなかった。


「続きだ。もう一つはシュリシェヒリのエルフ属による争いだ。これについては、キィリイェーロに聞くのが早いだろう。先ほどは言わなかったが、キィリイェーロはジリニエイユの実弟であり、トゥルデューロはパレデュカルの親友でもある」


 レスティーの言葉に場が騒然となった。ビュルクヴィストも、この事実は知らなかったようだ。さすがに驚愕きょうがくしている。


「我が兄ジリニエイユ、さらにはパレデュカルの一件において、皆様方に多大なご迷惑をおかけしております。シュリシェヒリの里を預かる長老として、まずは深くおび申し上げます」


 キィリイェーロは立ち上がると、一同を前に深々と頭を下げる。釣られるように立ち上がったトゥルデューロも同じく、頭を下げている。


「この問題につきましては、我らエルフ属の者にお任せいただきたく、手出し無用にてお願いしたく存じます。我らが知る情報は、これより先、新たに入手した情報も含め、皆様に余すことなく全てお伝えすることを約束いたします」


 キィリイェーロは反感を承知のうえで、あえてエルフ属以外の介入無用を宣言したのだ。


「それはどういうことかしら。エルフ属の戦いだから、エルフでない私たちは一切手出しするな、と言っているように聞こえるけど」


 ルシィーエットが鋭い口調で問いただす。


「そこまでは申しておりませんよ。それに、魔術高等院ステルヴィアの皆様は、レスティー様の指示をあおぐのではありませんかな。レスティー様には、本件において、エルフ属のみで対処する旨、既にご了承をいただいております」


 キィリイェーロをはじめ、魔術高等院ステルヴィアの三人の視線がレスティーに向けられる。レスティーはうなづきをもって、キィリイェーロの言葉に間違いがないことを示した。すなわち、この話は決着したということだ。


 キィリイェーロが改めて言葉を発する。先ほどの魔霊鬼ペリノデュエズとの戦いを見たうえでの助言だ。まずは、見事な戦いぶりと褒めた後、つけ加えた。


「我らが戦おうとしているのは、中位シャウラダーブをもはるかにしの高位ルデラリズの可能性が高いのです。多くの命をあたら散らす必要はありますまい。私は、兄ジリニエイユを倒すため、おのが命を懸けておりますれば」


 誰も反論できない。キィリイェーロの覚悟はそこまで強かった。


「レスティー、私はいかようにすればよろしいでしょうか。キィリイェーロ殿はおっしゃいました。私も里は違えど、エルフ属ですからね」


 エレニディールの問いに対し、レスティーは即答した。


「そなたにはキィリイェーロたちと共に戦ってもらう。これは決定事項だ」


 ビュルクヴィストは思わず天をあおいだ。その瞳は、悲しみにいろどられていた。

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