第047話:セレネイアへの評価

「壮大な話であるな。それにしても胸が痛む。何という悲劇なのだ」


 イオニアが憂慮ゆうりょのため息をついた。


「パレデュカルがカルネディオを落とした理由はまだ分からぬ。分からぬものの、余の王国と何某なにがしかの深きつながりがあるのは間違いあるまい。奴隷売買を続けてきた愚か者に天誅てんちゅうを下すため、といった単純な理由ではあるまい、ビュルクヴィスト殿」


 ここまでの昔語りで説明されていない肝心の理由を尋ねる。国王として、最優先で聞いておくべきことだ。


「長話を失礼いたしましたね。皆さん、お疲れかもしれませんが、あと少しだけ続けます。そうしなければ、イオニア殿の疑問も氷解しませんのでね」


 ビュルクヴィストは長々と語ってきた疲れも見せず、それどころか過去を振り返りつつ、悪く言えば楽しみながら話を続けている。少なくともセレネイアたちにはそう映った。


「皆さんにもここで聞いておきましょう。イオニア殿と同じく、これまでの話の中で確かめておきたいことなどがあれば遠慮なく発言してください」


 ビュルクヴィストがそれぞれに向けて視線をゆっくりと動かしていく。その視線が止まるべきところで当然のように止まった。


 相手はもちろんセレネイアだ。


「この先、ビュルクヴィスト様がお話を続けられる中で述べられるかもしれませんが。今、私が個人的に確かめておきたいことです。この五点になります」


 セレネイアが順を追って挙げていく。


 サリエシェルナというエルフがどうなってしまったのか。ジリニエイユはなおも生きているのか。本物の銀麗の短剣スクリヴェイロは、結局のところどこにあるのか。シュリシェヒリの里でいったい何が起こったのか。最後に、シュリシェヒリに戻ったパレデュカルは何を知ったのか。


 五点挙げたものの、セレネイアの言葉の真意は別のところにある。即座に理解できたのは、ビュルクヴィストを除けばイオニア、モルディーズ、カランダイオだけだ。


(この娘は格が違いますね。二人の妹も、あの馬鹿王子に比べればはるかに優れています。その二人が、年齢差を考慮し、あと数年待ったとして、彼女の立つ位置に到達できるか。問われれば、やはり難しいと答えざるを得ないですね)


 カランダイオは心の中で考えつつ、改めてセレネイアの評価をまた一つ高めた。彼の思いは、奇しくもビュルクヴィストが抱いたものと完全一に致している。


(先手を打つ素晴らしさ、何より個人的にと言ったところで一呼吸入れて、私に視線を合わせてくるところなど、思わず震えてしまいましたよ。やはり、この少女こそがラディック王国の時期国王になるべきですね)


 二人から、これだけ高い評価を得ているなどセレネイアには知るよしもない。


 熱い視線を浴びていることに気づいたか、セレネイアは少しだけ顔を赤らめ、うつむき加減で言葉をつむぐ。


「あ、あの、私の顔に、何かついているでしょうか」


(セレネイアお姉様、可愛い)


 二人の妹、マリエッタとシルヴィーヌの心の声が騒々しい。もちろん、声に出しているわけではない。場所が場所なら、思わず抱きついているに違いない。


「これは失礼を。セレネイア第一王女、貴女の聡明さに感服していたところですよ。カランダイオも同じですね」


 私に振るなと目で強く抗議してくるカランダイオを無視する。ビュルクヴィストはセレネイアとの会話を続けた。


「真実を知りたいですか。知ってしまえば、決して後戻りできなくなるかもしれませんよ」


 なかおどしとも取れる言葉だ。


 セレネイアに迷いはない。知らなければならない。真実から目を背けるなど、できるはずもない。セレネイアは強い意志をもって答えた。


「もちろんです。私は、真実こそ知りたいです。ぜひとも、教えてください」


(強い目です。決意を固めた目だ。この少女ならば、大丈夫でしょう)


 ビュルクヴィストもまた意を決した。


 その前に、カランダイオが気になった。彼の思いはどうなのだろうか。視線を流してみる。


 一人だけ、皆がいる場所から離れた場所で腕を組んでたたずんでいる。相変わらずの渋面を浮かべたままだ。わずかながらに視線を合わせた彼が、首を縦に振って返してきた。


(同じ思いということですか。珍しいですね。互いの意見が合致するなんて。それだけ彼もセレネイア第一王女を買っているということですね)


「では、セレネイア第一王女のお知りになりたいことから先に説明いたしましょうか。端的に答えますね」


 ビュルクヴィストは、セレネイアが挙げた五点について明確な答えを出していく。


「サリエシェルナは生きています。あれが生きているのかと言われれば、答えにきゅうします。ともあれ、命は繋ぎ止めているとだけ言っておきましょう」


 セレネイアがわずかに小首をかしげる。ビュルクヴィストの言葉の意味がよく分からない。質問しようとしたところで、先に言葉が発せられていた。


「ジリニエイユですが、彼もまた生きています。あの傀儡術師くぐつじゅつしがおいそれと死ぬはずもありませんしね」


 セレネイアに疑問はない。死んでいるはずがないと思っていたからだ。


銀麗の短剣スクリヴェイロは、パレデュカルがあれ以来所持したままです。最初は正しく神殿に安置するつもりだったそうです。これから話をする事情により、それが不可能となり、いまだ彼の手元にあるのです」


 ビュルクヴィストが説明を加える。


 パレデュカルとジリニエイユが戦っている最中さなか、シュリシェヒリの里に魔霊鬼ペリノデュエズが襲撃をかけたのだ。なりそこないセペプレではあったものの、およそ百数十体という恐ろしいまでの数だった。


 ジリニエイユは、用意周到にも里の周囲になりそこないセペプレひそませていた。里を護るべき結界は無効化され、その役割を果たせない。銀麗の短剣スクリヴェイロがジリニエイユによって持ち出されていたからだ。


 パレデュカルがシュリシェヒリに戻った時には全てが終わっていた。神殿はおろか、里の建造物の大半が破壊されていたのだ。彼らがあがめる聖なる大樹も、大半が瘴気しょうきで根から腐り果ててしまっていた。


 痛ましいことに、老若男女問わず多くの犠牲者が出た。ジリニエイユが愚弟と呼んだ長老も、自身の血だまりに沈んでいた。辛うじて息だけはしている状態で、回復までに随分と長い時間を要したのだった。


「ようやくにして、パレデュカルは長老の口から真実を聞き出すのです」

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