第051話:シルヴィーヌへの評価

 ビュルクヴィストとセレネイアが互いに顔を見合わせている。


 どちらが先に答えるかの相談だ。譲り合いをしたところで意味がない。恐らく、二人の結論は同じだろう。それゆえ、ビュルクヴィストは提案した。


「セレネイア第一王女、私と問答形式とでも言いましょうか、お互いに会話をしていく中で一つずつ謎解きをしていくとしましょう」


 ビュルクヴィストは、まだ分からないこともあるとつけ加えたうえで、強引にカランダイオを巻き込むことにした。


「彼にも加わってもらって、全てを解明していきましょうか」

「おい、勝手に私を加えるんじゃない」


 すかさずカランダイオから非難の声が飛んでくる。あっさり無視したビュルクヴィストが続ける。


「カランダイオ、貴男もそんなところで一人立っていないで、こちらに来てください」


 ビュルクヴィストの押しの強さは知っている。ここで抵抗しても無駄だと悟ったか、カランダイオは舌打ち一つ、渋々と歩み寄っていく。


「早速、始めましょう。まずはパレデュカルの側面から見ていきます。彼の目的は明確ですね。ジリニエイユを見つけ出し、サリエシェルナを救出することです。どうですか」


 振り先はもちろんセレネイアだ。


「そのとおりだと思います。ただ、気になることがあります。ビュルクヴィスト様はサリエシェルナに関して、『あれが生きているのかと言われれば答えに窮す』とおっしゃいました。どういうことでしょうか」


 即答したのはカランダイオだ。


「肉体と魂を分離したのでしょうね」


 先を越されたビュルクヴィストが悔しそうな顔をしている。続きを奪うように、説明を加えていく。この二人、相変わらずだ。


 説明といっても推測の域を出ない。ビュルクヴィストは、その現場を実際に見ているわけではないのだ。


 ジリニエイユにとっても、サリエシェルナは必要不可欠な存在だ。当然、死なせるわけにはいかない。人一人を完全な状態で生き長らえさせ、しかも常に行動を共にするとなると、数多あまたの困難がつきまとう。


「肉体と魂を分離したうえで、我々が探し出せない場所に隠していると考えるべきでしょう」


 神をも恐れぬ非道な行為だとばかりに、顔をしかめたイオニアが怒り任せに言葉を吐く。


「そのようなことが可能なのか」

「可能です。言うまでもなく外道げどうな行為です。何より、肉体と魂に対する侮辱ぶじょくほかなりません」


 カランダイオもビュルクヴィストと全く同じ思いだ。とりわけ、彼の怒りはここにいる誰よりも強い。


 セレネイアが心配そうに彼を見つめている。その視線に気づいたか、カランダイオは表情をわららげた。


「セレネイア殿、私は大丈夫ですよ。少しだけ昔を思い出していただけです」


 ビュルクヴィストは押し黙ったままだ。こういうところだけ、なぜか妙に気が回る男だった。


「最大の問題は、先にジリニエイユを倒してしまったらサリエシェルナの肉体と魂を一つに戻せるのか、ということです。私には皆目見当がつきません。私の力では不可能だと思っています。恐らく、これをせる、いえ失言でした。ご容赦を」


 素直に頭を下げたビュルクヴィストに、怪訝けげんな表情を浮かべるセレネイアたちだった。その中でただ一人、カランダイオだけが最大級の非難の眼差しを向けている。


 ビュルクヴィストが自ら言葉をさえぎったのは、彼の視線に気づいたからだった。


「そうなると、ジリニエイユを倒す前にサリエシェルナの肉体と魂、いずれも取り戻さなければならない、ということですね。現実問題として可能なのでしょうか」


 もっともな問いかけだ。ジリニエイユはパレデュカルの師でもあった強大な魔術師であり、今や魔霊鬼ペリノデュエズをも従えている。


 ここまでの歳月をて、中位シャウラダーブあるいは、考えたくもないが高位ルデラリズさえ支配下に置いている可能性がないとは言い切れない。


 ここで魔霊鬼ペリノデュエズの強さについて触れておこう。


 なりそこないセペプレから始まり、低位メザディム中位シャウラダーブ高位ルデラリズと強さが増していく。


 なりそこないセペプレの強さを一とすると、低位メザディムはその約百倍、中位シャウラダーブはその約一万倍、高位ルデラリズは約百万倍以上の強さとなる。


 もちろん、これらは最低限の比較であり、中位シャウラダーブに匹敵するぐらいの低位メザディムもいれば、高位ルデラリズに匹敵するぐらいの中位シャウラダーブもいるということだ。


 ちなみに、主物質界で見かけられるのはせいぜい中位シャウラダーブまでだ。高位ルデラリズとの遭遇は、これまで全大陸でわずか三件しか報告されていない。報告できなかったと言うべきか。


 高位ルデラリズとの遭遇は、そのまま死と同義だ。この三件は、かなり遠目からの確認であって、目の前で遭遇したわけではなかったからだ。


「セレネイア第一王女、ジリニエイユは、あの時はまだなりそこないセペプレさえ制御できていませんでした。あれからおよそ二百六十年です。彼には研究に費やすに十二分な時間だったでしょう。最悪を想定しておくべきですね」


 場のざわめきが大きくなっていく。明らかに動揺が広がっていた。中位シャウラダーブでさえ太刀打ちできないのに、その上の高位ルデラリズともなると全滅必至だ。


魔霊鬼ペリノデュエズへの対抗策は、魔術高等院ステルヴィアの英知を結集して考え出してみせます。時間も残されていません。この会合が終わり次第、私もステルヴィアに戻らなければなりません」


 ビュルクヴィストが力強く語るものの、それで皆の気勢が上がるわけではなかった。どちらかと言えば、絶望感がより濃く漂っている。


「ビュルクヴィスト様、よろしくお願いいたします。私も微力ながら、取りうる全ての方策を考えてみます。カランダイオ、貴男の知恵と力を貸していただけますか」


 セレネイアが真っ先に助力をあおいだのはカランダイオだった。打算があったわけではない。ここにいる者の中で、力という面で最も頼りになる存在だったからだ。


「我が主に、絶対迷惑をかけないという前提でなら。構いませんよ、セレネイア殿」


 セレネイアが微笑む。それから二人の妹を見据みすえた。まさに以心伝心とはこのことか。二人は敬愛する姉から頼られたことが何より嬉しかったのだろう。


「もちろんですわ、セレネイアお姉様。私たちはいつもお姉様と共にありますもの」


 すかさず二人の声が返ってくる。


「もう一点、忘れてはいけないことがあるでしょう。ビュルクヴィスト殿、イプセミッシュ殿から届いた宣戦布告には、確かにしたためられていたのですね。戦場に現スフィーリアの賢者を立ち会わせるようにと」


 カランダイオが確認を求めた。


 シルヴィーヌの表情が面白い。私が確認しようと思っていたのに先を越された、というところだろう。


「ええ、そのとおりです。イプセミッシュ殿が彼をわざわざ指名したことがどうにもせないのですよ。ステルヴィアに対し、よい感情をお持ちでないのはさておきですね」


 シルヴィーヌが発言したそうにうずうずしている。先ほどから、その様子に気づいていたセレネイアが優しく声をかける。


「シルヴィーヌ、遠慮なく発言してよいのよ。貴女の考えを聞かせて」

「はい、お姉様。私、思うのです。イプセミッシュ殿下は本当にラディック王国との戦争を望んでいるのかしら、と」


 確かに、ラディック王国とゼンディニア王国との間には、先の戦乱からの因縁がある。さらにヴィルフリオが起こした事件も相まって、ラディック王国には悪感情しか抱いていない。そして、それを隠そうともしないのがイプセミッシュなのだ。


「私に言わせれば、たかだかそれだけのことです。一国の王ともあろうイプセミッシュ殿下が簡単に戦争を仕掛けてくるでしょうか。もっと奥深い要因があるのではないかと想像します」


 それが何かと問われると、シルヴィーヌも明確には答えられない。シルヴィーヌは先の戦乱を経験したわけではないのだ。平和の世に生まれ、何不自由なく生きてきた身だ。いまだ戦争が引き起こす悲惨さを間近に見ていない。


「それでも、過去の歴史から学ぶことで想像はできますわね。イプセミッシュ殿下も、きっと平和を望まれているのです。あの方は今、何かにからめ取られ、戦争に向かって動かされている。そんな気がしてなりません」


 ビュルクヴィストとカランダイオ、二人のシルヴィーヌを見る目が一気に変わった。


(これは思わぬ収穫ですね。文武に長けたセレネイア第一王女と比べると、見劣りはしてしまいますが、武に優れたマリエッタ第二王女、文に優れたシルヴィーヌ第三王女、二人が力を合わせればセレネイア第一王女に匹敵するかもしれませんね)


 勝手に妄想もうそうを膨らませつつ、ビュルクヴィストは楽しい気分になっていた。カランダイオも同じ気持ちに違いない。


 反面、イオニアやモルディーズの立場はなくなる。この際、それはどうでもよいだろう。後は詰めていくだけだ。


「お見事ですね。シルヴィーヌ第三王女。イプセミッシュ殿に関する考察までできているとは想像していませんでしたよ。脱帽ですね。では改めて貴女に問いましょう。イプセミッシュ殿の真意は平和にあるとして、何が彼を搦め取っていると考えていますか。あるいは、誰かに示唆しさされているとか」


 意味深な言葉を最後に投げかける。


「お褒めのお言葉、有り難うございます。私はパレデュカルだと考えていますわ。今回の一件、彼から始まり彼で終わる。そう考えて組み立てていけば、おのずと全てが収まるのです」


 ここまでの話の中で、パレデュカルが所有している銀麗の短剣スクリヴェイロは本物だと証明されている。そして、それを使えばジリニエイユと繋がることができる。


 その点もかんがみると、ジリニエイユとパレデュカルは裏で繋がっていて、互いの利益のために動いている。そう考えるのが自然だろう。


「パレデュカルは明確な理由をもってイプセミッシュ殿下に近づいた。簡単な理由では信用してもらえないでしょう。だからこそ、カルネディオ城を破壊することでイプセミッシュ殿下の信頼を勝ち取ろうとしたのです」


 一見、パレデュカルとイプセミッシュは対等な関係であるようで、実はパレデュカルの手のひらの上なのだ。これがシルヴィーヌの下した結論だった。


 カランダイオは、声にしなかったものの感嘆していた。わずか十歳の少女がここまで考察していることに。セレネイアと同じく、シルヴィーヌの評価を一段階上げざるを得なかった。


 若干のほころびがないわけではない。それでも論理的破綻はたんはほぼなく、話の筋も通っている。不足しているのは裏づけとなる証拠だけだ。


「結論に近づいてきましたね。これが最後の難関です。決戦日時、さらにはいまだ不明のままの決戦場所です。セレネイア第一王女、そしてお二人の王女はどのようなお考えをお持ちですか。ぜひとも披露していただきたいですね」

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