第043話:結晶体の正体

 空に無数の花びらが優雅に舞っている。紅の花びらはその身に炎を纏い、闇を煌々こうこうと照らし出していた。


掌底しょうていによって、全ての炎花ファラメアを自由自在に制御する魔術であったな。腕を上げたな。以前に見た時に比べ、花びらの数が桁違いだ。素晴らしいぞ、ダナドゥーファ」


 パレデュカルは左右の掌底を巧みに動かし、炎花ファラメアを誘導していく。


 狙いはジリニエイユではない。先ほどから魔力制御を妨害し続けている魔術師だ。木々の中にひそもうとも、彼ら四人の位置は把握できている。


(鬱陶しい奴らめ。お前らごときの魔力干渉が、俺に通じるとでも思ったか)


 無数の炎花ファラメアを制御するには、緻密ちみつな魔術操作が必要だ。


 パレデュカルはかなりの時間をかけて工夫をらしてきたのだ。外部から多少の魔力干渉を受けようとも、この程度で動じるものではなかった。


 掌底を下に向け、一気に振り下ろす。彼らの頭上に集った炎花ファラメアが舞い降りる。


「邪魔者は、早々に消え失せろ」


 四人の魔術師たちも黙ってやられるほど油断はしていない。ただ、魔力干渉に集中するあまり、炎花ファラメアに対する反応がわずかに遅れた。


 魔力の使い道を干渉から防御へと移行する。対抗魔術は間に合わない。できるのは結界で防ぎ切ることだ。


「フィウェ・ングゥ・ルー・ベルダウ

 暗き闇の支配者に願う

 底なき虚無きょむの空を我に与えたまえ」


 彼らが唱えた魔術は、光絶結幕隔壁ポーレダントとは対照的な、闇の空を用いる防御結界だ。絶対防御ではないものの、ほとんどの攻撃を跳ね返す光壁と吸い尽くす闇空、どちらも甲乙つけ難い結界魔術だった。


虚空霧吸闇ベディクィーズド


 一枚の花びらが、男たちの髪に触れるのと、闇空が展開されるのと、いったいどちらが早かったか。


「どうやら結界が間に合ったようだな」


 四人の魔力を感知しているジリニエイユがつぶやく。


 確かに、防御結界は間に合った。上空から舞い降りてくる炎花ファラメアに対しては。正しく展開された闇空が、ことごとく炎花ファラメアを飲み込んでいく。


「面白い。初めて見る防御結界だ。だがな、炎花ファラメアが舞い踊るのは何も上空だけとは限らないぞ」


 怪訝けげんな表情は、すぐさま絶望に変わった。


 四人の足元には、今や花びらが無数に降り積もっているのだ。


 熱は全く感じなかった。当然だ。炎を一切まとっていないからだ。いつの間に、そう思った時には遅かった。


 下に向けていたパレデュカルの掌底が裏返る。


 刹那、花びらは重なり合ってまばゆい紅の輝きを放つと、火柱となって立ち上がった。


 四人の闇空は、直上からの攻撃を防ぐためのものだ。直下に展開し直す時間はもちろんなかった。


 絶叫さえ上げる余裕を与えず、業火ごうかは四人を焼き尽くし、さらに跡形も残さず灰と化していった。


すさまじいまでの威力だな。あやつらを焼き尽くしてなお、炎花ファラメアは舞い続けるか。恐ろしいものだ」


 感嘆とともに賞賛の言葉を送るジリニエイユに対し、パレデュカルは慎重に炎花ファラメアを制御しつつ、仕かけ時を図っている。


 最も厄介なのは、ジリニエイユが左手にしている結晶体だ。これを破壊することに意識を集中する。


「気になるようだな。既にその目でたのだ。もはや、何かは分かっているだろう」


 ジリニエイユは不敵な笑みで、手にした結晶体を左右に振って見せる。


 パレデュカルは応じなかった。言葉にするのが恐ろしかったこともある。何より、あれは人ごときが触れてよいものではない。


「そうとも。この結晶体は魔霊鬼ペリノデュエズの核であり、その中に奴らを封じている。と言っても、完全体ではない。なりそこないセペプレだ。今はまだ私自身の魔力はもちろん、研究に費やす時間も足りぬ」


 言外の意味をくみ取る。


 なりそこないセペプレを制御したら、次は低位メザディムだ。さらには中位シャウラダーブをも支配下に置くつもりなのだろう。


 高位ルデラリズの存在自体、主物質界で確認されている数は少ない。ジリニエイユはそれらを把握しているのか。パレデュカルの疑問は尽きない。


「私は全ての魔霊鬼ペリノデュエズ下僕しもべとするつもりだ。そうなれば、我らエルフ属の新王国に逆らう愚か者も出ないであろう。何しろ、魔霊鬼ペリノデュエズを意のままに操れるのだからな。逆らう者は、皆殺しだ」


 恍惚こうこつとした表情で語るジリニエイユに、パレデュカルはかえって冷静さを取り戻していた。狂人をも通り越したジリニエイユにあわれみさえ覚えていた。


「完全に狂ったか。お前は禁断の力に触れてしまったのだな。魔霊鬼ペリノデュエズは、人ごときが制御できるようなものではない。それぐらいお前にも分かっているはずだ」


 ジリニエイユは一笑にす。


魔霊鬼ペリノデュエズを見分ける目が、シュリシェヒリの者のみに与えられたかは私にも分からぬ。神々のたわむれとでも言うべきか。我らは、その力で魔霊鬼ペリノデュエズをいち早く見つけ出し、人知れず狩ってきた」


 言われるまでもない。パレデュカルもその目を持つ一人だからだ。戦いの過程で、多くの同胞が命を奪われ、無残にも散っていったことも理解している。


 奪われる前に奪え。それが魔霊鬼ペリノデュエズとの戦いにおける鉄則だ。情けや慈悲など一切必要ない。


「私はふと思ったのだ。奴らを狩るのもよいが、手駒にできぬものかと。従順な下僕しもべにできれば、我らは労せずして強大な力が得られるのだ」


 ジリニエイユが結晶体を指の間に挟み込み、真っ二つに割った。内部から黒いもやが吹き出し、拡散されていく。


「ダナドゥーファ、実演をまじえて面白いものを見せてやろう」

「何をするつもりだ、ジリニエイユ」


 パレデュカルはいつでも炎花ファラメアを繰り出せるように態勢を整える。掌底に力をめる。


 黒いもやは木々の中に溶け込むように消えていく。しばしの静寂後、木々の合間を縫って何かが出てくる。


「ダナドゥーファよ。力とはこういうものを言うのだ。いかにお前が優れた魔術師であろうと、魔霊鬼ペリノデュエズには勝てぬが道理だ」

「馬鹿な」


 積もった灰が黒い靄に包まれ、次第に人に似た形を作り出していく。灰と靄が混じり合い、異臭が立ち込める。


「さあ、なりそこないセぺプレどもよ。ダナドゥーファの相手をしてやれ」


 靄が徐々に晴れていく。身体らしき部分は、粘度の高い不透明の液体で覆い尽くされていた。


 脚は辛うじて二本ついている。どちらも引きずるように動かし、ゆっくりと近づいてくる。そのたびに粘性液体が地面をらしていく。


 液体には腐食効果でもあるのか、土壌を構成する落ち葉や雑草から白煙が生じていた。


なりそこないセペプレ風情ふぜいが。今一度、灰と化してくれる」


 パレデュカルは両の掌底を素早く合わせた。炎花ファラメアが即座に反応、四体のなりそこないセペプレを包み込む。


 炎が勢いよくぜ、周囲の木々をざわつかせた。身体にまとう粘性液体が次第に蒸発を始め、やがて形を保てないほどに崩れていく。


 炎に焼き尽くされた身体から粘性液体が分離、再び灰となってすさまじい悪臭とともに地面に降り注いだ。


「それぐらいはやってもらわぬとな。では次だ。これならどうだ」


 ジリニエイユは結晶体から再び黒い靄を呼び出すと、灰になったなりそこないセペプレに向けて誘導を始めた。黒い靄が灰と結びつき、先ほどとは比べようもない速度で人の形を作り上げていく。その数、八体と倍に増えている。


 パレデュカルがいかに優れた魔術師であろうと、魔力量は無尽むじんではない。ここで魔力を使いすぎると、肝心のジリニエイユとの戦いで確実に枯渇こかつすることが目に見えている。


「悲しいな、ダナドゥーファ。魔力量を気にしているのであろう。いくら魔力量の高いエルフと言えども限界はある。お前は、いつまで持つだろうな」


 何もかもお見通しといった態度がしゃくさわる。


 パレデュカルは一息入れて呼吸を整えると、魔力量の調整にかかった。まずは、この八体を速やかに滅する。


 掌底に力を入れ、魔力を両の親指を除く八本へと流し込んでいった。


「何度、立ち上がって来ようとも結果は同じだ。灰にかえれ」


 八体個々を対象にして、炎花ファラメアが舞い降りる。


 一度に全体を対象にした方が魔力制御は楽だが魔力量の消費が大きい。制御よりも量を優先、個々撃破に切り替えたのだ。


「ふむ、それはどうかな」


 炎に包まれた。粘性液体が蒸発を始めている。しかし、身体の崩壊が遅々ちちとして進まない。炎花ファラメアへの魔力が不足していたのか。


「こんな短時間で炎花ファラメアに対する耐性を獲得したとでもいうのか」


 魔霊鬼ペリノデュエズとして完全体にはなっていないものの、人とは比べるまでもなく強靭きょうじんな組成構造を有している。


 それでも、パレデュカルの最上級魔術をたった一度食らっただけで、耐性を会得するなどあり得ない。パレデュカルは再び目を開いた。


「これは。そうか。既に炎に対する耐性魔力を付与されていたのか」


 魔力の流れを見れば一目瞭然だった。一つは魔霊鬼ペリノデュエズに特有のもの、そしてもう一つの魔力が確かに流れていた。


「ダナドゥーファよ、お前が火炎系魔術を使うのは分かっていたからな。対策をしておくのは当然であろう」


 今やパレデュカルは絶体絶命に追い込まれつつあった。

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