第034話:緊急対策会議

 セレネイアが戻った翌朝のこと、いつもなら静かな王宮が異様なまでの喧騒けんそうに包まれていた。


 もちろん、その理由はゼンディニア王国からの宣戦布告が国王イオニアのもとに届いたからだ。


 すぐさま緊急対策会議が執り行われることになった。


 出席したのはイオニアをはじめ、宰相モルディーズ、第一王女セレネイア、第二王女マリエッタ、第三王女シルヴィーヌ、第一と第九を除く各騎兵団団長ならびに副団長だ。さらに、臨時宮廷魔術師としてカランダイオが招集されていた。


 皇太子ヴィルフリオはこの場にいない。当面、イオニアより謹慎きんしんを命じられているからだ。正直なところ、いても役に立たないので何ら問題はなかった。


 一方、気丈にも出席しているセレネイアを心配する声もあった。本人の強い意向で参加となった。


「これより、ゼンディニア王国から届いた宣戦布告について、ラディック王国としての対応を協議する。忌憚きたんなき意見を出してほしい」


 国王イオニアの開会宣言後、議論が始まった。


 早々に煮詰まってしまった。


 まず、開戦日時は曖昧あいまいながらに定義されているが、具体的な場所が明示されていない。これでは、迎え撃つとしても、適切な戦略を練り上げにくい。


 さらに、誰がどう考えても夜の開戦になることは指定された日時から明白だ。騎兵団を主力とするラディック王国にとって、闇の中の戦いは是が非でも避けたいところだった。


「もう少し、情報収集してからの方がよろしいのではないでしょうか。これだけの内容では、騎兵団を展開するのも難しいと判断いたします」


 口火を切ったのは、第二騎兵団の団長を務めるタキプロシスだ。至極しごく妥当な意見だ。他の騎兵団の者たちも賛意を示している。


 続けて発言したのは第二王女マリエッタだ。


「王族の者として私の発言はいかがなものかと思われるかもしれません。それでもあえて言いますわ。そもそもなぜ交戦前提なのです。誰もが、ゼンディニア王国と戦うことをさも当然ととらえているように感じますわね。一度ひとたび戦争になれば、多くの民たちの命が犠牲になるのです」


 先の戦乱で誰もがその事実を嫌というほどに学んでいる。マリエッタの指摘は至極真っ当だ。痛いところを的確についている。


「ここまで復興したにも関わらず、同じてつを踏むというのですか」


 マリエッタは一息入れると、矛先をまずは宰相に向ける。


 問われたモルディーズが躊躇ためらいつつ、王国の宰相としての立場を最優先にした。一個人としては戦争に反対する旨を告げつつ、慎重に言葉を選ぶ。


「私は宰相という立場で、王国の行く末を最優先に考えております。いかに侵略者の手から守り抜くか。そこに主眼をおいて行動しなけれはなりません」


 言わんとしているところはマリエッタにも十分理解できる。そのうえで、なおも問い詰める。


「では、どうあってもゼンディニア王国と戦うということですね。かの国に譲歩はあり得ませんものね」

「相応の覚悟を持つしかありません。そのうえで、時間の許す限り戦争回避のための交渉を粘り強くしていくつもりではあります」


 どうにも歯切れが悪い。結局のところ、どちらに転ぶか分からないため、準備だけは怠らないということなのだろう。


 国王イオニアは皆の意見が出尽くすまで待つつもりか、目を閉じて黙したまま動かない。


 各騎兵団団長の意見は、おおむねタキプロシスと共通している。開戦場所が不明瞭では、最適な陣形も考えられない。騎兵団の出番はないというのが結論だ。


 意見を表明していないのはシルヴィーヌ、セレネイア、そしてカランダイオの三人だ。


 カランダイオは、はなから自分の意見を述べるつもりはなかった。そもそも、この会議に呼ばれたこと自体が不服なのだ。モルディーズから、イオニアのたっての希望でという言葉を受けての参加に過ぎなかった。


 だから、こう言い放った。


「私の意見など、どうでもよいでしょう。それよりも、王族のお嬢様たちはいかなる考えをお持ちなのか。ぜひとも聞かせてほしいところですね」


 第三王女シルヴィーヌが、セレネイアに遠慮がちに視線を投げる。


 会議が始まってからというもの、何度となくセレネイアの様子をうかがってきた。やはり具合が悪いのか、ずっと下を向いたままだ。すぐにでも、セレネイアのそばけ寄りたいところだ。


 この重要な会議の場では、それも許されない。


 やるせなさを感じつつ、シルヴィーヌは仕方なく、セレネイアよりも先に考えを述べることにした。


「マリエッタお姉様と同じく、私も反対です。最後まで戦争回避を模索もさくしつつ、あきらめずにゼンディニア王国と交渉していくしかありません。万が一、交渉が決裂、戦わざるを得ない状況になったとしても、主戦場が確認できるまで我々は動かない。動けないと言った方が正しいかもしれません」


 国王イオニアを除けば、残るはセレネイアのみだ。本来なら、セレネイアの発言を待つところだ。イオニアは娘の様子を見て無理だと判断したか、重い口を開こうとした。


「私は、私は、反対いたします」


 これまで口を開くことなく、黙り続けていたセレネイアが突然立ち上がる。彼女の振る舞いに誰もが言葉を失ったのは言うまでもない。イオニアでさえ、どのように言葉を継ごうか迷ったほどだ。


 セレネイアの発言はそれだけにとどまらなかった。口をついて出た内容は、まさに爆弾発言だった。昨晩、スフィーリアの賢者があえて説明を割愛した部分をセレネイアが補足した形だ。


「この戦争には、絶対勝てません。無駄に民たちの命を散らすことなど、あってよいはずがありません」


 いきなりの敗北宣言、それも第一王女の口から飛び出したことで場が騒然となった。


「セレネイア王女、第一王女として、また第一騎兵団団長として、その発言はいかがなものでしょうか」


 慇懃無礼いんぎんぶれいに返したのは、第二騎兵団団長のタキプロシスだ。


 他の騎兵団にあって、セレネイアの第一騎兵団団長就任を最もうとましく思っているのが誰あろう彼だ。平民から騎兵団団長まで上り詰めた彼の実力は折り紙つきでもある。


 クルシュヴィックとは団こそ違えど、お互いに理想をいつにする親友でもあった。


 それゆえ、クルシュヴィックからセレネイアを第一騎兵団団長に据えて、自分が副団長として補佐していく。既にその人事案を起草、宰相モルディーズに提出したと聞かされた時には、友の考えが全く理解できず、激高もした。


 思わずクルシュヴィックの胸倉をつかみ上げ、罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせた。クルシュヴィックは手を払いのけることはおろか、一言も発せず、ただ悲しげな表情を浮かべるだけだった。


 その顔を見た途端、一人興奮している自分が恥ずかしくなった。一気に冷めてしまったタキプロシスは手を離すと、クルシュヴィックに謝罪するしかなかった。


 それ以来、何かにつけて顔を合わせるものの、タキプロシスは気まずさを感じずにはいられなかった。


「それに、この場にはクルシュヴィック副団長がおられない。出席できない事情でもあったのでしょうか」


 タキプロシスだけでなく、他の騎兵団の者も同じ思いだった。彼らがクルシュヴィックの事情を知らないのは至って当然だ。ディランダイン砦の戦いの顛末てんまつは、ごく一部を除き、誰にも知らされていないからだった。

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