第039話:サリエシェルナの姿を追い求めて

 ダナドゥーファことパレデュカルがなぜシュリシェヒリの里を出て行ったか、その事情を説明し終えた。


「およそ三百余年前の話です。里を離れて以来、パレデュカルが私と出会うまでの六十年ほどの間、どこで何をしていたのかは分かりません」


 先を続けようとしたビュルクヴィストをさえぎったのは、第三王女シルヴィーヌだった。


「お待ちくださいませ、ビュルクヴィスト様。今のお話をうかがうに、ビュルクヴィスト様とパレデュカルというエルフは親密な関係にあるように聞こえますわ。いったいどういうことなのでしょう」


 その指摘を待っていたとばかりに、ビュルクヴィストが喜んで答える。


「的確なご指摘に感服するばかりです。シルヴィーヌ第三王女は十歳でしたかな。セレネイア第一王女に劣らず優秀ですな。無論、マリエッタ第二王女も言うに及ばず、三姉妹がいればラディック王国は揺るぎなく盤石ばんじゃくと言えましょう」


 ビュルクヴィストは世辞せじを言っているわけではない。本心からの言葉だ。


 ラディック王国初となる女王誕生が見られるかもしれない。しかも、婚姻という面倒なことさえ度外視すれば、三姉妹で三代にわたって統治することさえ可能だろう。


 ビュルクヴィストはそれを切に望んでいる。


 現国王たるイオニアも、次期国王が男である必然性はないと考えている。第一王子ヴィルフリオを立太子と内外に宣明している以上、現時点で次期国王は彼だ。


 先の不始末をかんがみるに、今後は大きな反発も予想される。イオニアとしては悩ましい問題の一つだった。


「では、お認めになられるのですね」

「そのとおりです。私とパレデュカルは魔術師としての同志であり、かつ短期間ではありましたが、私の弟子でもあったのですよ。つまりは、スフィーリアの賢者の兄弟子に当たるのです」


 衝撃的な事実をあっさりと口にするビュルクヴィストだった。皆が皆、唖然あぜんとしているのは言うまでもない。


「パレデュカルに出会ったのは、かれこそ二百数十年前ぐらいでしょうか。私は魔術高等院ステルヴィア院長ではなく、スフィーリアの賢者でした。時の院長オレグナンの指示を受け、魔術師を中心とする邪道術師集団を追っていたのです」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 里を出て六十余年、ようとして姉サリエシェルナの行方はつかめなかった。パレデュカルは手がかりを求めて、シュリシェヒリの里が位置するオーロリドゥー大陸のそれこそありとあらゆる場所を姉の姿を求めてけ回った。


 最初こそ、容易たやすく見つけられるだろうと楽観していた。時が経つにつれ、焦りとともにその思いが悲観へと変わっていく。頭をよぎるのは最悪の事態ばかりだった。


 実のところ、パレデュカルとサリエシェルナに血のつながりはない。エルフ属は純潔主義であり、血の繋がりを何よりも重視している。


 パレデュカルは戦乱が生み落とした孤児だった。それでなくとも、暗黒エルフは同属からの迫害対象になっている。血の濃さや肌の色で差別するなど、まさに愚の極みだ。


 少しでも自分たちと違うところを見つけ出し、優劣をつけたがるのはいつの世も変わらない。


 そんなパレデュカルに手を差し伸べたのがサリエシェルナだった。その時の温もりを、パレデュカルはひと時も忘れたことがない。


「俺の命は姉のためだけにある。あの賊たちが残した魔術残滓ざんしは、俺の身体に刻み込んだ。わずかな痕跡こんせきでも見逃すはずがないのだ。なぜ見つけられないのだ。奴らはあれ以来、魔術を行使していないのとでも言うのか」


 パレデュカルがいかに優れた魔術師であろうと、できることには限界がある。賊の居場所さえつかめれば、魔術探知も有効だろう。


 主物質界のあらゆる大陸に対し、魔術探知の網を広げることなど到底不可能だ。一魔術師が己を中心に魔術探知を広げられる範囲は、せいぜい一キルク程度が関の山といったところだろう。


「俺は絶対にあきらめない。たとえどれだけかかろうとも、必ず姉を見つけ出してみせる」


 決意は固いものの、この六十余年、あらゆる手を尽くして探してきたのだ。それでも見つからないということは、根本的に大きな間違いを犯しているのだろうか。


 パレデュカルは頭を強く振りながら、思考を加速させようとするも、良案は全く浮かんでこなかった。疲労も蓄積している。こういう時は気分転換するに限る。


 パレデュカルは、街の中心部にある一軒の酒場に向かうことにした。夜の街はにぎわいを見せていた。


 様々な大陸を渡り歩いてきたパレデュカルは、セオトドス大陸の外れに位置するゲーデエージュ王国に来ていた。その領土内にあるドズロワという街が今いるところだ。


 人口は約一万人を数える程度、人族を中心とした農業都市で、街の周囲に広がるドズロール平野は麦の一大産地となっている。収穫期ともなれば一面が黄金色に輝き、三連月に照らし出された様子は、幻想的な雰囲気をかもし出す。


 待ちに待った収穫祭の時期ともなれば、街には普段の人口の数倍にも及ぶ観光客が押し寄せる。彼らの目当てはエピウーレという酒だ。


 中でも収穫した麦の最高位、特級に分類されたものだけを厳選して醸造したリーム=エピウーレは、収穫祭でのみ振る舞われことから随一の目玉となっている。


 必ずゲーデエージュ王国の貴賓がこぞって訪れるぐらいなのだから。


 収穫祭も終わって、人出も落ち着いた酒場は適度な込み具合だった。入ってくる客にいちいち目を向けてくるような無粋ぶすいな者もいない。暗黒エルフのパレデュカルは、その容姿を隠すことなく、堂々と酒場内へと入っていった。


 当初はエルフ属たる特徴を周囲に見られないよう、細心の注意を払っていたものだ。いつからか、あえて見せつけるようにした。これが意外に功を奏した。とりわけ大きな利点が二つあった。


 一つは主物質界で見かける機会が少ないエルフ属だと知って、興味本位で近づいてくる者たちから、様々な話が聞けるということだ。そういった者たちは商隊、吟遊詩人などの演奏家や大道芸人といった芸能団が多い。


 もう一つはエルフ属をさげすんで、絡んでくる連中たちとの暴力沙汰だ。この手のやからは、腕力を頼みに何でも己の思いどおりにできると思っている馬鹿どもだ。落ちぶれた貴族や奴隷商人と、その用心棒たちが大半を占めていた。


 彼らを徹底的に叩きのめすことで、パレデュカルという存在そのものの宣伝につながるのだ。彼らの口を通して、めっぽう強い腕利きの暗黒エルフがいるといった伝聞が広がる。そこから何某なにがしかの反応が返ってくる可能性も高まるからだ。


 主物質界で過ごすようになって、パレデュカルは酒量が一気に増えた。里では果実を基にしたリドーメデュと呼ぶ褐色の酒をたしなむ程度だった。


 今では、エピウーレをはじめシュルケル、クォイノス、スコーシュなど、主物質界で手に入る酒なら何でも飲むようになっている。


 店主にエピウーレと軽い食事を注文したパレデュカルは、入口最奥、木造の壁際に配された円卓に一人腰を下ろした。


 店内にいる先客たちに目を向ける。この店の者を除けば、男が十人、女が四人だ。一際大声で騒いでいる二人組の男の声が意識せずとも耳に入ってくる。


「おい、聞いたか。ザンガタンで久しぶりに闇市が開かれるらしいぞ」

「闇市って、どんなものを扱っているんだろうな。興味はあるけど、先立つものもないし、俺たちには無縁だよな」


 下品な笑い声で酒をあおる二人組が何とも鬱陶うっとうしい。


「小耳にはさんだんだ」

「何だよ、急に小声になりやがって。もっとでかい声でしゃべりやがれ」


 話を振った男の声が急に小さくなり、相対している方が酒の勢いもあってか、怒鳴り声を上げている。迷惑このうえない。


 パレデュカルは二人を強制的に黙らせようかと思った矢先、思いがけない言葉が飛び込んできた。


「それがよ、やばい話なんだ。誰かに聞かれたらまずいだろ。何でもよ、この闇市の目玉としてエルフ女の奴隷が競売にかけられるらしいんだ。しかも純血、とびっきりの美人らしいぞ」


 パレデュカルは思わず立ち上がってしまった。その拍子に、飲みかけのエピウーレはおろか、円卓までが大きな音を立ててひっくり返っていた。


 すさまじい形相ぎょうそうで二人組の男の方へ歩み寄っていく。あまりの恐ろしさに、男たちは思わず腰が引けてしまっていた。


「今の話、詳しく聞かせてもらおう」

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