第036話:ビュルクヴィストの来訪

「で、では、二度にわたって魔霊鬼ペリノデュエズを倒されたという御仁に今一度、助力をあおぐことはできないのでしょうか。魔霊鬼ペリノデュエズが相手では我々は無力も同然です」


 言葉を発したケイランガは騎兵としては珍しく、弓術に優れた者で構成された第六騎兵団の団長を務めている。


 亡き父の後を継いで団長に昇格した彼は、父を魔霊鬼ペリノデュエズに殺されていた。自分をかばって身代わりとなった結果だった。


 魔霊鬼ペリノデュエズを前に人はあらがえない。


 ケイランガのみならず、大半の者がそのようにり込まれている。いつ頃からなのか、それが意図的なのかどうかは分からない。事実として、それは正しい認識だった。


 スフィーリアの賢者でさえ、魔霊鬼ペリノデュエズの中で最弱の低位メザディムに勝てるかどうかといったところだ。


 主の名前が出たところで、カランダイオがすかさず立ち上がる。何を馬鹿なことをと文句の一つでもつけようと思った。気が変わった。魔術の波動を感じ取ったからだ。


「どうやら、ここまでのようですね。続きは、また後ほど」


 カランダイオの視線がファルディム宮玉座の間の中央部に向けられた。もはや、ここにいる必要はなくなった。まもなく訪れるであろう客人を迎えるつもりもなかった。話だけはしなければならないだろう。


(面倒ですね。よりによって、あの者と話をすることになるとは)


「イオニア殿、魔術転移門が開きますよ」


 その言葉どおり、魔術転移門が突如として空中に出現、中から姿を見せたのは魔術高等院ステルヴィアのビュルクヴィスト院長その人だった。まさかの人物の来訪に、動揺とざわめぎが広がる。


「この状況から察するに、イオニア殿のもとにも届いていましたか」


 降り立つやいなや、ビュルクヴィストは駆け寄ろうとしていたイオニアたちを制止、挨拶も不要とばかりにすぐさま要件に入った。


「魔術高等院ステルヴィアにもゼンディニア王国からの宣戦布告と親書が届きました。イプセミッシュ殿は本気でステルヴィアとラディック王国が緊密に繋がることを期待しているようですね」


 イオニアが疑問を口にする。


「それはどういうことですかな」


 ビュルクヴィストは自ら答えず、セレネイアに柔らかな眼差まなざしを向けた。


「セレネイア王女、大変でしたね。エレニディール、スフィーリアの賢者からディランダイン砦のことは聞きました」

「ビュルクヴィスト様、お気遣きづかいいただき恐縮です」


 なぜ真っ先に自分に声をかけてきたのか。意図がつかめないセレネイアは、不思議そうな表情でひとまずは礼を述べる。


「貴女の考えを披露してもらえないでしょうか。貴女自身の目と耳で感じ取ってきたことをありのままに聞かせてください」


 カランダイオはいつも思う。ビュルクヴィストはがたい底抜けの変わり者だ。ただの変わり者なら、まだ放置しておけばよい。


 なまじ力を有している彼は、おいそれと無視できない。その分、たちが悪い。


 ビュルクヴィストは現役賢者時代からそうだったように、ステルヴィアの院長に就任してからはさらに各国の政治に口を出すようになった。あまりの鬱陶うっとうしさから、カランダイオはビュルクヴィストを問い詰めたことがある。


 ビュルクヴィストいわく、悪気は一切ない。むしろ、よかれと思ってやっているのだと豪語する始末だった。自分ではお目つけ役にでもなったつもりなのだろう。


 その証拠に、ビュルクヴィストの発案で調停裁定者クアラメディタなるものが誕生した。


 各国の立場からすれば、あれこれと口出しをしてくるビュルクヴィストの存在は迷惑このうえない。かと言って、無下むげにするわけにもいかず、その対応に苦慮しているのが現状だ。


(だから、この男と話をするのは嫌なのですよ)


 大きくため息をついたカランダイオは、困り気味のセレネイアに助け舟を出すしかなかった。


「ビュルクヴィスト殿、貴男の悪い癖ですね。まずは貴男こそが先に説明すべきでしょう。言葉の意図が分からず、セレネイア殿が困っていますよ」

「おお、カランダイオではないですか。貴男もいたのですね。随分と久しぶりですね」


 ビュルクヴィストは、今初めてカランダイオがいることに気づいたかのように気さくに話しかけてきた。


白々しらじらしいですね。私は貴男のそういうところが嫌いなのですよ」


 何を言われても、飄々ひょうひょうとしているのがビュルクヴィストだ。それでも、次の言葉にだけは敏感に反応することになる。


「我が主に報告を上げておきます。貴男のその挙動についてね」

「ちょっと待った。それだけは待ってください。カランダイオ、私と貴男との仲ではないですか」


 大いに慌てているビュルクヴィストの姿を見て、溜飲りゅういんが下がるカランダイオだった。


 図々ずうずうしくも、セレネイアの真正面に移動したビュルクヴィストは虚空から洒落しゃれた椅子を勝手に取り出すと、これまた無遠慮に腰かけた。


「セレネイア王女、言葉足らずで大変失礼いたしました。このとおりです」


 ビュルクヴィストは座したままセレネイアに対して頭を下げた。おざなりな礼ではない。丁寧な挙動だった。突然の行為にセレネイアが面食らっている。


「とっとと進めてくださいね。時間が勿体もったいないのですよ」


 カランダイオが嫌味を投げて、ビュルクヴィストをうながす。ビュルクヴィストも負けじと、嫌そうな目をカランダイオに向けるのだった。


 この二人、性格的にも全くりが合わないのだ。


「あの、ビュルクヴィスト様、説明をお願いできるでしょうか」


 たまりかねたセレネイアが割って入った。一つ、わざとらしく咳払いをしてからビュルクヴィストが話を始める。


「イプセミッシュ殿は魔術高等院ステルヴィアの参戦を希望しています。しかも、スフィーリアの賢者を指名のうえ、最前線に立たせるようにとの強い要望、と言うよりは、命令にも等しい言葉が書き添えられていました」


 普通なら苦々しく思うところだ。ビュルクヴィストはいかにも愉快そうに話を進めてくる。


「今の私の話を聞かれて、セレネイア王女は何を思われましたかな」

「何を、と言われましても」


 セレネイアは首をかしげるしかない。ビュルクヴィストは、いつまでも待ちますというていを崩さず、真正面から笑みを絶やさずにセレネイアを見つめている。


(この少女は強くなりますね。間違いありません。ディランダイン砦の一件は彼女の心に大きなしこりを残してしまいました。それでも、死を間近に体験したことは今後のかてになってくれるでしょう)


 ビュルクヴィストは、内心ではイオニア体制下のラディック王国に不満を持っている。決して口には出さない。これ以上の内政干渉は、魔術高等院ステルヴィアにとって由々しき問題に発展しかねないからだ。


(ラディック王国の今後はひとえに彼女の成長にかかっています。エレニディールによれば、私の不満も解消されそうですしね。あの馬鹿皇太子ヴィルフリオはもう終わりでしょう)


「私の憶測になります。それでも、よろしいでしょうか」


 ビュルクヴィストは、一も二もなくうなづいた。


「カルネディオを魔霊鬼ペリノデュエズの力をもって破壊した魔術師は、恐らくゼンディニア王国と関係があるのではないでしょうか」

「ほう。では、その根拠をお聞かせ願えますかな」


 ビュルクヴィストは感嘆していた。


 やはり第一王女は図抜けて見どころがある。自分の考えに間違いがないことを確信した瞬間だった。

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