第058話:ビュルクヴィストと老兵の力
伸びた二本の腕が真下に向けて振り下ろされ、セレネイアが座っていた場所を正確に打ち
「そなたが見る必要はない。居心地はよくないだろうが、もう少しこのまま我慢してくれ」
セレネイアは顔を真っ赤に染めたまま、そっと
(今の私の顔、とんでもありません。マリエッタやシルヴィーヌに見られたら、それこそ私は)
ディランダイン砦での後始末時もそうだった。
もともと、セレネイアは男に触れられることを好ましく思っていない。それがレスティーに限っては、その感情が鳴りを
レスティーは背を向けたまま、全く動こうとはしない。
「何という威力だ。これが
第四騎兵団団長で騎兵団最年長のホルベントは、ひび割れた空間を見上げている。二本の腕が引き起こした破壊を前に、冷静に分析を行っていた。
さすがに数々の戦場を渡り歩いてきただけのことはある。経験に裏づけられた彼の言葉は、まさに
確かに攻撃力は
「こやつがもたらす真の恐ろしさは、人への徹底した恐怖心だ。姿形や繰り出される予想もつかない攻撃は無論だが、何よりも
レスティーは視線を横に振り、老戦士の言葉を感心しながら聞いている。
「騎兵団最年長のホルベントという者です。
主のためにカランダイオが説明する。
「あのような者がいるなら、何とかなるだろう」
「では、掃除の後始末を。この私が」
カランダイオが率先して動こうとするも、レスティーが制止した。
「あそこで突っ立っているビュルクヴィストにさせる」
その名前が主の口から出たことで、カランダイオは僅かに表情を
「不服か」
「
レスティーは苦笑を浮かべつつ、カランダイオに告げる。
「そなたとビュルクヴィストの関係は承知している。
「
カランダイオは応じると、一歩下がった。
「震えは収まったか。もう大丈夫だな」
レスティーの胸に顔を
慌てて顔を上げると、半歩後退してレスティーとの距離を取った。
「レスティー様、二度にわたってお助けいただき、誠に有り難うございます」
丁寧に頭を下げつつ、今のセレネイアにはそれだけ言うのが精一杯だった。
「礼には及ばぬ。カランダイオ、頼む」
セレネイアがカランダイオの位置まで下がったことを確認、レスティーは反転、ようやく
「ビュルクヴィスト、あれの後始末を任せる。そなたの力を見せよ」
ビュルクヴィストは満面の笑みでレスティーを見ると、ようやく自分の出番が来たとばかりにやる気を
「レスティー殿、お声がかかるのを今か今かと待ちわびておりましたよ。万事、このビュルクヴィストにお任せいただければ何の問題もなく、見事に片づけて見せましょう。と言っても、既に」
「一言多い。余計なことは言わずともよい」
ビュルクヴィストは思わず額を叩くと、ああ、またやってしまった、という表情で、恐る恐るレスティーに視線を向ける。
レスティーはもちろん、カランダイオも、挙げ句はエレニディールまでもが
「レスティー殿はともかく、カランダイオ、それにエレニディールまで。貴方たちはいったい何ですか。こう見えても、私は」
「はいはい、もういいですから。ビュルクヴィスト、早くそれを始末してしまってください。後がつかえているのですよ」
ビュルクヴィストに最後まで言わせず、一刀両断とばかりにエレニディールが話を打ち切る。さすが、ビュルクヴィストの弟子でもある。師の扱いには慣れたものだ。
「私はステルヴィアの院長であり、貴男の師でもあるのですがね。どうも納得しかねますが。ともあれ、早々に済ませましょうか」
ビュルクヴィストはしきりに首を
エレニディールにしても、ビュルクヴィストの魔術を見るのは久しぶりになる。しかも、レスティーの言葉を受けての魔術行使となれば、彼が最も得意とする最大魔術を解き放つだろう。
カランダイオにしても同じだ。
ビュルクヴィストが精神集中に入った。長年にわたる研究によって編み出した
この状況下における完全詠唱は、通常時の十倍の威力を生み出す。それが最上級魔術ならば、複数の合成最上級魔術よりもはるかに強大な力を発揮できるのだ。
「ほう、
騎兵団が一同に
状況を
「カランダイオ、私が行かなければ」
「駄目です。我が主に託された貴女を行かせるわけにはいきません。我が主は、お答えになりませんでした。
セレネイアの右腕をしっかり
そして、その答えを持ち合わせていなかった。持ち合わせてはいないが、ある程度の想像はつく。口にするのが何よりも恐ろしい。
心を
「今、貴女は
自身の口から詳しく述べるわけにはいかない。主たるレスティーの許可を得ていないこともある。何よりも、告げたら最後、セレネイアの心は完全に壊れてしまうだろう。それを危惧してのことだ。
「女である貴女には辛いでしょうが、これだけは告げておきます。ディランダイン砦でクルシュヴィックと
これが何を意味するか、理解できないセレネイアではない。
「貴女はどこにいようと、
収まっていた身体の震えが、再び彼女を襲う。
「いや、いや、いやあぁ」
今度は永遠に止まらないのではないか。そう思った途端、自分でも想像できないほどの悲鳴が口を
セレネイアは絶叫のうちに意識を失い、
≪お役に立てず申し訳ございません、我が主レスティー様≫
≪そなたが言わねば、私が言っていた。そなたには、嫌な役目を押しつけてしまった。私が告げるべきであった。許せ≫
「タキプロシス、何をしておる。セレネイア姫があのような状況なのだぞ。クルシュヴィックもおらぬ。今、お前がやらずして誰がやると言うのだ。
ホルベントの強烈な声が飛ぶ。ここで奮い立たずして、何がラディック王国が誇る騎兵団だ。
タキプロシスはなおも
これでは指揮官どころではない。自信のない者の指揮ほど、恐ろしいものはないのだ。
(こやつは駄目だな)
ホルベントは即断した。次の順からいくと、第三騎兵団団長のハクゼブルフトだ。ホルベントはすぐさま彼に目を向けた。
「ホルベント老、指揮官は貴方が
ハクゼブルフトは既に槍を構えている。ここからの
「ケイランガ、貴方にも得意の弓で援護していただきたい。お願いできるか」
ハクゼブルフトの言葉に、第六騎兵団の団長ケイランガは力強く頷いた。
ビュルクヴィスト、そして騎兵団たちの攻撃の準備がまさに整った瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます