第057話:縮地を超える縮天
セレネイアはまさに今、自分が置かれている状況が理解できないでいた。
(え、私、なぜ、どうして。こんなことに)
素直な心情だった。次第に、顔が
少し時間を巻き戻そう。
「動くな。動けば、茨の標的になる」
その言葉に誰もが身を固くして構える。
カランダイオの
茨はカランダイオの制御下にあるものの、動くもの全てを標的とするのだ。
(制御力が増している。
対象はセレネイアの真上、彼女の座る位置からおよそ二メルクの高さにある空間一帯だ。
「あっ」
セレネイアは束の間、レスティーと目が合ったような気がした。思わず声が
レスティーは
魔術は一切行使していない。レスティーが魔力を用いることによって、既に発動しているカランダイオの魔術と
相克などという、そんな
レスティーの魔力とカランダイオのそれでは、
発動された魔術は、決して
発動途上で強制解除するには、圧倒的魔力をもって魔術そのものを上書きしてしまうか、対抗魔術をもって打ち消し合うかの二つの方法しかない。
(カランダイオに花を持たせるのも私の務めだからな)
レスティーは
体術の一つに
縮地はあくまで移動術であり、攻撃の要素は一切ない。敵と
並の敵が相手なら、それでも問題ないだろう。縮地後、攻撃に転じれば倒せるに違いない。突然、目の前に出現するのだ。一時的に動きを停滞させられる。
相手が達人ともなると、そう簡単にはいかない。縮地の完了後、改めて攻撃の動作に入る。そこに僅かながらも隙が生じるからだ。
瞬きにも満たない僅かの間を見極め、さらに正確に攻撃ができる達人がいたとしたら、敗北は必至となる。
その欠点を改良して編み出したのが、レスティーの固有体術こと縮天なのだ。当然、使い手はレスティーただ一人しかいない。
セレネイアのやや右半身、そこからおよそ三十セルク手前だ。レスティーは縮天の動作に入っていた。右脚が着地する。縮地ならば、ここで動作完了だ。
レスティーの動作は、なおも続く。右脚を軸にして、軸ごと身体を右にひねり出す。右手は左腰の鞘に収めた剣の
剣は
剣が無音のまま鞘を
一切の音もなく進む。完全に抜き放たれた刃が
一筋の閃光が走る。
レスティーは空いた左手を、セレネイアの背に回していた。完全に空間を裂ききったと同時、回したレスティーの左手は、セレネイアの左腰に触れて軽々と
レスティーの身体は、右脚を軸に既に半回転を終えていた。抜き放った剣は再び鞘に収まり、沈黙している。
ここまでの一連の動作は、水が流れるがごとく、一瞬たりとも途切れることなく続いた。
仕上げは左脚の踏み込みのみだ。今度は、一歩踏み出した左脚が軸となり、レスティーの姿はもとの位置に戻っていた。
「終わりましたね」
カランダイオは満足げに呟き、振り返った。そこには左腕にセレネイアを抱えたレスティーの姿があった。
「見事だった、カランダイオ」
主からの、カランダイオが最も聞きたい、何よりの言葉だった。黙して頭を下げる彼の顔には満面の笑みが浮かんでいる。決してセレネイアには見せられないものだ。
セレネイアは、自分が置かれている状況に思考が全く追いつかない。
(え、どうして、私。なぜ、こんな。え、私、今、レスティー様に抱かれている)
顔が一気に
カランダイオが顔を上げた。さすがに笑みは消えている。
「我が主レスティー様、有り難きお言葉を頂戴し、歓喜に
カランダイオが尋ねた途端、鏡がひび割れるがごとく、空間に複数の亀裂が入った。まさにレスティーが先ほど切り裂いた空間だ。そこから二本の腕が伸び出てきている。腕と言っても、人のそれではない。
「な、何だ、あれは」
座っていた者たちが
レスティーは完全に背を向けた状態だ。従って、左腕に抱えたセレネイアが二本の腕を直視する形になっている。レスティーは一向に気にすることもなく、静かにセレネイアを下ろした。
「あのまま放置していたら、そなたが犠牲になっていた。やむを得ずとはいえ、手荒な真似をした。済まない」
セレネイアはレスティーの言葉で現実に返った。
「私が、狙われた。でも、いったい」
あの時の恐怖心が
そんなセレネイアを見て、レスティーは彼女の背に手を回した。僅かに力を入れて、そっと抱き締める。
「私がいる限り、そなたに指一本触れさせることはない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます