第060話:かつての三賢者
ビュルクヴィストはまだ動かない。いつでも動ける状態を維持しつつ、合図を待つだけだ。
「ビュルクヴィスト、もうよいぞ。そなたの力、しかと見せてもらおう」
レスティーの言葉を受けて、ビュルクヴィストが突き出していた両手を頭上に
「お待ちしていましたよ、レスティー殿。では、参ります」
霧散していた霜の嵐が、掲げた両手に導かれて急速に
「
発動、解き放つ。
それは
雷撃と熱炎によって身体の自由を
ビュルクヴィストの魔術は、その身体を容赦なく
実際には、
「これがビュルクヴィスト様のお力か。さすがは元賢者であらせられる。儂も本物の魔術というものを初めて見たが、何とも
感嘆の声を上げているのはホルベントだ。賢者の噂は色々と耳に入ってくるものの、肩を並べて戦うことなど
こうして、目の前でその力をまざまざと見せつけられると、噂の全てが真実だと思えてならない。それほどまでにビュルクヴィストの魔術は圧倒的だった。
「ホルベント、もっと
ビュルクヴィストの魔術制御能力がいかに高いかを示す
「いかがでしょうか、レスティー殿」
ビュルクヴィストのはしゃぎようが何とも言えず、まるで褒められるのを待っている子供のように思える。レスティーは苦笑を浮かべるしかなかった。
彼の実力は申し分ない。賢者時代よりも円熟味を増しているように感じられる。ここは素直に褒めるしかない。調子に乗るのは困りものだが。
そう思った矢先のこと、空間に亀裂が入った。ビュルクヴィストが
「我が主レスティー様、来たようです」
「いったい誰ですか。直接、この場に魔術転移門を開ける者はごく限られているはずです」
首を
開ききった魔術転移門から二つの影が降り立つ。一人が足早にビュルクヴィストに歩み寄ると、いきなりその膝頭を蹴り上げた。
「あ痛っ」
「ビュルクヴィスト、どういうつもりだ。あたしゃ、既に賢者を引退した身だ。こっちのオントワーヌもおんなじだ。それを今すぐ何をおいてもラディック王国の王宮に来いとは、いったいどういう
激高気味の女の言葉にビュルクヴィストは慌てる以上に面食らっている。あまりに予想外のことが起きているからだ。
「え、は、はい、ちょっと、待ってください、ルシィーエット。いったい何を言っているのですか。私は貴女もオントワーヌも呼び出したりはしていませんよ。完全な
相も変わらず、沸点の低いルシィーエットは一切聞く耳を持たず、ビュルクヴィストに魔電信を突きつける。
「ここにしっかりあんたの名が記されているじゃないか。それでもしらを切るつもりなのかい」
「だから、私ではありませんって。オントワーヌ、貴男もなのですか」
こうなってしまった以上、ルシィーエットと話をしていても
「私のところにもルシィーエットと同じ内容の魔電信が届いた。だからこそ、こうやって
全く意味不明な状況で困惑しきりのビュルクヴィスト、強制的に呼び出されて怒るルシィーエット、終始落ち着いている冷静なオントワーヌ、態度は三者三様だ。
「お二人には申し訳ない。その魔電信は、ビュルクヴィスト殿の名を借りて、私が送信したものです」
ルシィーエットとオントワーヌ、それにビュルクヴィストの視線が、
標的をビュルクヴィストからカランダイオに変えたルシィーエットが、早速突っかかってくる。
彼女はそこで硬直してしまった。カランダイオのすぐ
「えっ」
彼女の口から間の抜けた、
「久しいな、ルシィーエット、オントワーヌ。およそ百年ぶりだな。また、そなたたちに会えて嬉しく思う」
そこからのルシィーエットの行動は尋常ならざるものがあった。
ビュルクヴィストとオントワーヌの二人を除き、ここにいる誰もが
オントワーヌにだけ聞こえる声量で問いかける。
「ちょっと、オントワーヌ。レスティー殿がここにいることを貴男は知っていたの」
先ほどまでの口調とは一転している。オントワーヌはあえてそこには触れず、答えを返した。
「いえ、私もここに来て初めて知ったところですよ。それよりも、ルシィーエット。貴女はなぜ私の背後に隠れているのですか。レスティー殿にようやく会えたというのに」
オントワーヌに女心は分からない。分かるはずもない。ルシィーエットは即答で返した。
「こんな恥ずかしい姿で出られるわけないでしょ。あれからもう百年よ。私は老いているのに、彼は出会ったあの当時のまま。私の髪は
ルシィーエットがレスカレオの賢者を当代の者に移譲したのは、今から七年前のことだ。それまでは、常に魔力を活性化させ続け、全身に
肉体を老化させることなく、最盛期の状態を維持し続けられるのだ。引退後はその必要もなくなる。魔力を沈静化させなければ、身体を害することになるからだ。
特に、ルシィーエットは漲らせた魔力を一気に放出、失ったらまた全身に
彼女自身、それを決して後悔しているわけではない。
「レスティー殿、本当にお久しぶりですね。私も再び貴男のお姿を拝見でき、大変嬉しく思います」
筋骨隆々たる岩のようなオントワーヌは、その身体に似合わず、実に控えめで
オントワーヌはレスティーに敬意を示すために
「ちょ、ちょっと、オントワーヌ、いきなり何するのよ」
慌てふためくルシィーエットが可愛らしくも見える。
「あのようなルシィーエット様は初めて見ます。まるで乙女のようなルシィーエット様、とても可愛いです。いえ、いつも以上に美しいですわ」
ルシィーエットに魔術の
「オントワーヌ、そのようなことは無用だ。私に跪く必要などない。以前にも言ったはずだ。それに、ルシィーエット、なぜ急にオントワーヌの背後に」
レスティーの言葉を
「そ、それはですね、ええ、はい、ルシィーエットも女だということです。ああ見えて、彼女は乙女、いえ淑女なのですよ」
このやりとりに、ビュルクヴィストがたまりかねて大笑いしている。
「オントワーヌ、ちょっと
即座にルシィーエットが鋭い視線をビュルクヴィストに向ける。そこには
さすがに笑いすぎたか。ビュルクヴィストが気の毒なルシィーエットのために言葉を
「レスティー殿、ルシィーエットは貴男の前に出るのが恥ずかしいのですよ」
「なぜ、恥ずかしいのだ」
レスティーは理解できないとばかりにビュルクヴィストに問い返した。
「それが女心というものです。ルシィーエットが貴男と出会ったのは、今からおよそ百年前です。あの時のルシィーエットの姿と、今の姿を比べると、言わずもがなです」
レスティーにとって、時の流れは無意味だ。だからと言って、人族にとっての時の流れを無視しているわけではない。限られた命の中で、精一杯生きる人族は、ある意味、レスティーにとって眩しい存在でもある。
「ああ、そなたの言いたいことは私にも分かる。魔力がもたらす肉体変化、特に老いは、人族にとって避けては通れぬものだ」
レスティーはビュルクヴィスト、オントワーヌの順に視線を動かし、最後にルシィーエットの揺れる瞳を真っすぐに見つめた。
「ルシィーエット、そなたは美しい。百年前に会ったその時から何も変わっておらぬ。確かに外見の変化はあるだろう。人
一言、一言、噛み締めるように言葉を紡ぐ。決して同情からの言葉ではない。それは十分にルシィーエットにも伝わっている。
「私が断言する。そなたは美しい。いや、百年前よりもその美しさに
「レスティー殿、貴男という御方は」
ルシィーエットは、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます