第040話:初めての手がかり

「何だよ、いきなり。俺たちは何も知らねえよ」


 目の前にやって来た暗黒エルフの男の剣幕に、あたふたしている男たちは、なけなしの虚勢きょせいを張ってすごんでみせる。声音こわねは震えている。


「ああ、済まない。怖がらせるつもりはないんだ。まあ、びだと思ってくれ」


 絶妙な間を置いて、なみなみと注がれたエピウーレが三杯、それに肉、魚、野菜といった食事が運ばれてくる。男たちは目の前に並べられた馳走ちそうを見て、思わず喉を鳴らした。


「心配はらん。毒など入っていない。俺のおごりだ。好きにやってくれ」


 互いに顔を見合わせている男たちを安心させる。話を聞き出すための方策だ。この程度の出費は取るに足らない。


「え、ほんとにいいのか。いや、疑うわけじゃねえんだけどよ」


 言葉と裏腹、疑心暗鬼の表情が男の顔には貼りついている。暗黒エルフの男は、先んじて運ばれてきたエピウーレを一気に飲み干し、料理に口をつけた。


「問題ないだろ。足りなくなったらどんどん追加していいぞ。その代わり、先ほどの話をもう少し聞かせてくれ」


 男の様子に変化のないことを確認した二人は、再び顔を見合わせ頷き合った。目の前の誘惑には勝てない。


「ありがてえ。ここんとこ、まともに食ってなかったからな。じゃあ、遠慮なくいただくぜ」


 むさぼるように食べ始めた二人をしばらく観察する。


 見る限り、武器は長剣に短剣が数本、どれも刃こぼれを起こしているであろう劣化具合だ。使い手の腕が悪いのか、あるいは武器そのものの質が悪いのか、いずれにせよ腕っぷしは期待できそうにない。


 パレデュカルは、満足するまで放置しておくのが賢明だろうと判断、二人の食欲が収まるまで待った。


「ふう、久しぶりに腹いっぱい食べたな。ご馳走になっちまって悪いな。あんたには感謝するよ。で、俺の話を聞きたいんだったな。おっと、その前にもう一杯頼んでいいか」


 どんどん追加していいと言われたからか、もはや遠慮の欠片かけらも見られない。パレデュカルの返事を待つまでもなく、男たちは空になったエピウーレの酒器を持ち上げて、店主にお代わりの合図を送っていた。


 律儀な店主が、パレデュカルに顔を向けて意向を確認してくる。パレデュカルは黙ったまま頷きをもって返した。


 店主は了解したとばかりに、忙しく店内を動き回っている給仕に一声かけると、この店で最も大きな酒器にエピウーレをあふれんばかりに注いだ。


「はい、お待たせ」


 陽気な声が上から降ってくる。どう見ても、未成年らしき給仕の少女が屈託のない笑顔を浮かべ、酒器を円卓の上に置いた。かなり重いはずだ。エピウーレは一滴もこぼれていない。パレデュカルは感心して少女を見上げた。


「一滴も零さずとは見事だな。少ないが取っておいてくれ」

「ありがと、お兄さん」


 嬉しそうに受け取った少女が、軽やかな足取りで戻っていく。


「おいおい、駄目だぜ。あの子はこの店の看板娘だからな。これまでにも多くの客が玉砕しているんだぜ」

「そんなつもりはないさ。それよりも話を始めてくれ」


 男たちから仕入れた情報をかいつまんで言うと、次のようになる。


 ザンガタンでは定期的に闇市が開催される。闇市では毎回三点ほどの目玉商品が出品され、それらの競売には一生遊んで暮らせるほどの大金が動くという。


 それゆえ、目玉商品は厳重に管理され、輸送時には金で雇われた傭兵が数人警護に当たる。さらに、目玉商品の中でもとりわけ貴重な商品に対しては、傭兵以外に魔術師も加わるという。


 今回の闇市に出品されるエルフ女の奴隷は、闇市史上最高落札額になることは間違いなく、傭兵十名に魔術師が数名つき従うということだった。


 ザンガタンの闇市会場は秘匿ひとくされており、主催者からの招待状を受け取ったごく一部の者のみが知るという。


 パレデュカルは、何よりもエルフ女の特徴を知りたかった。もしかしたら、姉の特徴にそぐわないかもしれない。逆の可能性もあるだろう。


「お前たちは、そのエルフ女の奴隷をその目で確認したのか」


 二人は同時に首を横に振った。


「あんた、その奴隷の知り合いか何かなのか」


 落胆した表情を見られたのだろう。男が問いかけてくる。


「あ、ああ。もしかしたら、そうかもしれないと思ってな。いや、知らないならいいんだ」

「俺はこの目で見ていない。だが、俺の昔の悪友がその警備に雇われているんだ。そいつから聞いた話だ。ほんの一瞬しか見えなかったと言ってたんだが、どうやらそのエルフ女、何とも美しい薄緑の長い髪をしているらしい」


 動揺を隠し切れないパレデュカルを男たちが不安げに見つめている。


(ようやく、ようやくだ。この六十余年、どれだけ探そうと手がかりの一つも見つからなかったというのに。今日は何という僥倖ぎょうこうなのだ)


「間違いないのか。嘘じゃないだろうな」

「そいつは手癖も女癖も悪いし、腕っぷししか自慢するものがないけどよ。嘘だけは言わねえよ。俺を信じてくれて大丈夫だ」


 どこからその自信が来るのか、パレデュカルには皆目かいもく見当もつかない。里を出て以来、最高の気分だった。


「分かった。お前を、お前の連れを信じよう。貴重な情報に感謝する。これは礼だ。受け取っておいてくれ」

「え、いいのか。こんな大金」


 あまりの驚きからか、素っ頓狂な声を上げる男たちだった。


 パレデュカルが円卓の上に無造作に置いた硬貨は、二人が武器を新調したうえで、さらに一旬は食事に不自由しないぐらいの金額だ。


「ありがてえ。遠慮なくいただいておくぜ。それから、これもそいつから聞いた話だ。一緒に警護につく魔術師の中で、あんたと同じエルフがいるらしい。一言もしゃべらない陰気な野郎のようだが、魔術の腕は凄いらしいぜ」


 脳裏によぎったのはあの男の顔だ。すぐに浮かんで、消えていった。まさか、そんなことはあるまい。


 パレデュカルは男たちに礼を述べると、店主のもとへ向かい、手際よく勘定かんじょうを済ませた。


「探し物、いえ探し者は見つかりそうですかな」


 怪訝けげんな表情を浮かべるパレデュカルに、店主は大らかに笑ってみせた。


「ある時は酒場の主、またある時は情報屋、ほしい情報があれば調べておきますよ。あの娘に伝えておいてもられば、私が責任をもって」


 あの娘、と言って指したのは、先ほどの看板娘の少女だった。


「いったい、ここは」

「それは言わぬが花というものですよ」


 パレデュカルは呆気あっけに取られている。そんな彼をよそに、店主は先を続けた。


「今宵はたくさんのお金を使っていただきました。なので、特別に一つだけお教えいたしましょう」


 傭兵以外の警護者に魔術師が五人いる。率いるのがパレデュカルと同じく、暗黒エルフの者だということだ。さらには、金さえ積めば何でもする邪道集団で、人殺しもいとわないという。


「魔術学院ステルヴィアも追っている危険な連中です。いずれどこかで相まみえるかもしれませんね」


 魔術高等院ステルヴィアの噂は聞いている。最強の院長のもと、月の名を冠する三人の賢者がその代表格だ。できるなら、彼らとは遭遇したくない。


「素直に礼を言うべきだろうな。どこでそれほどの情報を、と言っても答えてくれそうにない。分かった。情報がほしい時には、そなたとあの娘に頼るとしよう」


 パレデュカルは軽く頭を下げると、きびすを返す。


 元気よく店内を動き回る看板娘に視線をかたむける。ちょうど、少女もこちらに顔を向けるところだった。


 目が合った。愛らしい笑顔だ。


「お兄さん、また来てね。どちらの用事でもいいよ」


 それだけ言って、すぐに給仕の仕事に戻る。パレデュカルは苦笑を浮かべながら、出口に向かって歩を進めた。


「またのお越しをお待ちしております」


 背中に店主の声がかかる。


 パレデュカルは振り返らず、右手を軽く上げて応えた。


 扉を開けて外に出る。


 まとわりついてくる夜気が冷たく感じられた。空を見上げる。


 三連月のうち、紅緋月レスカレオのみが天頂に輝いている。これから起きることを暗示しているかのようでもあった。

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