第032話:宣戦布告

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 天地治めし栄えあるゼンディニア王国を継承してきた国王にして絶対統治者たるイプセミッシュ・フォル・テルンヒェンが、忠実にして勇敢な臣民諸君に告げる。


 余はこの布告をもって、ラディック王国に対する戦争を行うことを宣言する。余の総軍は全力をもってラディック王国と戦い抜き、これを打ち滅ぼさんことを切に期待するものである。


 余の考えは至って明白である。


 余のゼンディニア王国こそがリンゼイア大陸全土を発展させ、諸大陸及び諸外国との関係を促進させることができる唯一無二の王国であり、リンゼイア大陸の安寧を永遠に維持し、ゼンディニア王国の安全が完璧なまでに保障された状態を確立できるのである。


 余が最も重視していることは、諸外国との長きにわたる平和的かつ友好的な関係であり、幸いにも厚い親交を結ぶに至っている。今、不幸なことにラディック王国と戦うことになったものの、これは決して余の意志ではない。


 ラディック王国は先の戦乱のきっかけを作り出しただけでなく、現国王イオニア・ラディアス・フォン・エーディエム二三世のもと、今なおリンゼイア大陸の盟主などと公言して憚らない。


 余は平和を願うばかりだが、ラディック王国のここまでの動向を顧みるに至り、さらなる平和を享受し続ける期待は甚だ少なく、従って、余はこうした事態を速やかに解決するため、ラディック王国を滅ぼす決意を固めたところである。これがいかに苦渋の決断であったか、このことを余は皆に理解してもらいたい。


 事態は日に日に悪化している。余のゼンディニア王国は平和的に将来の安全を保障しようと懸命に務めてきたが、今となっては総軍の力によってそれを確保するしかないのである。


 余は忠実にして勇敢な臣民諸君を頼みとし、直ちに恒久平和を回復し、余のゼンディニア王国の栄光を確たるものとすることを願わざるを得ない。



 当布告発布より十日後、三連月が天頂に輝きし刻をもって初手一撃を放つものとする。



 大陸歴七八三年 雷聲発する旬 中の三日



 王国ならびに臣民諸君の忠実なる僕

 国王イプセミッシュ・フォル・テルンヒェン



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 エンチェンツォは続けざまに、ラディック王国のイオニア国王宛に魔電信された親書をそらんじる。



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 イオニア・ラディアス・フォン・エーディエム二三世国王陛下


 大陸歴七八三年 雷聲発する旬 中の三日、ゼンディニア王国はラディック王国に対して宣戦布告を行うものとする。


 我が王国は貴国領土の一部でもあるディランダイン砦における武装化ならびに戦闘行為の実行をもって他国領土に対する侵略意図があることを知るに至る。このいわれなき侵略行為はもはや看過できるものではなく、貴国と我が王国の間で長きにわたって平和的協議を続けてきたものの、もはや解決が望めない状況を鑑みるに、甚だ遺憾ではあるものの既に貴国と我が王国は戦闘状態にあると判断せざるを得ない。


 これは決して我が王国が望んだ結果ではないことをここに強く意思表示するものである。我が王国は貴国からの侵略行為を阻止するため、やむを得ず自衛目的の戦争を行うことを改めて強調するものである。


 残念ながらもはや貴国の行動によってシャイロンド公会議の盟約は破棄されたも同然である。貴国はリンゼイア大陸の盟主でありながら、率先してこれを破棄するなど言語道断であり、厳しく批難されるべきであることは明白である。



 イプセミッシュ・フォル・テルンヒェンは高度な配慮をもって貴国と戦争状態に入ることを、今ここに宣言する。



 我が王国の防衛線たる場所については、改めて貴国に通知するものとする。



 当布告は魔電信にて遅滞なく貴国国王陛下宛に拝送されるものであり、開封と同時に発信人たるイプセミッシュ・フォル・テルンヒェンがその旨を知るものである。



 貴殿の忠実なる友

 イプセミッシュ・フォル・テルンヒェン



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 こうして、イプセミッシュはラディック王国に対して宣戦布告を行ったのだ。


 宣戦布告文書ならびに親書はラディック王国のイオニア国王宛のみならず、魔術高等院ステルヴィアのビュルクヴィスト院長宛にも魔電信された。


 しかしながら、エンチェンツォは起草時に、十二将は宣戦布告を聞いた直後に疑問をていしている。


 ある一文、三連月の輝きし刻、というくだりについてだ。


 三連月が輝く、すなわち夜の世界で戦おうというのか。何故なにゆえに、わざわざお互いに不利な状況ともいえる闇の中で初撃を放つのか。理解に苦しむところだった。


 十二将を代表してザガルドアがイプセミッシュに問う。


 エンチェンツォは既にイプセミッシュから明確な回答をもらっている。何しろ、自分が起草した一文は、それこそ太陽が輝きし刻、だったのだから。


 従って答えるのはエンチェンツォの役目だった。


 エンチェンツォの説明を聞き終え、皆が納得していないことは明白だ。


 しかも、初手しょては十二将の誰でもなく、例の暗黒エルフだと聞かされた時には、ほぼ全員が激怒、猛反対した。


 反対に回らなかったのはヴェレージャとディリニッツの二人のみだ。


 当然であろう。開戦の口火を切る初手の一撃は、将にとって名誉あるものなのだ。


「陛下、発言をお許しください。我ら十二将、陛下の命は絶対ゆえに従いますが、エンチェンツォの説明を聞いてなお我らは納得しておりません。そこはご理解いただきたく存じます」


 それだけ言って、ザカルドアはもくした。イプセミッシュからの反応はない。表情一つ変えず、十二将を睥睨へいげいしている。


(それでこそ我らが陛下だ)


 ザカルドアは安堵した。


 例の暗黒エルフが現れて以来、イプセミッシュの中にある種の迷いが生じていることを感じ取っていたのだ。


(今の陛下のあの目だ。この決断を前に迷いを断ち切られたか。ふむ、あの暗黒エルフの仕業だろうが、分からぬものだな)

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